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モヤモヤ
「コタツ……嬉しい?」
冬装備はエアコンとホットカーペットで十分だと考えていた俺が、何故か現在、リビングにコタツを設置している。
昨夜、師走の寒空の下、公園のベンチで野宿しようとしている「ユウ」という男の子と出会った。
いや、実際は男の子じゃなかった。年齢を確認したら二十六歳だという。未成年にしか見えない顔立ちだったけど、立派な成人した男性だった。でも、それが分かったのはユウをアパートへ連れて帰ったあと。
結局ユウは俺の部屋で一泊した。
翌朝、昼食を兼ねて二人でブランチへ。
一週間に一、二回しか乗らない車に乗り、まず十五分程車を走らせお気に入りのカフェへ向かった。
このカフェは朝の七時から夜十時まで営業してるし、メニューも豊富。安くて美味くてボリュームがあるから、休日はしょっちゅう使っている。しかもモーニングの時間帯には「モーニングビュッフェ」なんてやっているから、ブランチ兼用の時なんて腹いっぱい食べてしまう。
モーニングの時間帯は七時~十時半まで。それ以降はランチメニューに切り替わる。
カフェに着いたのは十時ジャストだった。満席みたいだったけど、早めに来た客が帰る時間帯でもあってすんなりと席を確保。
ここのビュッフェは野菜が美味しいと評判だ。
グリーンサラダ、ポテトサラダ、かぼちゃサラダ、海藻サラダ、マカロニサラダ。プチトマト、茹でたオクラやブロッコリー、アスパラ、人参のマリネ。
数種類の焼きたてパンに、オムレツ、プリプリウインナー、カリカリポテト、ベーコンとほうれん草のソテー、タコのマリネ、ナスの煮浸し、コーンスープ、ミネストローネ、カットフルーツ、ヨーグルト、味噌汁にご飯もある。もちろんコーヒーやフレッシュジュースはおかわり自由。これで一人税込千円なら安いでしょ?
ユウはマカロニサラダ、オムレツと、その外見の印象通りの料理を選んでいた。やっぱり外見が子供っぽいからお子様ランチ的なメニューが好きそうに見える。後はカリカリポテトに焼きたてパン。コーンスープ辺りか?
「ここ、野菜が美味しいんだよ?」
きっと、プチトマトとかくらいしか食べないんだろうな。なんて思って見ていたら、ユウはナスの煮浸しを小鉢に取り、次に味噌汁にご飯という和食コースへ。意外にも和食好きらしい。食後もデザートではなくコーヒーを飲んでいた。しかも例のブラックで。
腹いっぱいになり、コーヒーを飲みながらユウに提案した。
「年末年始の買出しに行こうと思ってるんだけど、手伝ってくれる?」
「いいよ。特に用事もないし」
「って言ってもさ、俺、料理からっきしダメだから……年越し蕎麦もカップラーメンだけどね」
ユウは「ふふふ」と穏やかに笑った。
「俺もだよ」
「そうなんだ」
カフェを出て、次は生活用品や飲料水、インスタントラーメンなんかの品揃えが豊富な大型のドラッグストアへ向かった。
自動ドアをくぐり、大きなカートを押しながら店内へ入る。ゆっくり歩きながらユウへ聞いた。
「これからどうするの?」
「これからって?」
のほほんとした返しにちょっと呆れて言った。
「ユウって仕事はなにしてるの?」
「してないよ?」
「じゃ、なにやってたの?」
「家に居た」
二十六歳にもなる成人男性が無職だと平気で答えるのか。
いや、無職ではないのかも? このご時世、自宅にいながら日本全国、いや、世界を相手に仕事だってできるのだから。
「家でなにをしてたの?」
「テレビ観たり、動画観たり、本読んだり……」
やっぱ無職かーーいっ! なのに料理スキルもゼロ?
信じられない暮らしぶりに顔をしかめる俺をよそに、商品を見回していたユウが突然こちらを向き、声を弾ませた。
「あ! 俺ね、パソコンのキーボード打つのは得意なんだよ。携帯のメッセージ打つのも! バラエティのテロップ打つの超早いの。あとね、ドラマのセリフを見越して同じタイミングでセリフ言って当てっこしたりしてた。コレが面白いんだよねぇ」
「ははは……そう」
カートにトイレットペーパー、ボックスティッシュ、ファブリーズの詰替用を入れながら考えた。
ユウに働く気はあるのか? そもそも働かないと生きていけないって知っているのか? 金がないと生活できないことは分かってるみたいだけど……。とりあえず俺は正月明けの四日までは休みだ。それまではユウをアパートへ置いてあげることはできるけど……。
本人に仕事をする気がないのを承知して、住まわせるなんて流石にできない。もし、これがユウを性の対象にするような男なら、違うのだろうか?
きっとユウはとても魅力的なんだろう。ノーマルの俺が妙に可愛いと思えるのだから、そっち系の男にはモテモテに違いない。ユウの「適当に」とは、もしかして、そういう男に出会えばなんとかなる。という意味なのか? そっちの世界のルールは俺にはまったく分からない。
「うーん……」
「ヒロ君?」
ユウが振り返り俺の名を呼んだ。いつの間にか足が止まっていたらしい。
「あ、うん?」
「どした? 難しそうな顔して」
ユウが一歩歩み寄り、俺の顔を覗き込むようにヌッと顔を寄せてきた。その近さに驚いて反射的に顔を上げる。丁度目に入ったのは、冬物衣料コーナーの、三十パーセントオフの看板。
「お」
ビニールに包まれた大きな布団の塊。コタツ布団だ。敷布団と掛け布団のセット。三千八百円でもわりと安いのに、二千六百円に値下がりしている。
コタツ……一人暮らしを始めた時は使ってたけど、コタツを出すと風呂に入らずにうたた寝しちゃったり、朝まで寝てしまって、起きたら喉が痛かったり、なんてことが続いて翌年から出すのをやめたっけ。
人間やめますか? それともコタツやめますか? なんてね。
「あー。うん。今年はコタツどうしようかな? って……」
「コタツ!」
突然、ユウの声が大きくなる。
「う、うん。え……コタツ好きなの?」
「うんうん、大好き! やっぱ冬はコタツに限るよねぇ」
ニコニコという擬音が聞こえてきそうな笑顔。
「ふーん……そっか。じゃあ、これ、買っちゃうか。三割引で安いし。昔使ってたのは確か捨てちゃった気がするし……」
俺はコタツ布団セットを持ち上げた。
「よいしょ」
ん? なんとなく一緒に正月を過ごすテイで話が進んでない?
ユウはそれはもう嬉しそうに、いそいそとコタツ布団をカートへ乗せるべく、中を整理しだした。
ちょっと可愛いんだけど……。
結局、そのコタツ布団セットを、売り場に戻すことができるわけもなく、ついでに座布団代わりのクッションまで二つ購入してしまった。もうカートの中身がいっぱいだ。
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