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第38話 過去を探す旅 6
エデンを出て、言われた通り左へ向かう。確かにたぬき屋はあったが店は閉まっていた。居酒屋だから営業は夕方からだろう。まだ三時間程ある。どこかで時間を潰さないといけない。
市五郎は居酒屋を通り過ぎ、周辺を散策した。
このどこかに重さんの家がある。どこだろう。庭師なのだから、看板を出している可能性もあるだろうか?
注意深く探してみたけれど、それらしき建物も看板も見当たらなかった。探偵は足で稼ぐという。市五郎は探偵ではないが、やっていることは似たような物なのかもしれない。
警察手帳のような威力を発する物がないのが辛いところだ。いや、逆に、警察だと警戒して何も話さないかもしれない。
市五郎はポジティブに考え、もう一度住宅街の方へ戻ってみた。
結月邸の建つ坂の下にも大きな家がいくつも建っていた。
この辺りが高級住宅地なのは間違いない。ただ、この十二月の寒空に散歩をしている奥様がいるのか? という懸念はある。いきなりインターホンを鳴らして出てくる人間はいないだろうし。
市五郎はどうしたものかと考えながらゆったりした歩幅で緩やかな坂を登った。しばらくすると、前方から犬の散歩をする婦人がやってくる。
ラッキーだ。最近は暗くなるのも早い。日があるうちに散歩を済ませようと思うのは当然だ。毛むくじゃらの小型犬が二匹、ヒラヒラの服を着せられ歩いていた。あれは防寒上必要なのか。市五郎にはよく分からない。
婦人は年齢で言うと丁度結城の母親くらいの年齢だろうか。ダウンジャケットを着込み、耳あてとネックウォーマー、手袋をして寒そうに歩いている。しっかり化粧をしているのを確認して、市五郎は立ち止まり、なるべく穏やかに話しかけた。
「可愛いですね」
「あら、こんにちは。ありがとうございますぅ」
愛犬を褒められニコニコする婦人。
「服も可愛い。なんという犬種のワンちゃんなのですか?」
「トイプードルですの。お洋服はオーダーメイドで作ったんですよ」
口に手を添え「オホホ」と軽快に笑う。
「ほお〜。まさにぬいぐるみみたいだと思いました。やはり小型犬は服がないと外は寒いのですか? オーダーメイドなんて、人間より贅沢なワンちゃんですね」
「もう息子と同じですもの。本当の息子はとっくに手を離れてしまって」
「いつまでも親元を離れることができない方が心配ですよ。立派な息子さんなのですね」
「そうかしら、家にもなかなか帰って来ないの。つまらないものよ」
話をしながら「まさか?」と思った。もしかして、結城の母親なのかもしれない。そんな都合のいい話があるわけないかと思い直すも、一応尋ねてみる。
「あの、もしかして、結城さん、結城、真人さんの……」
「結城……? 結城さんご存じなの?」
やはり違うらしい。だが収穫有。知り合いではあるようだ。どうやら運が向いてきたかもしれない。
「ああ、申し遅れました。私は高山市五郎という者です。売れない物書きをしています。真人さんと知り合いなのですが、真人さんのご両親とは面識がないので、てっきり真人さんのお母様かと勘違いしてしまいました」
「まぁ、真人くんの。元気にしていらっしゃいます?」
「はい。都内の出版社に勤めておいでです。礼儀正しい立派な青年です」
婦人は「なるほど」という表情を見せる。結月氏のことも、勿論知っての反応なのだろう。
「うちの子も都内に出ていますのよ。あ、息子と真人くんは同級生でね。よくおよばれなんかもしたものよ。そぉ、昔からとてもお行儀のいい子だったわ」
結城さんの幼少期を知る人物に出会えるなんてありがたいことだ。
婦人が語る結城の印象に市五郎はウンウン頷いた。
「御子息と真人さんは小中と同じだったのですか?」
市五郎の質問に婦人の表情が少し曇った。
「幼稚園、小学校と同じでずっと仲良くしていたんですけど、たしか四年生の時だったかしら? 突然転校してしまって」
「転校? ……なぜ転校に?」
「それが全く。だって、お誕生会に招かれた次の日に突然でしたもの。私も学校から帰ってきた息子に転校したと聞かされてビックリ」
「そんなことが……あの、家はあのまま……ということですよね? 真人さんだけが転校したと」
「えぇ、噂では小中高一貫の私立の男子校に行ったとか」
「……そうなのですか……」
引越しをしたわけでもないのに、突然の転校……結城さんに何かトラブルが発生したのか、……イジメとか?
市五郎の胸がざわつく。
「ご近所とはいえ、学校が離れちゃうと疎遠になっちゃうものなのよね。真人くんによろしくお伝えください。あ、ヤックンの母って言えば思い出してくれるかも。ふふふ」
婦人は微笑みながら会釈して立ち去った。
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