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第39話 過去を探す旅 7
市五郎はまた結月邸を目指し歩いた。今度は庭師の重さんと呼ばれる男の姿を確認するため。専属で雇われているのなら、八時から五時まで働いているのではないかと思ったからだ。
腕時計で時間を確認しながら結城を想う。
知人の結婚式に招待され、今日と明日の二日間留守にすることを告げた。何も知らない結城は「はい」と快く市五郎を送り出した。
きっとマナトも大喜びだろう。
それを思うと、こんな風に長時間結城から離れるのは市五郎にとっても、精神上よろしくない。
重さんにはなんとか、今夜中に話を聞きたい。なんでもいい、ヒントを得たい。結城さんからどうして……マナトが生まれたのか。
焦りを抑えつつ、静かな住宅街を通り過ぎる。結城邸の門の内側には、先ほど見た白いトラックがあった。それを確認してすぐに元きた道を引き返す。
腕時計を見る。五時だ。
住宅街を半分ほど過ぎたところで、トラック特有のエンジン音が聞こえてきた。振り返らないでゆっくりと歩く。もう少し。トラックが近づいてきたら、避けるフリをして運転手を確認する算段だ。市五郎はわざと道路の真ん中を歩いた。静かな住宅街ではよくある風景だろう。車も徐行するし、いきなりクラクションを鳴らしたりしない。
案の定、トラックがブォンと音を立て減速し、荷台の道具がガチャガチャと鳴った。振り返りつつ道路の端に寄ると、白い軽トラがゆっくり通り過ぎていく。運転手が歩行者を見ることもない。
横顔しか見えなかったが、渋い老人だった。角刈りの短髪に目じりに刻まれたシワ。みるからに職人の相をしている。
軽トラを見送りながら、市五郎は心配になってきた。
頑固そうだ……。さらに私みたいに人見知りだったらどうしよう。うう。しかし、とにかく顔は確認した。これで飲み屋で近くに座ることができる。二度手間は掛けたくない。どうか重さん、たぬき屋に現れてくれ。エデンのママの話によれば、重さんは一度家に戻り、徒歩でたぬき屋へ向かうはず。
市五郎はたぬき屋の前にある書店へ入り、適当な一冊を手に取り購入すると、店の入口を観察した。
先ほど周辺を歩き回ったが、たぬき屋の玄関はここだけだ。裏から客が出入りできそうな扉はなかった。
老人はなかなか現れなかった。腕時計を見る。もうすぐ六時だ。
もしかして今日は来ないのかもしれない。あの軽トラを探して自宅へ押しかけるしかないのか……。
考えていると、エデンの方向から紺のジャンパーを羽織った小柄な男が歩いてくるのが見えた。あの老人だ。トラックに乗っている時は分からなかったが、市五郎が思ったより小柄だった。
老人はたぬき屋ののれんを潜り、店の中へ入って行った。市五郎は数分待って書店を出ると、道路を渡り、たぬき屋の引き戸を開けた。
「いらっしゃーい。おひとり? お好きなところに座って頂戴ね」
紫の着物の上に白い割烹着を着た上品な顔立ちの女将が声をかけてきた。店はL字のカウンター席と、その奥にある八畳ほどの座敷席のみの小さな店だった。
老人はカウンター席の真ん中に座っていた。たばこを吸いながら気さくな横顔で女将と話している。市五郎は入口に近い、老人の席から一つ空けた席に座った。女将が「どうぞ」と笑顔を向け、熱々のおしぼりを市五郎へ渡す。市五郎は頭を下げながらそれを受け取り、大事なことを思い出した。
そうだ。私は、酒は飲めないのだ。しかし、酒飲みは酒を飲まない人間を信用しない節がある。
老人をチラッと見ると、美味しそうに熱燗を飲んでいる。
「なんにします?」
付きだしの小鉢と箸を置きながら女将が尋ねる。市五郎はメニューを開き、女将の背後にある「おすすめ」から刺身五点盛りと、エビフライとカキフライのセット。メニューからご飯と赤だしのセットを注文した。
「すみません。腹が減っていて……」
女将は快く笑顔で頷いてくれた。
「空き腹だと悪酔いしちゃうからね。重さんもどう? カキフライ。美味しいわよ?」
「もらうよ」
老人は女将に勧められて即答した。女将をとても気に入っている様子だ。
さて……どうやって話を切り出せばいいものか。あんまりグズグズしていると重さんがべろんべろんに酔ってしまうかも?
市五郎は考えながら女将の料理を黙々と食べた。料理はどれもとても美味しかった。重さんは女将と話が弾んでいて、話しかけるタイミングがない。
「女将さーん、熱燗ちょうだい! 熱めで~」
「はいはい」
奥の座敷席の客に対応するため、女将がカウンターから出た。
チャンスだ。
市五郎は身体を老人に向け、なるべく身を小さくして声を掛けた。
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