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元カレに買ってもらった携帯 2
呆れた気持ちで見守っていると、ユウはゴシゴシ目を擦り、もう一度俺を見て、やっと昨夜のことを思い出したのかのんびりした声で言った。
「おはよお」
「おはよ。よく眠っていたね」
「うん。おかげさまで」
「コーヒー飲む? って、だいぶ煮詰まっちゃったな……淹れ直すから顔洗っておいでよ」
ユウは「うん」と返事をしてソファから降りると布団をたたみ始めた。たたんだ布団をソファの端に置くと、肘置きと背もたれを元に戻し洗面所へ向かった。テキパキ良く動く。寝起きはいい方らしい。
俺はコーヒーメーカーをセットして二人分のコーヒーを淹れた。戻ってきたユウは土木作業員のように頭にタオル巻いていた。
面白い姿だ。
目を丸くして見ているとタオルを取り、手で髪の毛をワサワサと散らす。歯磨きの間に寝癖を直していたのだろう。起きた時は爆発していた髪の毛がヘナヘナになって落ち着いている。大爆発は治まったけれど毛先がウエーブしてピョコピョコ小さく跳ねてる。軽くパーマが当たってるみたいで可愛いと言えば可愛い。
それからタオルをテーブルの上に起き、今度はスウェットを脱いだ。パンツとTシャツ姿になると、ローテーブルの下に置いてあった昨夜着ていた服を身に付ける。パジャマにしたスウェットをまたきちんとたたんでソファに置くと、タオルも折りたたみその上に重ねた。
見かけによらずキチンとしている。公園で新聞に包 まって寝ようとしたり、誘った俺が言うのもなんだけど、見ず知らずの人間にホイホイついて行き、その家で気兼ねなく爆睡する人間とは到底思えない。
ユウの身支度が済んだのを待って、カップをローテーブルへ置く。
「コーヒーどうぞ」
「ありがと」
ユウはソファに座るとカップを持ち上げ、またフーフーしている。俺はソファからたたんだ布団を持ち上げ寝室へ運び、戻ってきてユウの隣へ距離を開けて座り、彼の方へ少し体を向けた。
「立ち入ったこと聞いていい?」
「どぞ」
「携帯、すごく鳴ってたでしょ?」
ユウはコーヒーをすすりながら、あまり関心無さそうに答えた。
「あぁ……そっか、着信拒否にすれば良かったんだ」
カップをテーブルに置き、代わりに携帯を手に取ったユウは「げっ」と顔を歪ませた。
そんな嫌そうな顔しなくても……。と内心苦笑いする。
「別れたって言ってたけど……心配して何度も掛けてきてたみたいだし……喧嘩しただけとか? そんな感じじゃないの?」
「ううん。喧嘩なんてしてないよ」
「ちゃんと話し合って、その、別れた……んだ?」
「うん。ちゃんと、別れるって伝えて出てきた」
「伝えて? 直接、かれ……本人に?」
「うん」
ユウは動揺も困った様子もない。
「ふーん。じゃあ、なんでそんな何度も電話を? やっぱり心配してたからじゃないの?」
「さぁー……でも別れた相手に心配してもらう義理も無いし」
そう言って携帯を操作する。
着信拒否の設定でもしているのか?
「コレで良しと」
あ、設定しちゃったよ。アッサリしてんなぁ~。
「……もう一個聞いていい?」
「どぞ?」
「同棲……一緒に住んでたんだよね?」
「うん、そう」
「別れたから、出てきたはいいとして、その……私物というか、そういうのはないの?」
「特にないかなぁ……これくらい? と言ってもこいつもいつまで使えるかわかんないけど」
手の中の携帯をこちらに向け振ってみせる。
「……その携帯は彼……付き合ってた人に買ってもらったんだ?」
「うん」
「そか……なるほど」
別れるなら携帯を置いていけ。とでも言いたかったのか。腹を立てての電話なら出なくて正解だったのかも。
「帰るところはあるの? その……実家とか、友だちの家とか……」
「立ち入ったこと聞くね」
可笑しそうに肩をすくめユウが笑った。
「あ、ごめん」
やっぱり触れられたくない部分だよなとすぐに謝罪した。
でも、気になるよね? 年末の寒空に俺が追い出して、他に行くあてがあるのか。
「ううん。あったら公園でなんて寝やしないよ」
あっけらかんと答えるユウに、ちょっと胸がズキンとした。
「そっか。そうだよな。……とりあえずさ……」
「ヒロ君っていい人だねぇ」
まだなにも本題について話してないのに、ユウがしみじみした微笑みを浮かべた。まるで田舎のおばあちゃんみたいな笑み。
「え? いや……別に。普通だよ」
俺は焦って手を横に振った。
「でもいいよ。適当になんとかするし。一晩泊めてもらえただけで十分だよ。ありがとね」
いやいやいや、その適当が公園で野宿だったんだろ? ちっとも説得力がないよ。俺みたいな善良な市民ばっかじゃないんだから。
「とりあえず……飯食いに行かない? 俺、腹減っちゃってさ」
「お金持ってないよ? さっきも言ったけど所持品はコレだけ」
「それは分かってる。金があればネカフェくらい行くでしょ? そこは一切期待してないから安心して」
「いい人だねぇ」
ユウはキョトンとした表情から、また独り言のように言った。
「だから普通だって。ただ、猛烈に腹減ってるの。だから行こう」
立ち上がりコーヒーカップを流し台に置いて水を張ると、寝室からダッフルコートを羽織りユウへ聞いた。
「好き嫌いある?」
「どこでもいいよ」
「好き嫌いないの?」
ポケットへ携帯と財布、車のキーを入れる。
「どこでもいいってば」
俺のうしろを付いて歩くユウに振り向き言った。
「ちゃんと言わないと、お残しは許しまへんで?」
「自分の食べられるのを頼めばいいんでしょ?」
「……まぁ、そうだね」
階段をトントンと降りながら、俺はこのやりとりが楽しくてちょっと笑っていた。クスッと背後でユウも笑った気配がした。
階段を降りたところで振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、柔らかく微笑むユウで。『彼氏』がいた人間なのだと思い出して、慌てて目をそらした。
ドキドキは多分、ユウが俺にとって、初めて絡む人種だから。
未知との遭遇――──うん、そんな感じ。
そう自分に言い聞かせた。
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