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猫のはなし

 俺は唇を指先で触りながら考えた。  これは俺が考えごとをする時の癖だ。  正直、自分でもよく分からない。でも……。 「例えば、ユウが猫だったとするよ?」 「猫?」 「そう。俺が拾ったのが寒そうに震えた猫だったとする」 「猫……」  確認するみたいに繰り返すユウ。  それとも自分に言い聞かせている? 「例えばね? 野良猫かな? 戻る家ないのかな? って家に連れて帰った。よくよく見たら、首輪をしてる。あ、飼われている猫を連れて帰っちゃった。どうしようって、思うよね?」  ユウは不満そうにジトッとした上目遣いで俺を見てる。  本当に猫みたいだ。もし耳が生えていたら、きっとうしろに向けて若干ふせ気味にしているだろう。しっぽもイライラと動いてそうだ。 「例えばだってば。でね? 猫が言うんだよ。僕は野良猫だよ。自分で家を出てきた。だから、気にしないでくれって。でもさ、首輪がちゃんとついてるんだよ。それ、外したら? って俺が提案すると、野良猫が言うの。これは首についてても僕は気にならないから、って。でもさ、俺は気になるんだよね。分かる? この例え」 「うん。まぁ……」  フッと息をついてユウはポケットから携帯を取り出し俺に手渡した。  それからはめたばかりのシートベルトをめんどくさそうに外し、ドアを開けて後部座席に乗り込む。  ムキになっている。  自分でもそう思った。でも知りたかった。ユウが本当に元恋人と切れる気があるのか。携帯を手放すのを拒んだら、未練があるってことだと思ったから。 「とりあえず、昨日の公園まで行ってくれる?」 「了解」  公園まで戻り、そこからユウのナビでドライブを開始した。  元彼の住むマンションは公園から二つ駅向こうの隣町にあった。部屋を出たあと、元彼に探索されまいと努力したのはうかがえる。 「その角を右に曲がった先のマンション。部屋は八〇二」 「了解」  マンションは俗に言う、高級マンションだった。  チラシをポスティングされないよう、郵便職員しか入れない場所にポストもあるという。エントランス内部に入らないとポストにたどり着けない。内部に入るのにも暗証番号がいる。  おしゃれなマンションアプローチを通り過ぎ、五十メートル先で停車する。ユウに暗証番号を聞き、コンビニ袋に携帯を入れてギュッと口を結んだ。そいつをポケットへ入れて、車から降りマンションへ近づいた。  暗証番号を押してエントランス内部に入り、元彼の部屋番号の郵便ポストへ袋ごと携帯を落とした。  完了っと。  長居は無用だ。辺りをキョロキョロするのも危険。すぐに外へ出て車を発進させた。 「返してきたよ」  後部座席からかすかな笑い声がした。バックミラーを覗けば、ユウが両手で口元を覆い、クスクス笑っている。 「なに? どしたの?」 「ううん」  ユウは首を左右に振り窓の縁に肘を突いた。その手に顎を乗せ清々したように景色を眺めている。 「いい気味」  ポツリと聞こえる声。  詳しいことを聞くつもりはないけど、元彼に対して未練は一欠片もないらしい。元彼も元彼で、携帯を返却されたら連絡のとりようもないし、諦めもつくだろう。 「……帰ろうか」 「うん!」  ユウは嬉しそうな声で返事をする。  その声に俺も微笑み、アパートを目指した。

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