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防衛本能 3
「あ、風呂沸いたって。入っておいでよ。着替え出しておくし」
「はーい」
風呂場へ案内する。
「ここがトイレ、こっちが風呂ね」
「了解」
ユウがトイレに入る。
俺はトイレの向かいにある寝室のドアを開けた。ダブルベッドと、サイドテーブル。あとはクローゼットしかないシンプルな部屋だ。
クローゼットを開け、グレーのスウェットの上下を取り出す。下着用の引き出しを開けて、新品があることにホッとし、袋に入ったままのボクサーパンツを取り出した。
ユウがトイレから出る音がした。脱衣所のドアが開いて閉まる音。
しばらく待ち、ドアを開ける。脱衣所のカゴの中には、キチンと畳まれた服が置いてあった。半透明のドアの向こうでシャワーの音もする。大丈夫そうだな。
スウェット上下と包装されたままのパンツと、箱に入ったままの歯ブラシも置いておく。棚からタオルを出して、着替えの横にセット。
これでよしと。
満足した俺は寝室へ入り、やっとスーツを脱ぐことにした。
部屋着に着替えていると、頭にタオルをかぶったユウが寝室をヒョコッと覗いた。
「お風呂ご馳走さまぁ」
頬はポッポとピンクだけど、出てくるスピードはかなり早い。
「ちゃんと湯に浸かったの?」
「うんうん。いいお湯でした」
そう言ってちょこんと頭を下げる。
「ちゃんと温まったのならいいけど」
どうしようか。疑いたくはないけど、風呂に入るのは無用心かもしれない。
そもそも俺は、人見知りではないけれど慎重な性格で、初対面の人間を部屋に上げるなんて今まで一度もしたことがない。
どうしてなのか。気づいたらこの状況。
でもそれを、どこかで楽しんでいる自分もいる。アルコールのせいだろうか?
「えっと……じゃあ俺も、風呂行ってくるから。テレビでも観て待っててくれる? あ、そうそう。ソファ倒してベッド作っておくし」
「うん、勝手にやってるから入ってきていいよ」
「お、おう」
俺はクローゼットから予備の毛布と布団を取り出すとリビングへ運んだ。真ん中に置いてあるローテーブルを端へ移動させ、ソファを前へ出す。背もたれを倒しフラットにして、両方の肘置きもフラットにすればベッドの完成だ。
たまに泊まりにくる楠木も、クッションが固めで寝心地はいいと言っていたし……寒空の下、ベンチでの野宿に比べたらホテル並みでしょ?
「じゃ、風呂、入ってくるよ」
用意を整えユウに顔を向ける。ユウはテレビのリモコンをすかさず手に取り、ソファに座って髪を拭きながら、やはりこちらを見ないで言った。
「行ってらっしゃ~い」
よっぽどテレビが好きらしい。
俺は逡巡しつつ風呂へ入った。
この物怖じしない自由なキャラも実は演技で、もしユウが泥棒で、風呂から出たら財布から札がごっそり抜かれ、姿も跡形もなく消えていたら……それは俺の、人を見る目がないということだ。
自分がなぜ、ユウを泊めてやろうなんて考えに至ったのか、よく分かってないけれど、今日の俺がそういう気分になっていたのだから、今更考えるのは、やめよう。
そう言い聞かせ、いつものように体を洗い、洗髪して湯船に入る。
「はぁ……」
たっぷり三十分かけて温まり風呂から出た。
リビングからテレビの音が聞こえる。俺はなんとなくホッとしつつ、タオルで髪をガシガシと拭きながらリビングへ向かって固まった。
ユウの姿がない。
え……マジで?
愕然として立ち尽くす。
「……ヒロ君?」
背後からの声に振り向くと、コップを持ったユウがキッチンにいた。さっきはいなかった。というより目に入らなかった。俺、今、キッチン通り過ぎてきたのに。
「どうかした?」
ユウは俺の横をすり抜け、平然とソファへ座る。
「今、どこにいたの?」
「あっちだよ」
ユウはそう答え手に持ったコップに視線を向け、再び俺を見た。眉を下げ、妙に、静かな雰囲気。
「そ、そう……」
キッチンに人が隠れる場所もドアもない。狐につままれたような気分だ。
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