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第41話 雪の町へ 

 翌日、市五郎は早朝の電車に飛び乗り、名古屋へ向かった。新幹線を使い、到着したのは朝の七時半。そこから『飛騨特急 ひだ一号 高山行たかやまゆき』に乗り替え、岐阜県の高山市を目指した。    現地に降り立ったのは朝の十時過ぎ。振り返り駅名を眺める。  高山。馬鹿げてはいても、運命なのだと祈りたい。私と同じ名のこの場所で、結城さんを救う謎が明らかになると────。  昨夜、老人はわざわざ自宅へ戻り、結城と姉弟のように仲が良かったという女性の住所と電話番号を記した紙を市五郎へ渡した。その際、電話で話を通してくれたらしく、明日会う了承をもらえ、赴いたのだ。  高山は岐阜の観光地として耳にしたことがあるが、訪れたのは初めてだった。  小さな田舎町。空気はキンと冷え、寒風はなかったが底冷えする寒さがある。除雪した痕跡がところどころ残ってはいるが、さすが観光地だけあって歩道には雪はない。市五郎はコートの襟を立て、寒さに首を竦めながら駅周辺を見回した。元使用人の女性、岡崎美奈代が、駅まで迎えにきてくれることになっているのだ。  一人の女性と目が合う。彼女は小柄で、肌が透き通るように白く上品な顔立ちをしていた。おとなしそうな雰囲気のその女性は、市五郎に向かって小さくお辞儀をした。市五郎も丁寧に頭を下げその女性へ近づく。 「岡崎美奈代です。高山さん、ですね」 「はい。高山市五郎です。……無理なお願いをきいていただき、本当にありがとうございます」  美奈代は静かに首を振った。 「こんな遠いところまで、お疲れになられたのでは?」 「いいえ。美奈代さんこそ、お仕事は大丈夫ですか?」 「高山の古い町並みはご存知ですか。あの中の一軒に実家の酒蔵もあります。観光客を相手に喫茶店もやっていますので、よかったらそちらで一休みしてください。だいたい三時頃から手も空きますので」 「ああ、観光地の中に。それは忙しいですね。夜でも私は全然構いませんので」 「泊まりの観光客も夕方には旅館へ戻られます。わりと店じまいは早いんですよ。三時を過ぎるとこの辺りはグッと冷えますので」  美奈代はゆっくり歩きながら、いろいろ説明してくれた。  今でも十分寒いと思うのだが、このくらいは「冷えている」とは言わないらしい。  高山駅の近くには朝市があり、テントの中で野菜や漬物、民芸品、正月飾りなど、いろんな物が売っていた。これを目当てに訪れる観光客も多いという。外国人の姿もビックリするほど多い。  美奈代の言う、『古い町並み』と呼ばれる地域は、昔ながらの建物がそのままの姿で残っており、とても風情のある通りだった。観光客相手の小さくて可愛らしい店が並んでいる。  こんな形ではなく、結城さんと一緒に訪れたかった。  小さな店に一軒一軒立ち寄り、目についたものを手に取っては「可愛いですね」と嬉しそうに微笑む結城の表情が市五郎の目に浮かぶ。 「ただいまぁ」  美奈代が声を掛けると、両親らしき家族が市五郎を見て目を丸くしたが気にせず頭を下げた。美奈代にコーヒーと酒蒸し饅頭をご馳走になり一息つくと、ひとりで古い町並みの散策をした。  高山ラーメンの店には長い行列ができていたが、時間はたっぷりある。市五郎はその最後尾に並び、久しぶりの人間ウォッチングをした。  結城さんと出会い、私の人生は一変した。結城さんが私に創作のインスピレーションを与えてくれた。そして恋する喜びを思い出させてくれた。今度は私が、結城さんの力になりたい。  寒さに身を寄せ仲睦まじく歩く若いカップルや夫婦を眺めながら、想うのは結城のことばかりだった。  まだ二日しか経っていないのに、随分長いこと離れている気がしている。  早く結城さんの元へ戻りたい。

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