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考える男 4
ということで。というか、なんでそうなったのかよくわからないけど、俺とユウはひとつのベッドに入ることになってしまった。
「歯磨き。歯磨き」
歯ブラシに歯磨き粉を乗せて自分の口に入れると、ユウの歯ブラシにも同じようにしてズイと渡す。
「どもね」
俺の横に並んで歯を磨き始めるユウ。鏡に映る姿に改めて思った。
ち、ちっさい……やっぱり「可愛い」サイズだよな。
Mのスウェットが余っている。白い首筋やちょっとだけ覗く鎖骨に目がいってしまいそうで、鏡から離れた。
「おえ、はひがきはがひはら」
お先にどうぞと手のひらを「どぞどぞ」してキッチンへ移動する。
ユウはコクンと頷き、俺を見送った。水の流れる音。歯磨きを終えてユウがリビングへ戻ってきた。入れ替わりに洗面所で口をゆすぐ。
「お待たせ」
お待たせって言い方も変だよな。と思いつつ。ユウに声を掛けて先に寝室へ向かう。寝室の明かりを点ける。ベッドの上には今日買ったばかりの枕。なんとなく、リビングに枕があるのに違和感があってポンとベッドに投げておいたやつ。それを手に取り腕だけで回し、うしろに立っているユウへ渡した。
「これ、ユウのね?」
「うん」
チラッと振り向くとユウは枕を大事そうに両腕で抱えていた。
くっ。なにそれ!
ツッコミたいのを堪え、掛け布団をめくりユウに入るよう促す。
「なんかヒロ君どこぞの王子様みたいだね」
もそもそと四つん這いになってベッドへ上がりながら、なんでもないことのように言う。
「へっ? な、なに急に」
どういう意味だよ! と思いながら、動揺を隠して言葉を続けた。
「あ、あ、新しいシーツにしたし、毛布も今日買ってきたのだから、俺の体臭は染み付いてないと思うけど……臭かったらごめん」
ユウはボスッと枕を置くと、言ったそばからクンクンとベッドに鼻を寄せた。
「おいおい。積極的に嗅ぎにいかなくても……」
「ホントだ……洗剤の匂い……」
ユウは顔を上げて、ションボリした口調で言った。
「いや、だから、なぜ残念そう?」
俺の言葉は耳に入ってないみたいに、ユウはそのまま頭突きする勢いで頭をベッドに落とし、顔をスリスリ擦りつけた。
「…………」
不思議過ぎる。本当に俺と同じ地球人だろうか。
隣のスペースに寝転がり、ジタバタしているユウを横目に布団を引っ張った。
「布団……掛けるよ?」
「うん」
掛けた布団もクンクン嗅いでいる。
布団乾燥機でしっかり熱は通しているし、ファブリーズもしてあるし、こちらも新しいカバーに変えたから大丈夫だとは思うけど、妙なドキドキに襲われるから匂いを嗅ぐのはやめていただきたい。
「…………」
ユウは無言で残念そうな表情をした。
だから! 何故そんな感じ? 匂いフェチなの? と心の中で叫びつつリモコンを取るとエアコンと照明を消した。
「真っ暗にしちゃうけどいい?」
「それはどっちでもいいけど、ちょっと手貸してよ」
「へ? 手?」
電気を消したばかりでなにも見えないのに、ユウをチラッと見た。
「……はい」
布団からモゾモゾと右手を出すと、手の甲をわざとユウの顔に乗せる。ユウはスンと鼻で空気を吸い込んだ。
絶対臭い嗅いでるだろ!
ユウは俺の手を両手でギュッと掴み、仰向けだった体をこちらへ向けて横向きになった。
人質を取られたように動けない。言葉も出ない。
俺の手首はグルリと半回転させられ、ユウの頬を包むような形になった。
もしかして手のひら枕がないと眠れないのか? 俺の手はユウのほっぺの下敷きになるのだろうか。
目が暗闇に慣れてくる。
ドキドキしていると、ユウは俺の手首をしっかり両手で持ったまま、まるで祈るように手首辺りに鼻の頭をくっつけた。
「おやすみぃ」
「お、おやすみ……」
なんだこれは。ソファでもいいって言ってたのに、めっちゃ人肌恋しい系の可愛い感じになってるよ! 犬か猫みたいだよ!
ユウはそのまま動かなくなってしまった。
寝た? 眠ってしまったのなら、手首……外していいだろうか?
俺はそろっとユウの両手から手首を抜こうとした。途端、ガシッ! と強く握られる。途方に暮れてるとユウの小さな声が聞こえた。
「……今日だけでいいし」
起きてたんだ。
「な、なにが、今日だけでいいの?」
真っ暗な天井にうすくぼんやりと見える丸いライトを見ながら尋ねた。
「洗剤の匂いとか落ち着かなくて。人の匂いの方が好きなんだ」
そう言って押し当てられる鼻。
まるで手首にキスされているようで、勘違いしてしまいそうになる。
「そっか……。じゃ、当分シーツは替えないでおくよ」
「ふふ、ありがと」
暗闇の中、静かに話していると内緒話でもしている気分になる。
すごく親密な空気だ。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
ビールも飲んで、いつもなら爆睡するパターンなのに……。
その夜、俺はなかなか寝付けなかった。
右手に感じる温もりのせいなのは分かっていたし、ユウが眠ったのも分かっていたけど、右手を外すことができなかった。
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