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第35話 過去を探す旅 3

 市五郎は決意を胸に、久しぶりに出版社へ出向いた。 「やあ、高山さん。調子はどうですか。新作いいですねぇ。あれ本当におもしろい。もう続きが気になっちゃってね。で、ココだけの話どうなるんです?」 「ありがとうございます。そんなに楽しんで頂けてるなんて、光栄です。そこで、森さんにお願いがありまして。教えてもらえたら、私もお教えしますよ?」  昨夜、体調が落ち着いた結城と食事をとりながら、さりげなく子供の頃の話を振ってみた。実家はどこなのか。ご両親は元気でいらっしゃるのか。直接的な質問は避け、あくまでも世間話の範囲で話を振ったのだが、結城の口はそれですら重かった。微笑みはぎこちなく、視線も下がってしまう。あからさまな拒否反応に市五郎がすぐに話題を変えると、結城はホッとした様子で視線をあげるのだ。本人が話したくないものを聞き取りできるはずもない。  考えた市五郎は森を思い出した。彼は編集者ではベテランで、結城のことも何かしら知っているのではないか? と期待したのだ。  森は市五郎の言葉に目を丸くし、「どうぞ」とソファを勧めてきた。 「まさかネタ明かしを承諾してくれるなんて思ってもみなかったな。なにか困り事でも?」 「困り事……という程、大げさなことではないのですが、結城さんのことです」 「結城に問題があったのですか?」  大きな問題を抱えているとは、誰も思わないに違いない。  市五郎も付き合っていなければ、まったく気付かなかっただろう。 「真面目で仕事熱心な男ですが、何かご迷惑をおかけしたんでしょうか」 「いいえ。結城さんは素晴らしい方です。森さんのおっしゃる通り、真面目で熱心で、しっかりしていて頑張り屋で、とても可愛らしい」  深刻な面持ちだった森の表情が、弾けるような笑顔に変わった。 「気に入っていただけたようで、良かったですよ」  満足そうに頷く森へ頷いた。 「はい。とても気に入っています。森さんには感謝しかありません。結城さんが素晴らしいのは、きっと森さんの教育の賜物なのでしょうね」  森は「いやいや」と謙遜しひとしきり笑って満足したのか話を進めてきた。 「結城の首が繋がったところで、何を知りたいんですか?」 「ここだけの話にして欲しいのですが、結城さんのご両親のこと、森さんは何かご存知ですか? たとえば、実家の住所とか……」 「まさか高山さん。気に入り過ぎてストーカーする気だ。なんて言わないで下さいよ?」 「ストーカーなら結城さんのアパートを見張るだけで十分でしょ? 知りたいのは作家としての好奇心ですが……、結城さんはご両親の話題になると、途端に表情を曇らせるのですよ。あんなに人当たりのいい人が。気になりますよね?」 「ハハハ! それもそうですな! 結城の親は知っているも何も、あの結月総一郎ですよ。大物作家の。ほら、この間の出版記念パーティーで挨拶してたでしょ」 「へっ?」  まさか、あの結月総一郎と親子だったとは。  市五郎は目眩を感じながらも、なんとも言えぬ恐れと罪悪感に震撼した。結月総一郎の事は名前だけしか知らなかったし、パーティーで挨拶していたと言われても、あの時は結城のことで来賓のことなど一切気にも留めていなかったのだ。  ボディーガードを引きつれトイレから出てきた、あの不遜な態度の男こそが結月総一郎だというのか。 「高山さん? おーい、大丈夫ですか?」  市五郎の視界がチカチカと遮られる。 「……なんと……本当ですか?」 「ええ。いやぁ、それにしてもいいリアクションするなぁ。みんな驚くけど高山さんほどのリアクションは初めて見ましたよ」 「あ、あははは。それで、あの、どちらにお住まいで?」 「え、住まい? うーん、住所となると……まぁ個人情報って言っても、一部のファンにはすでに出回っているからいいか。高山さんは結城が担当している作家さんだしね。でも、一応他言無用で願いますよ」  森はメモ帳を取り出し、住所を記し手渡してくれた。 「ありがとうございます。もちろん、承知しました」  市五郎はメモを大切に鞄の中へしまい、森へ頭を下げた。

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