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不器用な男
「博孝って、冷たい。苗字は火神 なのにね」
彼女が白けた口調で言い、ため息をついた。クルリと背を向け遠ざかっていく。
追いかけることもしないで、俺は彼女を見送った。
――そこで目が覚めた。
「…………」
夢か。なんで今更、あんな夢を……。
枕元の携帯で時間を確認する。
マジかよ。まだ七時じゃん。だーっ、休みの日くらい寝坊させてくれよ。
頬に当たるヒンヤリした空気。今朝も東京の朝は冷え切ってる。
もう一度寝直そうと寝返りをうち目を閉じたけど、すぐに断念した。体を起こし、ハンテンに袖を通す。
う~さみぃ……トイレ行こ。
トイレを済ませ、キッチンへ入る。
ユウはソファベッドでおとなしく眠っていた。昨日とは違い、顔半分が布団から出ている。
昨日はコタツからちっとも出ようとしないユウへ業を煮やし「風邪をひくから寝る時はあっち! 出ないならコタツは撤去するぞ」とビシッと言った。ユウは恨めしそうな顔でしぶしぶ布団へ潜り「おふとん冷たいぃ」とぼやいてた。
俺が寝室へ移ってから、もしかしてコタツに潜るかもしれないと思ったけど、ちゃんとベッドで眠ったんだな。起きたら褒めてやろう。
エアコンとコタツの電源を入れ、コーヒーを淹れる。マグカップにコーヒーを注ぎ、ユウを起こさないよう、ソファの反対側からコタツに足を入れた。
のどかな朝だ。休みがまだ一週間もある。そう思うだけで、贅沢な気分になる。
……どこかへ行く予定は一切ないけど。
彼女と別れなければ、今年もスキー場で新年を迎えるはずだった。去年は二人でロマンティックな時間を過ごした。
昨日のユウとの会話を思い出す。
あの会話はまるで、三年付き合った彼女との別れ話の再現シーンだった。
きっかけは些細なことだ。
彼女が俺のなにかに対し機嫌を損ねた。俺にはそれがなんなのか分からず、彼女は押し黙り、ただ、俺の言葉をのらりくらりとかわした。
もう少し必死になって彼女の機嫌を治す努力をすれば、彼女は笑って許してくれたのかもしれない。なのに俺は嫌になってしまった。
分からないのに、謝罪する意味も。
逃げ出したくなったのかもしれない。だんだん感情的になる彼女に。
付き合い始めた頃は、感情を剥き出しにすることなんてなかったのに。
感情のぶつかりあいは苦手だ。穏やかでいたい。できるなら喧嘩なんてしたくない。
彼女のありのままを受け入れられない。
そもそも、それが、俺の器の小ささを証明しているんだろう。
「はぁ……」
気分が滅入ってきた。
すっかり過去のことになって忘れてしまったはずなのに。
「…………」
真っ黒な液体から顔を上げ、スヤスヤと眠るユウの寝顔を見つめた。
不思議な子だな。すごく近くに感じた途端、フッと距離を開ける。
昨日だって、拗ねてたくせに寝ちゃうなんて信じられない。
追い込まれる程、深く知り合ったわけでもないのに、俺は追い込まれなかったことにホッとした。ユウに見つめられると、なぜか焦ってしまう。それが本人にバレているのだろうか?
ユウは謎めいている。何を考えているのか分からない。気ままで、適度な距離感。俺にはこれくらいが丁度いいのかもしれない……。
「……やっぱ座椅子欲しいな」
それからユウのハンテンも……。
「ユウも欲しいだろ?」
眠っているユウに話しかける。
ユウは目を閉じたまま、少しだけ笑ったように見えた。
その寝顔を眺めているうちに、滅入った気分も過去の失敗もいつの間にかどうでもよくなってくる。
うん、コーヒーも美味い。贅沢な朝だ。
まったりしていると、昨日と同じ、九時過ぎにユウの目が開いた。
辺りをキョロキョロしてコタツと俺を見つけると、へらぁと笑い、軟体動物のようにソファをずるずる降りてきて、コタツに潜る。
「起きたと思ったらまた潜るんじゃないよ。飯、食いに行くから起きて」
「んー、お腹減ってない……」
「嘘だろ? 昨日もそう言って夕飯食わなかったじゃん」
返事がない。
俺はコタツから出てユウの方へまわった。ユウはコタツに首まで潜ったまま目を閉じてる。単純にめんどくさいだけのようにも見える。
俺はコタツのコンセントを抜いてコタツ布団をめくった。
「わーっ!」
「ほら。起きろって。ブランチのついでユウのハンテンと、座椅子も欲しいんだよ」
「ハンテンなんていいよぉ。お布団返してよ」
「あ! ハンテンを馬鹿にしたな!」
「はいはい」
あしらうような返事をして俺の手から布団を奪い返し、そのまま背中を倒すとズルズルとコタツに潜り込んでいく。
口まですっぽり入ったユウが言った。
「これで寒くも寂しくもない」
「コンセント抜いたから、寒くなると思うけど」
「ヒロ君のイジワル」
「意地悪じゃねーしっ! ブランチに行こうって誘ってるだけだし!」
「そだ、出前は? そしたら外に出なくてもご飯食べれるよ」
どんだけ外が嫌いなんだよ。引きこもりかよ。
「俺は出かけたい派なんだよ」
「寒いのに~……」
観念したのか、ユウはモソモソと這い出てくると、不満顔で上着に袖を通した。
「寒いからこそ、コートやダウンやマフラーやニット帽でおしゃれができるんだろ? 常夏だったらおしゃれできなくて楽しくないぞ?」
って、別に俺もそんなこだわっているわけじゃないけど。
「オシャレ好きなんだねぇ」
「お、おう」
全く興味がなさそうな顔でユウが返す。
俺はクローゼットからジャケットを取ると、普段使っていない紺色のマフラーを掴み、ブーたれているユウの首に「ほい」と掛けた。
「腹減ってないなら、先に買い物行こう。行くぞ」
「買い物好きなんだねぇ」
ユウはマフラーをくるくると巻きつけ、顎の下でギュッと結んだ。その上からフードもかぶる。雪国の子供のようだ。
買い物好きは否定できないから今度はきっぱり返事をした。
「おう」
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