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第45話 昏い秘密

 市五郎は東京へ戻り、その足でマナトを探した。  いつものイタリアレストランへ行き、駅前の広場が見渡せる窓際のテーブルを陣取り、マナトが現れるのを待った。しかし、レストランが閉店を迎えるまで粘ったがマナトには会えなかった。  レストランを出て携帯を見る。時間は十一時。  結城へ東京に戻ってきたことを連絡しなくてはいけない。  結城さんが結城さんであれば電話に出てくれるだろう。もう夜も遅いけれど……。  そう思いつつ通話ボタンをタップする。 『はい』  すぐに明るい声が耳へ届き、市五郎はハッと息を吐いた。 「高山です。夜分すみません。起きていらっしゃいましたか?」 『ええ、大丈夫ですよ。今ちょうどお風呂から出たところで、電話に間に合ってよかったです』  サラリと甘える口調。  愛しさが込み上げ、気が付けば口走っていた。 「会いたいです」 『あ……じゃあ、準備して伺いますね』  戸惑った様子の結城はそれでも承諾してくれた。それがとても嬉しかった。 「ワガママを言ってすみません。タクシー代は出しますので、是非来てください」 『はい』  優しい声。見えなくても、穏やかに微笑む結城が分かった。 「慌てなくても大丈夫です。では家で待っていますね」  結城を待つ間、市五郎は風呂を済ませ浴衣に袖を通し寝床を用意した。  十一時四十分頃、玄関のインターホンが鳴る。玄関ドアを開けると、結城は手にスーツを入れるガーメントバックを下げ、黒のビジネスコートに紺色のマフラーをクルクルと巻いていた。口元がマフラーで半分隠れている。嬉しそうに目を細め微笑む結城はとても愛らしかった。 「こんばんは」  市五郎は無言で結城をギュッと抱きしめた。ほんのり冷気をまとった結城からは、シャンプーの甘い香りがする。 「湯上りだったのに、無理を言ってすみません」 「いえ、僕も会いたかったですし」 「寒かったでしょう。どうぞ上がってください」  荷物を受け取り、結城の手を握るといつもの和室へ引っ張るように歩く。脱いだコートの下は白シャツに青色の前開きのVネックカーディガンと折り目のついたチノパンだった。結城の私服は新鮮だが、スーツの印象とさほど変わらない。風呂上りとは思えないキチンとした姿だ。マナトの私服とはテイストが全く違う。上品で、育ちの良さを感じさせるファッション。 『ユウキは厳格に育てられた。望まれない俺は分離した。日常をユウキが過ごすのもその延長。それだけの話』  マナトの言葉を思い出す。望まれない存在。マナトのあの服装もまた、抑圧からの反動なのだろうか。  寝床を用意した部屋の襖を開け、照明を豆電球へと落とすと、結城の着ている服のボタンをひとつずつ外していく。結城は照れくさそうな表情で、市五郎の指先に視線を落とした。 「あなたが欲しいと、そればかり考えていました」  チラリと市五郎を見上げ、何か言おうとわずかに開きかけた唇を結んでしまう。そしてやはり照れくさそうに視線を外す。何度もしている行為なのに、相変わらず初々しい仕草を見せる。それが余計に市五郎の欲望を高めた。  望まれない──────。  あなたに限ってそんなことがあるはずがない。

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