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第37話 過去を探す旅 5

「ママさんはご存知ですか? この街にベストセラー作家さんの邸宅がありますよね?」 「えぇ。結月総一郎さんのお宅でしょ?」 「流石ですね。私はそこの御子息と知り合いでして」 「あら、そうなの。家を出てから見てないわ。元気でいるのかしら?」  ママは結城のこともよく知っている口ぶりだった。 「結城さん、いえ、真人さんのこともご存知ですか?」  少しの間が空き、フッと視線を外しながらママが答えた。 「まぁ、少しね」 「今の連絡先が分からなかったので家人に尋ねてみたのですが、教えてくれませんでした。仕方ないですね。こういうご時世ですから。あ、カレーご馳走さま。とても美味しかったです。ココアもお願いします」 「はい、ちょっと待ってね」  ママは快く応え、早々に食器を下げた。 「……タバコ、吸ってもいいですか?」 「えぇ、どうぞ」  灰皿を出してくれたママへ軽く頭を下げる。タバコを咥え、マッチで火をつけた。  市五郎は火薬の匂いが好きだ。ほのかに甘い紫煙をゆっくりと吸い、静かに吐き出す。ソーサーに乗ったカップがやってくる。ホワイトに青いバラのレトロな柄。生クリームがたっぷり乗っていてその上にはココアパウダーが振りかけてある。スプーンを入れたら溢れそうだ。 「すごいボリュームですね。いただきます」 「あっまいわよ」  得意そうに警告してくるママに、市五郎はまた恥ずかしそうに言った。 「甘いものが好物なので、嬉しいです」 「可愛らしい人ね」  どうやら好印象を持たせるのに成功したらしい。市五郎は安心して探りを続けた。 「そういえば、結月邸ですが、素晴らしい庭でした。最初は美術館かと思いました。あんな広い庭を綺麗に保つのは大変でしょうね」 「毎日手入れを欠かさないもの。重さんは職人気質で絶対手を抜かないの」 「重さん? それは庭師さんか、造園業者の方ですか?」 「あぁ、あそこは専属の庭師さんを雇ってるのよ」 「専属。それはすごいな。邸宅も素晴らしいですが、庭師の重さんの腕がいいんですね」 「そうね。結月さんも窓から眺める庭がお気に入りだったそうよ。どの窓から覗いても行き届いた庭を見れ……るらしいわね」  ママの口ぶりはまるで、以前、あの屋敷の中から庭を眺めたことがあるようだった。市五郎はそれに気付かないフリをして、重さんという庭師の話を続けた。 「ずっと専属でやってらっしゃるというと、重さんはおいくつなのですか?」 「何歳かしら……。六十はとうに越えてるはずよ。まだまだ現役って感じでお元気だけど」 「ではまだ引退は先のお話ですね」 「そうねぇ」 「実は私の家にも猫の額ほどの庭があるのです。祖父から譲り受けた家でして。平屋の家です。縁側から庭を眺めることが祖父の晩年の楽しみだったようですが、私はものぐさで、庭の手入れなどしたことがありません。せいぜい雑草を抜くくらいです」 「どのご家庭もそんなもんじゃない? 重さんのお庭そんなに気に入ったんなら本人に話してみたら? 一見さんのお仕事は受けないだろうし、お金もすごいだろうから、お庭は頼めないかもしれないけど、いろいろ手入れの仕方とか教えてもらえるかもしれないわ。気さくなおじいちゃんだから」 「本当ですか? 実は一週間くらい前から、枕元に祖父が立つ夢を見るのですよ。泣いて訴えってくるのです。庭が~……庭が~……と。なので、自分なりに綺麗にはしたつもりなのですが満足してもらえなかったみたいで、また枕元で泣かれまして……。一流の庭師に手入れして欲しいとワガママを言うのですよ」  市五郎の話しぶりに、ママがクスクスとおかしそうに笑う。 「お話が上手なのね。重さんはよく仕事帰りにたぬき屋って飲み屋に直行するそうよ。覗いてみたら?」 「飲酒運転ですか?」 「わけないじゃない。重さんのお家もこの辺りなのよ。たぬき屋はここの通りを左へ行ったところにあるわよ」 「ああ、なるほど。ありがとうございます。重さんに会えたら、エデンのママさんのお名前を出してもいいですか?」 「えぇ、いいけど、顔パスするほどの知り合いでもないから意味ないと思うわよ」  市五郎は礼を言ってエデンを後にした。  もしかしてエデンのママは、思った以上に結城さんの実家に詳しいのかもしれない。しかしそこをつつけばきっと彼女は黙ってしまうだろう……。  とりあえず、今も結月邸に出入りしている造園業者の重さんから話をきいてみようと、市五郎は肚はらを決めた。

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