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キスとゴム 2
ユウの脇に手を差し込み、床へ下ろす。
そうだった。ユウにとってはキスやセックスはそれほど重要じゃないんだ。
ユウのなにかが積もってくれるのを期待しているけど、どうやら想いが積もってるのは俺だけらしい。
「まずは食欲を満たさないと始まらないよな」
コンロの火を調節して箸を取り、凍った麺を掴むと裏返しユウへ言った。
「お茶、あ、ポットお湯入ってたかな? 水足してくれる?」
「うん」
ユウはポットの中へ水を注いだ。そしてうしろから俺の腹に手を回しくっついてきた。お尻に当たるいつぞやの感触。
「なんか当たってる……」
「仕方ないじゃん。気持ちよかったんだもん」
「気持ちいいの好き?」
ユウはちょっと背伸びをして、俺の耳へ唇を寄せるとそっと囁いた。
「大好き」
「……エッチだな」
振りかえればすぐそこにユウがいる。無邪気な茶色の瞳。伸びた鼻筋の下にはキュッと上がった口角。独特だけどすごくチャーミングな唇。
一度知ってしまった優しく甘い果実。
性懲りもなく、火を消してさっきの続きをしたくなる。
その時、リビングから携帯の着信音が聞こえてきた。
「これ、お願い」
ユウに箸を渡し、リビングの携帯を取って通話ボタンを押す。
相手は同期の楠木だった。仕事納めの日、こいつと二人で忘年会をして、ユウに出会ったのだ。ずいぶん昔のことのように感じるけど、ほんの数日前なんだよな。なんだか竜宮城じゃないけど、時間の感覚がおかしくなってる気がする。
「……うん。おお。了解。何時になりそう? うんうん。電車乗った時にでもメールくれよ。おう。頼む」
携帯を置いて、キッチンへ戻る。
ちゃんぽんは煮込みすぎなくらいグツグツしていた。
「ありがと。熱いから運ぶよ」
「うん」
クルクルとかき混ぜてた箸を鍋から上げて火を止め、ユウが場所を空けた。コタツにちゃんぽんを運ぶ。
テレビを点ければ「初笑い」の番組でしかなかなかお目にかかれない、大ベテランの漫才が流れていた。
「いただきまーす」
「いただきます」
ユウは麺をすくい上げフーフーフーフー入念に冷まして口を寄せたかと思ったら、パッと離した。やっぱりまだ無理だったみたい。
猫舌なのがますます猫っぽい。
ユウは立ち上がるとキッチンへ行って冷凍庫を開けて戻ってきた。お椀の中には氷が二つ。ユウはお椀の氷をちゃんぽんの中に一つ落とし、お椀を俺に向けてきた。
「いる?」
「いらねーよ。どんだけ~」
「そか」
俺のツッコミも華麗に受け流し、更にもう一個ちゃんぽんに氷を落とした。熱々が丁度いい湯加減のお風呂みたいになってしまっただろう。
「そうそう。さっきの電話、同期の奴からだった。今日は買い出しに行かなくてすみそうだ」
「なんで?」
平気になったからか、結構な量の麺を口に入れながらユウが尋ねる。
「年末から実家に戻ってたらしいんだけど、暇過ぎてもうこっちに戻りたいってさ。んで、鍋やろうって。元旦から新年会って早すぎるような気がするけど……」
「ふーん。じゃあ、今日は外出とくよ」
「は? なに言ってんだよ。三人で鍋すりゃいいし。隠れる必要ねーよ」
ズルズルすすった麺をもぐもぐして、また箸で麺をすくい上げる。
「だって、同僚でしょ? 知らない人だし。ビックリしちゃうでしょ」
イヤミとかではなく、当然の配慮といった口調。
世の中のことなんて興味ないって浮世離れした雰囲気を持っているくせに、たまに常識的な言動をするんだよな。ユウって。
「楠木はすげーいい奴だから、きっとすぐに打ち解けられるよ。本当にいい奴だから。あいつが人の悪口言うの聞いたことない。まぁ、上司や会社の愚痴は同期だから言い合うけどさ。だから、びっくりしたってすぐにそっかぁで終わるよ。大丈夫。大丈夫」
「ふーん。ヒロ君が平気なら俺はどっちでもいいけど」
「うんうん。鍋は大人数で食った方が美味いし。あ、あとでビールだけコンビニに買いに行ってくるよ。ユウはいいから。なんか欲しいもんある?」
「手伝うよ? 荷物運び」
「外出るの嫌いなくせに」
「重いでしょ?」
いつもならすぐに「そ?」で終わるのに、どうしてか妙に食い下がってくる。そんなユウの頭をナデナデして言った。
「そんなアホみたいに買ってこないよ。まだ家にもあるし。それよりなにか欲しいもんないの?」
「んじゃ、ポッキー」
「普通の?」
「じゃあ、全種」
ムフッと笑って両肩を上げる。
「おお。……他は?」
「んー、アイス」
「了解。他はいい?」
「あ、あと、ゴムもよろしく」
「……ゴ……」
「ガムじゃないよ。コンドームね」
「お、おう……」
想定外の単語に一瞬言葉が出なかった。ケロッとした表情でエッチする前提で話を進めるユウに、思わず生唾を飲み込む。
「……ヒロ君がなしのがいいなら、別にいいけど」
「つ、着ける。もちろん、着けるよ。当たり前だし! エチケットだし!」
返事してから気づく、これはもう「する」と宣言しているのと同じだと。
「俺、特にこだわりとかないから。好きなの買って来て」
それはゴムのブランドの話ですかっ!
「お、おう。じゃ、じゃあ……めんどくさくなる前に買い物だけ済ましてくるよ。ユウは……そだ、コロコロ。これで絨毯でもコロコロしといて掃除機掛けるのもめんどうだし」
「はーい」
俺はちゃんぽんのアルミの器と湯飲みを流し台に置いて、ジャンバーを羽織った。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ユウはわざわざ階段を降りて、玄関まで見送りに来た。
大丈夫だから、という意味を込めて微笑み、ユウの頭を二回ポンポンして家を出た。
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