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考える男
インテリア量販店でネイビー色の座椅子を二つと、ベッドで使う敷き毛布と枕を買った。隣のショップでメンズのスウェットを見る。
「何色がいいとかある?」
「ないよ」
「じゃ、グレーでいっか」
カゴにMサイズの上下セットを二つ入れて、ユウを振り返った。
もしかして、もしかしなくても……服……あれしか無いよな。
どうせ聞いたところで「なんでもいいよ」と言われるのも分かってきたので、あえてなにも聞かずボクサーパンツ三枚と、靴下三足セット、Tシャツ三枚セットをカゴに入れる。
全部黒にしとけばいいだろう。……下着はいいとして、服はどうしようかな。ハッキリ言ってファッションセンスにはまったく自信がない。
「あ~~……ユウ、ズボンと服、適当に選んで持ってきてよ」
「はーい」
ユウはカゴを手に取り、最初の棚でパーカーを掴んでポイ。次にセーター、シャツを掴んでポイポイ。ズボンもサイズの確認だけしてポイ。
迷うことも選ぶこともなくカゴへ入れて、あっという間に帰って来た。
その様子に呆気に取られてしまう。
カゴの中のパーカーはおばあちゃんの肌着のような薄いベージュ色だった。
どうしてよりによってこれなんだろう……。
ズボンもベージュだったらちょっと嫌だな。と思いつつカゴの中に目を走らせたけど、ズボンは黒とか茶系の無難な色だったから、胸を撫で下ろした。
「寒がりなんだから、ニット帽は?」
「フードかぶれば問題ないよ」
「でもほら」
俺は目に入った白い毛糸に赤色のトナカイ模様のニット帽を手に取り、ユウの頭に被せた。
「お! 鏡見てみ。こういう色、可愛いんじゃね? よく似合ってるよ」
「ん? うん」
まったく興味が無いご様子。でも、どうせ買うなら似合っている方がいい。服が地味なんだからせめてニット帽くらい。
「じゃ、ニット帽はこれね」
「いっぱいだねぇ」
ユウはカゴの中を見下ろし呆れたように言った。
「元々安いし、もう冬物セールやってるから楽勝だよ」
残念ながらショップにハンテンは売って無かった。だからハンテン代わりに、白くてモフモフしてる大きめのパーカーを買った。実はレディースなんだけど、メンズのところには白いモフモフは売ってなかったんだよね。レディース用でもXLなら余裕だろ。
一番大きいサイズの買い物袋を二つ持って車まで戻る。車に乗り込むと十二時半になっていた。流石にもう限界だ。
「腹へってない?」
「空いたー」
「お。良かった。じゃ、どうしよっかな。なにが食いたい?」
「ん~、ラーメン? 寒いし」
「いいねぇ。じゃラーメン屋行こう」
なんでもいいと言われなかったことが妙に嬉しい。
俺の行きつけのラーメン屋は、メニューが味噌ラーメンと、塩バターコーンの二種類。あとはもやし炒め、餃子、チャーシュー、ライス、以上。というシンプルさ。
どちらのラーメンにも炒めたキャベツともやしがてんこ盛り入っているし、トッピングでチャーシューを頼まなくても、チャーシューの切れ端がいっぱい入っている。値段も安いし、ボリュームもあってまさに庶民の味方だ。
「どっちにする?」
「じゃぁ、塩で」
「大将、味噌と塩バター、あとライスともやし炒め。餃子は二人前ね」
「あいよ」
注文を終え程なく「お待ち」の声と共にテーブルへ餃子がやってきた。続いて他のメニューも一気に運ばれてくる。限界まで腹が減っていたからか、泣けるほど美味い。フーフーしながら二人でガツガツと食べた。
「お腹いっぱいになった?」
「うん。もうポンポンだよ」
ユウは満足そうに腹に手を当てさすったが、腹はぺたんこのままだった。
アパートに着いて、またもや二人で荷物を二階へ運ぶ。
テレビが見やすいようにと、座椅子は向かい合わせじゃなくて二つ並べた。
ソファと違って好きに動かせるし。狭いと感じたらずらせばいいんだし。
ユウは早速、座椅子に座りテレビを点けた。
年末スペシャルなのか、今年の春頃大ヒットしたドラマが再放送している。ユウは「これ観てた。面白かったよ」と嬉しそうにドラマに見入っていた。俺も横に座り、ドラマを観る。
視聴率がよくて、ドラマの最後に流れるキャストたちのダンスが全国で流行ったこともニュースで把握している。でもドラマを観たいとは思わなかった。
もともと話題になってるから飛びつくという行動があまり好きじゃない。流行りとか関係なく、自分のタイミング、自分の感覚で、好きだと感じたものに向き合い、興味が尽きるまでとことん追求したい。結局それも、プライドの問題なのかな? パイオニアならよくて、追っかけるのはカッコ悪いとどこかで思ってるのかも……。
どうでもいいことを考えていたら、座椅子にもたれたまま眠っていたらしい。ハッと気が付くと、窓の外は真っ暗で、壁の時計は七時近くになっている。テレビは消えていた。
わぁ……絵に描いたような正月の過ごし方だなぁ。まだ正月じゃねーけど。
隣を見れば、ユウは座椅子を枕に、コタツ布団に首まで入って目を閉じてる。
おいおい。そんなに潜ったら汗かいちゃうだろ。
やはりコタツは危険だ。
立ち上がり、風呂を沸かすスイッチを押す。お風呂を沸かします、というアナウンスが流れてもユウはピクリとも動かない。
「うーん」
動いてないから当たり前だけど、腹も全然減らない。
まぁいいか。休みなんだから、休みらしくダラダラ過ごせば……。
ダラダラ過ごすのが苦手な性分だから、年末年始は毎年、スケジュールをぎっちり詰めていた。それに向けて動くことで、生活にメリハリも生まれるし、正月ボケとも無縁な一人暮らしだった。こんな突発的な居候や、計画にない買い物、酒を飲んでるわけでもないのに、昼間からテレビ観てコタツでうたた寝なんて、社会人になって初めてかもしれない。
こういうのも楽しいもんだな。
カウンターに置いてある読みかけの本を取り、座椅子にもたれて読む。物語に集中したいのに、気が付くとユウの顔を眺めてしまう。結局、数ページ読んだだけで、風呂が沸いたとアナウンスが流れた。ユウのおでこをトントンと指で叩く。
「ユウ、そろそろ起きたら? 風呂沸いたから入ってきていいよ」
「……おふろ……いい……」
「いいじゃねーよ。いつまでも寝てると夜中に眠れなくなるぞ」
「ぬう……」
ユウはもごもご動き、うつぶせになると、座椅子に頭をグリグリしながら起き上がった。全然目が開いてないし、口がへの字になってる。
ひどい顔だけど、ちょっと可愛い。
「ねむっ……」
「風呂入れば目も覚めるよ。ほら。着替え持っていっといで。今着てるのは洗濯機の中に入れといてね」
着替えを渡すと、ユウはペコと頭を下げヨロヨロ立ちがり、フラフラと風呂場へ向かった。
ぷぷ。思わずニヤけてしまう。
そんな自分に気が付いて考えた。
ユウには元彼がいたわけで……。いや、元彼がいるからって、男友だちくらいいただろうし、同性が全員、もれなく恋愛対象になるとは限らない。俺だって、女性であっても、友達の意識しかない人間はいくらでもいる。あっちの世界のルールは知らないけど、ユウはそっちの世界の人間なんだから、ノーマル男性には基本的に興味がないのかもしれないし……。
「お風呂上がったよぉ」
「わあ!」
急に声が聞こえてビックリした。
いやだから、早くない!?
ユウは首にタオルを掛け首を傾げていたけど、いそいそとコタツに潜り込み、俺を見上げて言った。
「お風呂入んないの?」
「あ、うん。入ってくるよ」
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