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第34話 過去を探す旅 2
結城が目を覚ましたのは五時間後だった。
知らない間に市五郎もウトウトしていたらしい。腕の中で身じろぎする気配に目を覚ますと、結城が腕の中で市五郎を見ていた。「よかった」と嬉しそうに額を市五郎の胸にくっつけ、腕をそっと体に回してきた。
「おはよう。気分はどうですか?」
「おはようございます。もう大丈夫ですよ」
胸に顔を埋めたまま答える結城へ、髪を撫でながら頷く。
「良かった。紙のように白い顔をしていたので心配しました。顔色も戻ったし、大丈夫そうですね」
結城は頷いて「ありがとうございます」と言ったあと、謝ってきた。
「ずっと連絡できなくて、ごめんなさい。仕事が忙しくて寄れなくて、空いた時間に連絡しようとすると携帯を持ったまま、昼寝してしまったり、仕事が終わると急に眠気が襲ってきたりで。ずっとできなかった。だから今日こそはココに来ようって」
眠気……。
市五郎の頭に浮かぶのはマナトの姿だった。しかしその動揺をおくびにも見せず、結城を安心させるように話す。
「気が張っている時、人は自分でも気づかない程ストレスがかかっているそうです。その緊張とストレスの緩和の為に、睡眠が一番なんでしょうね。そういう時、私のことは後回しでかまいませんので、気にしないでください」
結城は悲しそうな顔で市五郎を見上げた。
「そんな悲しそうな顔しないでください。私だってあなたに会いたい。毎日あなたを抱いて眠りたいと思っているのです。でも、身体を壊しては元も子もない」
「すみません」
「謝って欲しいわけではありません。来てくれてとても嬉しかった。会えない時間は寂しかったです」
腕の中の身体を強く抱きしめる。
「僕もです」
結城は市五郎を抱き締め返してこなかった。声も沈んでいる。言い方が悪かったのか、落ち込ませてしまったのかと不安になる。
「私の悪いくせです。心配していると言い方がキツくなってしまう。でも、あなたがフラフラになりながら私に会いに来てくれるのを手放しで喜べません。逆の立場だったらどうします? 私が結城さんのアパートを訪ねて、もし私が四十度近くの熱を出していたら? おとなしく寝ていて欲しいとは思いませんか?」
市五郎はなるべく、穏やかにゆっくり、結城へ語りかけた。結城は黙ったまま、キュッと市五郎にしがみ付くように腕を回してきた。
「毎日あなたと一緒に眠りたい。本当に思っています」
「はい」
ゆっくり顔を上げた結城の眉は情けなく下がっていたが、微笑みは戻っていた。市五郎は結城へ覆い被さり、何度もその愛らしい唇へ口付けた。
「私にはあなたが必要です。あなたが愛しい。どうか、それを忘れないでください」
結城の表情がもっと嬉しそうにほころぶ。
いつもは落ち着いた雰囲気の結城に少しだけ無邪気な、少年のような面影が浮かんだ。市五郎も微笑みながら尋ねる。
「……おかしいですか?」
「いえ。嬉しいんです」
「それは良かったです」
「高山さんとこうして一緒に寝るの、すごく好きです。もういい大人なのに、おかしいですよね。でも、落ち着くんです。幸せな気持ちになれる」
結城の素直な言葉が市五郎の心に染み入った。
「私も同じですよ。結城さんのいない夜は寂しくて枕を抱いて寝ています」
冗談を言うと、結城は眉を下げ唇をツンと尖らせ「枕ですか?」とまるで枕に嫉妬でもしているように拗ねた声でボソボソとこぼした。
「枕を抱いても幸せな気持ちにはなれません。本当はあなたを抱いて眠りたい」
結城の尖った唇が戻り、キュッと口角が上がった。嬉しそうにはにかむ。そんな結城の唇に何度もキスを落とし、髪を撫でる。柔らかな唇が愛おしい。抱きたいという気持ちはあったが、結城が体力を消耗し睡眠不足なのは明らかだった。そして、それが「マナト」のせいなのも。
結城さんは自分が知らないだけで……。
腹の底から怒りの感情が沸き上がる。だが、理性で抑えつけた。
「もう九時です。お腹は空いていませんか? 疲れている時は消化の良いものを食べるのが一番です。うどんなら食べられそうですか?」
「たまご入れてもらえますか?」
「たまごも、ほうれん草も、鶏肉も入れますよ。すぐに出来ますから横になって待っていてください」
「はい」
笑顔で頷く結城を布団に残し、台所へ立つ。一人暮らしが長いから、自分で作るのは麺類が多い。ダシ醤油を鍋に入れながら市五郎は考えていた。
たとえ、マナトが結城さんを守るために生まれた人格だとしても、結城さんの生活を圧迫しているのは確かだ。やはり、原因を突き止める必要がある。
幼少期、結城さんに何が起こったのか。そして結城さんがもう一人の人格を認め、治療を行ってくれさえすれば……。
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