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防衛本能 2
「うん」
気の抜けたような返事は、テレビに向けられているようだったけど、ブラックコーヒーが飲めるという返事なのだろう。
俺はキッチンの中から、その不思議な生物をずっと見ていた。
コポコポとコーヒーメーカーが音を立て始めると、甘い香りが漂ってきた。コーヒーカップを二つ用意してコーヒーを注ぎ、ソファの前のローテーブルへ置いた。
「お待たせ」
「いただきます」
ユウはテレビから俺の顔へ視線を移し、見上げてニッコリした。それからやっとジャンパーのフードを下ろして、ストンとソファからも降りた。
……降りるんだ。
玄関の照明の元で見た時も、女の子みたいとは思ったけど、毛の長いフードを脱ぎ、顔全体を見ると更にそう思えた。
柔らかそうな頬。色白だし、もち肌ってこれを言うのだろう。
優しい印象の目。ふっくらとした涙袋が可愛いを強調している。スッと通った鼻筋に、細い顎のラインもゴツさとは無縁。和風の顔立ちなのだけれど、きゅっと上がった口角のせいか妙に愛嬌がある。
俺は入れ違いに、ソファへ腰を下ろす。
ユウはラグに膝を抱えるように座り、両手を伸ばしカップを持つと口元へ運んだ。猫舌なのか、しつこいくらい「フーフー」と息を吹きかけてる。その様子は「ブラックで」なんて大人ぶってる割に妙にガキ臭い。俺もコーヒーをひとくち飲み、テーブルへ戻してエアコンを見上げた。
「上着、脱いだら? まだ寒い?」
「あ、そだね」
ユウは部屋が暖かいことに今気づいたという口調でカップを置き、上着を脱いだ。現れたのは黒のVネックのカットソーとネイビーのデニムに包まれた華奢な体躯だった。思ったより清潔な服装だ。そういえば履いていたスニーカーもおろしたてのように真っ白だった。
ただ、ユウが細すぎるからか、服のサイズがでかいのか、袖は長すぎて指先しか見えないし、Vネックから覗く肌は鎖骨が浮き出て、白い胸元まで見える。脱げば? とは言ったけれど寒そうだ。
黒いカットソーは、手首の辺りから白くてクシャクシャとした袖に切り替わっていた。収縮性があるのか、手首にフィットしていて、手の甲まで隠している。包帯でもしているみたいだ。
あまり見たことのないデザインだし、おしゃれで高そうな服にも見える。もしかしてブランドものなのかもしれない。なのに、頼りないくらい細いからか、若干猫背だからか、残念ながらおしゃれというより、いたいけなイメージが強調されている。
「ところで、ユウは何歳なの?」
「二十六」
「えっ!」
思わず大きな声を出してしまった。
十七か、十八……もう少し上でも二十歳とか。それくらいだと思っていた。俺と二つしか変わらないのか。
「ヒロ君は?」
「ひ、へ、へ?」
「いくつなの?」
一瞬耳を疑ってしまった。ヒロタカだから、ヒロ君ね。なるほど。
「あ、俺は、二つ上だよ」
「お兄さんなんだねぇ〜。道理で面倒見いいんだ」
お兄さんって……二つしか違わないし。だいたい二十六歳なのに、なんでそんな幼い雰囲気を醸し出してんだよ。
なんと返してよいのか分からない俺に「ふふっ」とユウは笑って、立てていた膝を左右に割りあぐらをかいた。コーヒーカップを手に取り口元へ近づける。もうとっくに冷めているだろうに、慎重に温度を確かめる様子は、やっぱり背伸びしているガキにしか見えない。
「……家出したって、言ってたよね? 親と住んでいた家からってこと?」
「ううん。彼氏。あ、恋人?」
「……へ? かれ……し?」
またもや耳を疑った。
言い直したけど、今「彼氏」って言ったよね?
固まっている俺にユウはちょっと苦笑いして言った。
「恋人の方で」
「あ、う、うん。……そっか……喧嘩とかじゃなくて、お別れしたからってこと? あ、話したくなければいいんだけど……」
「そ。お別れ」
ユウはあっけらかんと言ってのける。
全く気にしていないみたいだ。
あ、さっき。
公園でひっきりなしに鳴っていた携帯を思い出した。
ユウの恋人は別れたくなかった。ユウは別れたかった。ラチがあかないからユウが家出した。……って、ところなのかもしれない。それならこのケロッとした感じも納得できる。
ということは……相手は別れを納得してないのではないか? 俺には関係ないことだけど、でも同じ男としてちょっと同情する。
「さっきのでん……」
言いかけた時、キッチンから風呂が沸いたアナウンスが流れた。
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