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お正月 2

 ユウは歌いながら体を起こし、テレビに目を向けたまま蕎麦を勢いよくズルズルすすった。頬を膨らませ何事もなかったようにもぐもぐしてる。  しかし頬張り過ぎてやしないか? 頬が盛大に膨れておちょぼ口になっている。上唇も、拗ねた時みたいにツンと立ってる。  俺は箸を置いてカップ麺をコタツの真ん中におしやると、コタツに肘を突きユウを見た。ユウは俺の仕草に気づき「ん?」とこちらを見る。膨らんだほっぺにクスッと笑い、片手でユウの頭を撫でると、今度は撫でている俺の手を見上げる。 「鈍いって……よく言われる。でも今回はちがうと思ってるんだけど」  頭上に向けていた視線を俺へ戻し、ユウがニッコリ微笑む。 「なんだ、その生温かい笑みは」  やっとユウの頬が通常の大きさに戻った。 「天使の微笑みだよ」 「小悪魔じゃなくて?」    ユウは舌をチョロと出し、両目を天井へ向けおどけた顔を見せた。  俺は頭を撫でていた手を後頭部に下ろし、しっとり濡れ、多少テカってるユウの唇にチュッとキスした。  ビックリした表情。そしてキュッと口角を上げる。俺も同じようにニッと唇だけで笑う。ユウはスープをコクコク飲んで残りの蕎麦を平らげた。  初キスなのにちっとも動じない。でも、そういう態度になるのを分かっていた気がする。きっとユウにとってキスもそのあとの行為もそれほど重要な意味はないのだろう。  俺は俺で、ユウに伝えたいと思いキスした。  友達なんて思ってないって。  それが伝わればいいかなって。  蕎麦を食べて、お茶を啜りながらお笑い番組を見て馬鹿笑いする。  そんな風に年越しをするのは久しぶりだった。  いつも予定を立てて年末年始を過ごしていた。それが俺の生活スタイルだったし、家でダラダラ過ごすなんて時間の無駄だと思っていた。ユウはそんな俺に、ちょっと立ち止まることを教えてくれた気がする。  そんなに慌てなくてもいいじゃん。  全部先を見越し、準備万端にしておかないと気がすまない俺。想定外の出来事は嫌いだし、トラブルに慌てふためく自分が容易に想像できるから、危ない橋は渡らない主義。  今思えば、そんな俺がどうしてユウを家に招いたのか。人道的に考えてあの選択しかなかったと今でも思ってはいる。  でも、ユウじゃなかったら? 本当に家へ連れて帰っただろうか。  ユウの横顔を眺める。  当たり前みたいにここにいるユウ。  もう何年も前から一緒にいるみたいに。  やっぱり実家で飼っていた猫を思い出した。  寒い夜だった。母親が町内の婦人会かなにかで出て行って、帰ってきたら抱いていた猫。子猫よりちょっと大きかった。人にも慣れていた。野良猫にしては毛色も綺麗だった。「きっと大きくなってから捨てたのね。子猫だとすぐ死んじゃうから」と母親は言っていた。  あの猫は初対面だというのに俺の足へ擦り寄ってきた。グルグルグルとびっくりするくらい喉を鳴らし、家へ入った瞬間から自分が人間に愛される存在だと知っているようだった。  猫はリビングの匂いを嗅ぎながら一周すると、ソファに座って見ている俺の元へ戻ってきて、当たり前のように膝の上に座って丸まった。  ――本当に不思議だった。 「……ユウ」 「ん?」  かすかな呼びかけにすぐに反応する。ユウは猫並みに耳もいい。  もしかしてユウの前世は猫だったのかもしれない。なんて、突拍子もない自分の発想におかしくなる。 「ユウはどんな子供だった?」 「…………」  一瞬の沈黙。ユウ自身も動きが止まってしまったように見えた。俺からテレビへ視線を移す。 「普通だよ」 「そっか」  聞かれたくない。言いたくない。そんなそっけない声。  俺はすぐに話を変えた。 「そういえばさ、食料の買出し……明日はいいとして明後日は行かないとだなー」 「俺はずっとお蕎麦でも平気だよ」 「インスタントばっかじゃ体がおかしくなるから。外食で野菜を摂らないとだな。で、ついでに買い物すればいいだろ?」 「じゃぁ、次はカップ麺の他にフリーズドライ製品を大人買いしよ。ずっともつし、お野菜も取れるもんね。缶詰でもいいなぁ」 「そういうのは大人買いって言わないの。箱買いね」 「確かに。あ! ネット注文の方がお得かもしんないよ?」  とことん外に出たくないらしい。 「とりあえず、明日はどうすっかな。あ、まだ長崎ちゃんぽん食ってないよな。それで昼飯はいっか」  壁の時計はそろそろ三時。  いい加減に寝ないと朝になっちゃう。 「そろそろ寝ようか」 「うん」  テレビを消して立ち上がる。ユウも素直に立ち上がり、あとを付いてくる。一緒に歯磨きをして、一緒に寝室へ。俺は先にベッドへ入り、ユウの枕を引き寄せ腕を広げた。  ユウは嬉しそうに微笑み、いそいそとベッドへ潜り込んで腕の中へスッポリ収まる。肉のついていない細い肩を抱き、ギュッと一瞬抱きしめると、またスイッチが入って胸がキュンキュンした。ユウの額に唇をつけて囁く。 「おやすみ」  ユウは顔を上げ、俺の唇にちょっとだけ唇をくっつけ「おやすみ」と動かし、胸のところに顔をうずめた。ふよふよと髪の毛が顎をくすぐる。左手で柔らかな髪を何度も撫でた。ユウの寝息が聞こえてくるまで、ずっと撫で続けた。

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