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第51話 誓い
翌朝、微かに響く小鳥のさえずりで目が覚めた。
朝だ。隣の結城を見る。昨夜と同じ姿のまま、穏やかな寝息を立てている。
昨夜、市五郎はマナトと結城、二人に誓いを立てた。
その思いは今も変わらない。変わりはしないが、ただ去っていったマナトが心配だった。
市五郎は結城を起こさぬよう静かにアパートから出た。時間はまだ六時。早朝すぎる。思案した市五郎はタクシーを拾い、一度自宅へ戻ることにした。マナトの身に着けていた服を結城の部屋へ残していくわけにはいかない。ここにはマナトの私物らしきものが一切見当たらないからだ。きっとアパートとは別のどこかにマナトのクローゼットがあるのだろう。レンタル倉庫ならどこにでもある。今はそれを探す術もない。
自宅へ戻り、シャワーでざっと汗を流すと結城へメールをした。
『おはようございます。美味しい朝食を届けに今からアパートへ向かいますね』
身支度を済ませ、焼き立てパンの店で二人分のサンドイッチやスイーツ、牛乳やカフェオレを購入し、またタクシーを拾った。その間、結城からの返事はひとつもない。深く眠っているのだろう。
アパートのドアの前で時間を確認する。あと十五分ほどで十時になる。市五郎は電話をかけた。数回のコール音の後、電話が繋がり、「もしもし」と小さな声が聞こえた。寝ぼけている声だ。
「おはよう。起こしちゃったかな?」
「あ、あれ? 市五郎さん?」
「結城さんと美味しいパンが食べたくて、買ってきました。今、アパートに着いたところなのですが、一緒にいかがですか?」
できるだけ屈託がないように明るく声を出すと、少し眠そうだった小さな声が急に焦り始める。
「へ? 本当に? あ、えっと、是非っ! ちょっと待って下さいね。今開けます」
慌ただしい音がして、ドアが開いた。パジャマにカーディガンを羽織った結城が顔を出す。よほど慌てていたのか、眼鏡も忘れているようだ。
「お待たせしました。おはようございます」
「おはようございます。驚かせてしまって申し訳ないです。でも寝起きの結城さんの可愛らしい姿が見れた。きたかいがありました」
ハッと顔を触ると、ちょっと照れたようにはにかむ。市五郎は微笑みかけドアを閉めると、ゆっくりした動作で結城を抱きしめた。ふわりと包まれ、結城の目が嬉しそうに細まる。
「市五郎さんに朝食のお誘いに来てもらえるだなんて、嬉しい。最高の朝です」
そういって抱きしめ返してくる。
市五郎は感極まって泣いてしまいそうな己を律し、腕の中の大切な人へ告げた。
「結城さん、愛しています」
結城の表情に、嬉しそうな笑みが広がっていく。
「僕も、市五郎さんを愛してます」
そう言って、伸ばした手を市五郎の頬へと当てる。
「会いたかった」
なんとも素直で可愛らしい恋人だ。
「私も、会いたかったですよ。だから突然来てしまいました」
ギュッと結城を抱きしめる。
「もう、どこへもやりたくない」
結城は市五郎の言葉に応えるようにますます強く抱きついてきた。素直に甘える頭頂部にそっとキスをして、市五郎が囁く。
「一緒に暮らしてくれませんか?」
もし、この先マナトが現れたとしても、私はマナトのことも愛していきたい。
「はい」
ちょっと上ずった涙声の結城がキュッと抱きしめ返してくる。
市五郎はその体をもっと引き寄せ強く抱きしめた。
その後、結城はアパートの賃貸契約を解除して、市五郎の家へ引っ越すことにした。
一緒に荷造りしていると結城の知らない鍵が出てきた。市五郎はすぐにこれがマナトの持ち物であることを悟り、結城を言いくるめ、預かることにした。あとで調べるとトランクルームの鍵であることが分かったが、マナトが戻ってくるその時まで契約はそのままにしておくことを決めた。
結城の帰る場所がひとつとなり、市五郎はマナトが現れたとしても、そばにいられることに心から安堵した。不安も随分と解消されたし、結城も睡眠不足がなくなり以前よりもずっと顔色も良くなった。
もうマナトは現れないのかもしれない。
愛しい恋人を胸に抱きながらもふと、切なくなる。
その痛みを胸に眠りにつくのだった。
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