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第43話 雪の町へ 3
「重さんからも聞いたと思いますが、当時私は新米で、一番年も近かったこともあり、真人さんから悩みごとの相談もされることがありました。転校のことも……。真人さんは気に病んでおられたようでした。いつも穏やかだったのに、感情が高ぶっていて……」
「なぜ突然転校したのですか?」
美奈代は「ふう」と深呼吸し、先ほどより落ち着いた様子で続けた。
「お誕生日の翌日のことでした。真人さんは朝食に少し遅れて出て来られましたが、いつもの元気はなく、一口二口お食べになってすぐに部屋へ戻られてしまいました。その後、家政婦長から真人さんが転校するとの連絡がされました。元気がない原因がわかり、お声かけしようかと部屋へ行ったのですがいませんでした。屋敷内を探すと、真人さんは庭の花壇の隅っこで小さくしゃがみこんでおられました。そこは以前、真人さんと一緒にお花を植えた花壇で、真人さん専用の花壇です。真人さんは自分を抱え込むように小さく座っておられ、どうしたんですか? と尋ねると、転校したくない……と、膝を抱え顔を伏せたまま呟かれて。私は隣に腰を下ろし、真人さんの背中をさすって差し上げたんです」
昨日のことのように話す美奈代に、市五郎が無言で頷く。
美奈代にとってもきっと、それほどに忘れられない過去なのだろう。
「奥様とお話になったの? と聞けば、母様がそうしろって。もう決めたからって、顔を上げた真人さんは目を赤くして訴えるように私に尋ねました。……ね、どうして? 僕は何もしてないよ。理恵ちゃんに呼ばれて行っただけ。そしたら勝手に腕にしがみついてきただけ。僕は何もしていない。なのにどうして僕が転校しなきゃいけないの? と、……。私はどうしていいかわからなくて、真人さんの手を握ってあげることしかできませんでした。確かに、お誕生日会はお友達を追い返すように急にお開きになったんです。真人さんの話では、お友達との間でなにかあり、奥様が転校をお決めになったとのことでした。その後、私立の男子校に転校され、中学もそのまま進学されました」
「ふむ……」
美奈代の話を聞いても、市五郎はピンとこなかった。
小学校の誕生日会で、女の子に積極的にアタックされたことが転校の原因になるとは思えないが……。しかし、男子校ということはやはり、そこに原因があるのだろうか。
「真人さんは以前のように元気な明るさを持ち直すことができず、不本意な転校に戸惑っておられたせいか、転校先でもなかなか馴染めていないご様子でした。中学になると、奥様から突然スポーツをするよう命じられ、早朝ランニングをしたり、運動クラブへ所属されたようです。その時もやっぱり戸惑っておられました。元々、真人さんは体育会系ではなく、どちらかと言うと学問や芸術の方がお得意だったんです。奥様もそれまではそちらを中心に教育されていました。だから、御学友とも溝は広がるばかりで……。そういった悩みは話してくださったのですが……ある日を境に、私とも話をしてくれなくなりました」
「ある日とは……何か具体的に原因があったのですか?」
「そこまでは、わかりません。ただ、奥様と真人さんの間はますます距離ができているようでした。それからすぐに使用人の一斉解雇があったので」
「その時、美奈代さんは何歳だったのでしょうか?」
「二十二歳です」
「ふむ……他の使用人の方は何歳くらいだったのか覚えていらっしゃいますか?」
「一斉解雇の対象は私たち若手ばかりでした」
「比較的若い方ばかりとういうことですか?」
結城のトラウマを知りたい。そう思っているのだが、なかなか真相へ近づけない。どうすればいいのだろう。考えていると、美奈代が深刻な表情で言った。
「そうですね……。奥様は真人さんから私たちを遠ざけたかったのかもしれません」
「ほう。それはなぜ?」
「年頃ですものね。お誕生日の件もありますし」
「同級生の女の子からアタックされた件ですか? 中学生や高校生の思春期ならいざ知らず、小学生で何か間違いを起こすと、結城さんのお母さんは本気で考えていたと?」
俯き、視線を落とす美奈代に、市五郎は「お願いします」と繰り返す。美奈代の声が小さくなった。
「……これはここだけのお話でお願いしたいんですけど、メイド内で噂がありました。旦那様と関係をもっているメイドがいると。奥様は旦那様をたいへん慕われておられたんです」
チラチラと視線を上げ、市五郎を見る。
「もちろん内密にします。……なるほど。真人さんではなく、問題はお父上の方だったのですね?」
「私も聞いただけなんですが、どうやら真人さんは、その、行為を目撃されたみたいで。その事で奥様からお叱りを……」
自分の父親が愛人とセックスしているのを目撃するとは、かなり刺激的だろうし、ショッキングだろうけど。目撃したのを叱られるのはおかしい気がする。結城さんだって、見たくて目撃したわけじゃないだろうし……。
市五郎は顎に手を掛け思案し、口を開いた。
「関係があったと噂された使用人の名前は覚えていらっしゃいますか?」
美奈代は首を横に振った。
「誰だったかまではわかりません。でも……」
美奈代は視線を逃げるように逸らし、言い淀んだ。
「でも?」
モジモジと煮え切らない様子の美奈代が重い口を開いた。
「当時、一斉解雇を免れた元メイド仲間を知っています。その人も、のちに辞めたそうですが」
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