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防衛本能
俺の住んでいるアパートはメゾネット式。
玄関を開けると目の前に階段。生活スペースは二階。まるで小さな一戸建てに住んでいるようなデザインになっている。
掃除は面倒だし、家事動線も長くなるけれど、二階の住人に気を遣うことも、一階の住人に気を遣うこともない。さらに湿気に悩むことも、虫に悩むこともない。一階が物置に使えるから、住居部分の二階が広々と使えるのも俺には理想的だった。
駐車場には週に一、二回しか使わない愛車。駐車場を通り抜け、階段を三段登る。鍵を取り出してドアを開けて、男を振り返った。
「どうぞ」
「いいとこ住んでんだね〜」
ペコッと頭を下げ、玄関を上がる。照明の下で見た男の表情は興味津々という感じだった。
……やっぱり未成年なのかも。肌もツルツルだし。
「あはは。普通だよ。二階が部屋なんだ。あ、そうだ」
俺はスーツの内ポケットから名刺を取り出して彼へ差し出した。
「自己紹介がまだだったよね。俺は火神博孝 って言います。君の名前も教えてくれるかな?」
自分の住む場所を晒しているのだから、彼の身元も確認したい。
俺の防衛本能だった。
「ユウ」
ユウと名乗る少年は名刺を両手の指先で摘みチラッと見て、特に興味なさげに上着のポケットへしまった。
「ユウ? フルネームは教えてもらえない?」
「別に良いけど、あんまり好きじゃないんだよね」
そう言って「ふう」とため息を漏らす。
「練馬優太 だよ」
意外だった。渋ったとはいえアッサリとフルネームを教えた彼をジッと見る。なにかやましいことがある場合、人は素性をハッキリさせることを嫌がるから。
真冬のベンチで野宿なんて、とんでもないことをしてたけど、案外素直な子なのかもしれない。
「ねりまゆうた君。だからユウなんだね。なるほど。よろしく練馬君」
壁のスイッチを入れる。
玄関のライトに加えて、二階へ続く階段のライトが点く。
「ユウでいいって」
練馬君は顔をしかめて言うと、俺の肩をポンポンと叩いてきた。
俺より明らかに年下だし、背も低い。黙っていたら女の子みたいに可愛い系なのにこの偉そうな態度。
「ぷぷっ。そっか。じゃ、ユウにしようかな? 二階へ案内するよ」
ユウは片眉を上げ、へらぁと笑い「ん」と、小さく頷いた。
俺も頷き、先に階段を登る。
二階はキッチンカウンターのあるリビングダイニングと、寝室の二部屋。リビングダイニングは十二畳。寝室は六畳半だ。
寝室の隣には風呂とトイレがある。
キッチンに入ると、ユウも一緒に入ってきた。カウンター越しに見えるリビングを顎で指す。
「風呂、用意するから、あっちのソファで座ってていいよ」
「えらくサービスいいんだね。じゃ、お言葉に甘えて」
ユウは上着も脱がないままボスッとソファに座って、ローテーブルに置いてあったリモコンを持ち、勝手にテレビを点けた。
それを観察しつつ給湯器のスイッチを入れて、エアコンも入れる。
コーヒー……は飲めなさそうだし、冷え切っているからココアとかホットミルクがいいのかな? でもそんな物はここには無い。
最初の警戒を忘れ、小さな鍋にお湯を入れながらソファでくつろぐユウを見て考えた。
うちにあるのはコーヒーと酒と、コーンスープくらいだもんなぁ。
「ブラックでいいよ」
テレビに目を向けたまま、考えでも読んだようにユウがポンと言った。俺は呆気にとられ、ハッと我に返った。
「あ、そうなんだ。コーヒー飲めるんだね」
鍋のお湯を捨て、コーヒーメーカーをセットする。
なんだか初めての生物に合った気分だ。世の中にはこういうタイプの人間もいるんだな……。
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