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初めての気持ち

「……くん」  夢の中で誰かに呼ばれた。 「ん……」  瞼を閉じたまま「もう朝か」と思う。  暖かくて居心地いい。まだ寝ていたい。 「……ヒロ君」 「……ん?」  その声は俺の腕の中ですっぽり収まっているユウの声だった。  腕を緩め、閉じ込めているユウを見れば、ジーッと俺を見上げている。 「うおっ? あ、あは。あはは……ごめん……抱き枕にしちゃってた?」  慌てて腕を外し、笑ってごまかしながらゴロンと寝転がる。 「…………」  ユウが横向きからうつ伏せになり、ベッドに肘を突いたもんだから、せっかくちょっと離れた距離がまた詰まってしまった。心臓がドドドと忙しなく音を立ててる。  どうしよう。なんて言えば?  考えてたら、ユウの右手が持ち上がった。  ……え?  ユウの手を見ていると、俺の顔の上まできて、髪に指が通され優しく撫でられた。  気持ちいい……かも。  目を閉じると、ユウの声が聞こえた。 「俺としたい?」 「へっ!」  突然の言葉にギョッとして目を開く。 「し、したいって……な、なにを?」 「エッチ」  えええええ!?  想像してしまった通りの答えが帰ってきて、頭の中が真っ白になる。 「え、あ、お、俺、したことないから……あ、いや、そういう問題じゃなくて……えっと……そう、そう、ユウは俺を好きとか……そういう気持ち、あって言ってるの?」 「今のところ好きかも」 「それって、好きか嫌いかどっち? 的な質問の時の答えだよね?」 「乙女なんだね」  ユウが髪を撫でながら言った。  からかうでもなく、ユウは優しい眼差しで俺を見ている。 「うっ……真面目と言ってくれ。すごく好きな相手とするもんだろ? せ、セック……スって。まぁ、世の中にはセック……ス目的で女性をナンパする男も確かにいるけど……」 「んー。……じゃぁヒロ君は、俺のこと好き?」  ゆっくりした響きで囁くように聞いてくる。  ドキッとした。  これが女の子なら間違いなく「好きだよ」と口走ってしまうに違いない。ユウの水分の多い目を見ていると、引き込まれ、抗えなくなる気がする。  俺は慌てて目をそらし、天井を見た。 「そ、そりゃ……好きだよ。他人と一緒にいてこんな気楽なのも初めてだよ。きっと相性、あ、性格の相性もいいんだと思う。でも簡単にスるとかシないとか決めたくない。変な話だけど……昨夜は、とても……」  自分の胸に手を当てて考えた。  昨夜の気持ちをどう表現したらいいんだろう? 半分寝ぼけてたからなぁ。 「多分、俺は……」 「なに?」  優しく聞き返される。 「……なんでもない。そんなわけないし。もうしばらく様子を見る」 「そっか」  ユウは静かにマバタキして微笑んだ。 「だから、もうちょっとこうしてていい?」  俺は仰向けの体勢から横向きに戻って、もう一度ユウを腕の中に閉じ込め包んだ。 「どうぞ」  そう言ったユウの声は嬉しそうで、胸がキュンキュンした。  今までにない経験だ。  出会ってすぐの人間にトキメクなんて少女漫画の世界の話だと思っていたし、実際に一目惚れなんて一度もしたことがない。  友だちとして、同僚として、大学時代の仲間として、長い期間付き合ってきて、人となりが分かって、信頼関係が構築されていて、初めて「好きかも?」と思うのが俺だったのに。元カノだって、スタートは大学の同級生だ。  腕の中の生き物は同じ地球人とは思えない不思議ちゃんで、出会ってまだ数日で、しかも、俺の知らない世界の住人で……。  なのに、どうして「守ってやりたい」という気持ちになるのか? これがなんなのか見極めないと、大事にしないと、軽はずみに行動して壊してしまうのは嫌だ。 「どこにも行くあてがないなら、ここにいればいいから。いや……いてよ」 「うん。ありがと」 「うん……」  俺は恐る恐る、ユウの頭のてっぺんにそっとキスした。  気付かれたくなかった。でも、してみたかった。この気持ちがどこからくるのか誰か教えて欲しかった。  ユウがゆっくり顔を上げ、ジーッと見上げてくるものだから、気付かれたのかと、じわぁと顔が熱くなる。ユウが閉じていた唇をゆっくり開いた。 「ヒロ君」 「う、うん」  な、なに?  ドキドキしていたらユウが言った。 「……おトイレ行きたい」 「あ、あは。そうだよね! 俺も、夜中に目覚めたもん。パンパンだよな」  ホッとして腕を解くと、ユウは起き上がり寝室を出て行った。  ふぅ。初めてのことばかりで浮き足立ってしまう。  俺もベッドから降りてリビングのエアコンを入れる。時計はもう九時半過ぎだった。流し台で湯を出し、ついでに顔を洗ってうがいをして、コーヒーメーカーをセットする。 「あれ? 起きちゃったんだ」  コーヒーメーカーの立てる音を聞いていたらユウがリビングに顔を出した。腕を組んで突っ立っていた俺の横にユウが立つ。俺は「うん」と頷き、ユウの手を握った。  柔らかい手。同じ男とは思えない。華奢で、プニプニしてる。しばし、その手の感触を楽しむようにニギニギを繰り返す。  俺の行動にキョトンとしていたユウがフッと微笑んだ。その微笑みに、どうしようもなく甘酸っぱい何かが込み上げる。  なにかを伝えたい。でも、なんて言っていいのかわからないんだ。 「……黙って消えたりしないって約束してくれる?」 「え?」  ユウが目を丸くした。 「ユウが突然いなくなったらすごく寂しい。きっと胸にポッカリ穴が開いて、相当落ち込むと思う」 「そんなに?」 「うん。そんなに」  付き合ってきた女性に対してだって、そんなお願いなどしたことない。  信頼関係を構築してからの付き合いだから、そんな心配などする必要もなかった。逆に言えば、信頼関係が無い好意はありえなかった。保険かけまくりの恋愛だった。  ユウが俺の肩へ頭をコツンと乗せた。  また胸が苦しくなる。 「約束して?」 「うん」 「……良かった」  コーヒーメーカーがボコボコと最後の音を立てる。 「コーヒー飲もうか?」 「うん」  ユウは肩から頭を起こし、棚からカップを二つ出してくれた。 「あーあ」  カップにコーヒーを注ぎながらため息をつく。 「どうかした?」 「ユウが現れるって分かってたら、年末年始に旅行予定したのにな。もうどこもホテルはいっぱいだろうなぁ~」 「やだよ~。外、寒いのに」 「公園で野宿しようとしてたくせに?」 「あれは……やむなくだから」 「じゃあ、ユウはなにがしたい?」 「コタツでまったり」 「あははは! じゃ早速まったりしようか?」  コタツに移動して並べた座椅子に座った。  ユウが俺の肩にハンテンを掛けてくれる。 「ちょっとごめんなさいね」  そして隣ではなく、狭いのにコタツと俺の間に無理やり入ってきた。 「なぜにそこ?」 「さっきの続き」 「さっき?」 「ベッドで、もう少しこうしてたいって言ってたでしょ」 「あ、うん……」  ユウの体を包むように両腕を回し抱き寄せた。俺にもたれるユウ。スイッチが入ったみたいに、また胸が苦しくなる。  俺って人間は思ったより単純なのかもしれない。  それ以降ユウは、よくくっついてくるようになった。  よくというか、隙あらばくっついてくる。  でも、「したい?」と、誘ってくることはなかった。

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