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第47話 昏い秘密 3

 マナトに会いたい。そう思っているのに、皮肉にもパタリとマナトは姿を見せなくなった。  以前は容易く会えた。最初こそ偶然だったが、結城と知り合った後の二回目以降については、マナト自身が敢えて姿を見せていたように思える。ならば、姿を現さないのもマナトの意思なのだろう。  鍵を握っているマナトに会えないのならば、他のルートで探るしか無い。市五郎は美奈代から聞いた話により推察される重要人物、喫茶エデンのママを再訪することにした。  結城邸で使用人として働き、結城の父親の愛人だったかもしれない人物。彼女なら、結城に何があったのか知っている可能性が強い。市五郎は再び結城へ嘘のスケジュールを伝え、結城の郷里へ向かった。  喫茶エデンのドアをそっと開く。  前回と同じようにカランカランと鳴るベル。店内にはテーブル席で新聞を読みながらコーヒーを飲む初老の男性が二人いた。カウンターには誰も座っていない。迷わずカウンターへ向かう。 「あら、いらっしゃい」  エデンのママは市五郎のことを覚えていたらしく、お冷とおしぼりを持ってくると、にこやかに話しかけてきた。 「お友達とは会えた?」 「この間はありがとうございました。助かりました」 「会えたのね。お役に立ててよかったわ」 「はい。会うには会えました。でも……」  市五郎はわざと暗い表情を作り、ママの前でため息を吐いた。ママは心配そうな表情で聞いてきた。 「どうかしたの?」 「はい。真人さん、様子がおかしかったのです。真人さんの実家を訪ねたと言ったら、態度がガラリと変わってしまって……」  腕を組み、眉を寄せながら首を捻る。 「あの温厚な真人さんが一体どうして……あ、すみません、ココアをお願いします」  ママは動揺を悟られぬようになのか、視線をカウンターへ落とし作り笑いで応えた。 「ええ、ココアね」  しばらくして、ホイップがたっぷりかかったココアと小皿に入った豆が運ばれた。 「お待ちどうさま」 「ありがとうございます」  タイミングよく、テーブル客が二人立ち上がる。テーブルは別だったけれど常連客同士なのだろう。知り合いのようだ。なにやら談笑しながらレジまでやってくる。 「ママ、チケット置いとくよ」 「はぁ~い、またね」  客を笑顔で見送り、テーブルの片付けを始めるママの姿を観察しながら、どうすれば話を引き出せるだろうと考える。  レトロ感漂う閑散とした空間でしらじらと流れる一昔前の歌謡曲。片付けを終えたママがシフォンケーキを市五郎の前へ置いた。 「甘いものがお好きでしょ? サービスよ。元気出しなさいな」 「すごい。もしかして手作りですか?」  ママはニッコリと微笑んだ。 「へー。いただきます。ん! 美味しいです」 「お口に合ってよかったわ」  ケーキを食べながらどうやって切り出そうかとタイミングを計っていると、意外にもママの方から口を開いた。 「いろいろ複雑なんでしょうね」  もったいぶった口調で言う。 「……実はある人から、ママさんも昔、結城邸で働いていたと伺いましたが、本当ですか?」 「昔ね」  少し懐かしそうに目を細め遠くを見つめて答える。  思ったよりも気まずい感じではない。 「出来れば、その頃のことを教えてもらえませんか?」  ママの目がスッと色を失う。シフォンケーキを出してくれた時の表情は欠片も無かった。 「何が知りたいの? たいした話なんてできないわよ」 「なんでもいいのです。働いていた頃に感じた違和感とか、記憶に残っていることとか……誰かの秘密を暴こうというつもりもありません。ただ、真人さんに何があったのか知りたい。それで真人さんを救えるかもしれない」  市五郎が必死に言い募ると、ママは戸惑った表情になり頬に手のひらを当て視線を彷徨わせた。 「真人さんのことはあまり知らないわ。転校してからはお友達を家に呼ばなくなったことぐらいかしら」 「誕生日パーティのあとですね」 「ええ。たぶん。理由は知らないけど」  ママさんは何かを思い出したのか、何もない空間をジッと見た。 「ただ、そうね……。メイド仲間が妙な事をボヤいていたのは覚えているわ」  市五郎は手帳と筆記用具を取り出しカウンターへ広げた。 「どんなことでもいいです。教えてください」 「よくわからないけど、屋根裏に水を運ばされていたみたい。屋根裏部屋があるのは知ってたけど、倉庫代わりになっていて普段は使っていないはずなの。でも、たまに奥様から水を運べと言われていたらしいわ。翌朝、またその水を屋根裏部屋から下ろさなくちゃいけなかったみたい。なんの為に水を運ぶのか不思議がっていたし、重労働だからみんなその仕事を嫌がっていたわね」 「……水……」 「それもバケツでね。妙な話でしょ?」 「その、屋根裏部屋に大きな水を入れる容器があったってことでしょうか?」 「私は入ったことがないから知らないわ。でも、あったんじゃない? 倉庫にしてたぐらいだから」 「……その、水を運んでいた使用人の名前を覚えていますか?」 「覚えてないわね。特定の使用人を使っていたわけでもなかったみたいだし」 「そうですか……。その頃の同僚で、今でも連絡が取れる方はいますか?」  市五郎の推理が正しいなら、この人は結城の父親の愛人だった。とすると、同じ使用人でも周りとの交流は無かっただろう。そう思いつつ、一縷の望みを掛けて尋ねた。 「いないわね。辞めてからみんな散り散りになってるし。それに私、つるまない方だったから」 「……そう、ですか……。他に、気になったことはありますか? 真人さんの様子でも、なんでもかまいません」 「大人しい子ってイメージしかないわ。いつも俯いている感じで。お行儀はよかったわね。話はしないけど、私たちとすれ違っても会釈して」  当時、真人が心を開き接していたのは美奈代だった。姉のように慕っていたという。  ママさんの話は、重さんや美奈代さんの話とは違う。笑顔で挨拶する、明るく可愛らしい子供だったと言っていた。それに、二人は真人さんを本当に心配していた。でもママさんにそういったところは見えない。ママさんの印象は転校後の物か? 「少し、話を戻します。水を運べと命令していた真人さんのお母上はどんな感じに見えましたか?」 「奥様は……気難しい方だったかしら?」  言葉を選んでいるような、遠慮しているような、何かを隠しているような言い回しだった。その言葉の続きを待つ市五郎をチラリと見て、ママは切り捨てるように言った。 「あまり明るい家庭とは言えなかったかもね。私が知っているのはそのくらいかしら」

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