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キスとゴム 3

 歩いていける距離だけど、帰りの荷物を考えて車にした。公園を通り過ぎる。  ユウと出会った夜を思い出した。   ────こんな、なんにもない公園で野宿しようとしてたんだ。  今の公園は安全と防犯の為にどんどん簡素化している。昔は茂みがいっぱいあったし、風除けになるような背の高い遊具もあった。かくれんぼだってできたのに。  がらんとした、ただの空き地のような整備された公園。  ジャングルジムも、ウンテイも、シーソーもない。誰も遊ばない公園。今の子供達は鉄棒を誰に習うのだろう。金を払って親が体操クラブにでも通わせるのかな。  ユウがあの夜、必死に新聞を体に巻いて寝転がろうとしていたベンチが目に入った。風で転がる新聞にからかわれ、必死に追いかけるユウの姿が浮かんでくる。  仕事帰り、何度も公園の前を歩いたけど、公園なんて目にも留めなかった。ユウと出会わなければ、この先も公園を眺めるなんてしなかっただろう。ただそれだけのことが、なんだかとても尊いことのような気がする。  俺はこれからもずっと、公園を見るたびにユウを思い出すのかな。  コンビニに入ってカゴを持ち、雑誌コーナーを通り過ぎる。成人雑誌のどぎつい表紙が目に入った。  ……するのか本当に。  できる気がする。いやきっと、しちゃうんだろう。でも、いいのかな。しちゃって。こんな中途半端なまま。  成人雑誌の前で考え事をしていると、入ってきた親子の母親の方がけむたそうに俺を見た。  あ……ボーッとしている場合じゃない。買い物を済ませないと。  クルッと振り向くと、今度は陳列したコンドームが目に飛び込んできた。  ゴム……。 『ヒロ君がなしでいいなら』  ……なしで……  暖かくトロトロに溶けた場所に押し込んでいる己と、うっとりした表情のユウを想像して、ブルブルと首を振った。下半身に血が集まる感覚に並んでいるコンドームの一つを掴み、カゴへ投げ入れる。  それから……あ、ビール。そうだ。ビールを買わないと。  六本入りを二つ。冷蔵庫に確かまだひとパックあるし、焼酎もある。焼酎用の水と、ウーロン茶を足せば大丈夫か。  ズッシリと重たくなるカゴ。  ……あ、アイスだな。二つ。三つあればいいか? それからポッキーだっけ。全種類って言ったな。  菓子コーナーを見て呆然とする。  ポッキーめちゃくちゃ種類あるんだけど。これ全部? まさしく大人買いだな。  一個ずつ手に取りカゴに入れていく。  冬季限定とか、地域限定もあるし、出しすぎじゃない? どうなってんの?  さらに、おつまみのスルメ、チーズ鱈、ナッツ類も買う。  うう。やばい。重いぞ。やっぱ二人で来れば良かった。もういいかな。あ! 味ポンはこっちで用意しておいた方がいいよな。野菜と肉は持ってきてくれるし。  俺はまた棚をグルリと回り、味ポンの瓶をカゴに入れた。  こんなに買うなら安売りの店に行った方が絶対良かった。でも、もういい。手が限界だ。  レジでカゴをドカッと置くと、隣のレジに立っているさっきの母親が目をまん丸にしていた。コンビニで大量に買い物するなんて信じられないって顔だ。  いいんだよ。俺は気楽な独身なんだから。ボーナスも給料も入ったばっかりなんだから!  心の中で誰に向けてか分からない言葉を吐いていると、「あっ、すみません!」と店員の焦った声。  足元に落ちてきたのはコンドーム……。  慌ててそれを拾うと店員に渡した。店員がかなり申し訳なさそうな表情で言った。 「取り替えてきましょうか?」 「いい。いい」  やましいことをしているわけじゃないのに、この仕打ち!  うしろに並ぶ客の視線が痛い。  このコンビニ、とうぶん寄れないよぉ。  会計を済ませると、店員にお釣りとおまけのカードを五枚渡された。千円以上買い物をした客に配ってるらしい。 「六枚で、このブランケットと交換できますので!」 「はぁ。ありがとう」  有名アニメキャラが、なぜか悪魔っぽい格好でニッコリ微笑んでる。どことなくユウに似ている気がした。  まさにこんな感じだよな。  俺は道を外してる気がする。なのに、ウキウキしてるんだよ。  ひとりでニヤニヤしてることに気付いて、それもちょっと気分がよかった。 「ただいまー」  両手に荷物を持ってアパートへ戻る。  今度は降りてきて欲しい。と切実に思った。 「おかえりー」  廊下を駆けてくる足音がしてユウが階段を軽快に降りてきた。  ユウは寝巻きのスウェットから着替えていた。ジーパンにベージュ色のあのパーカーだった。思ったよりおかしくない。色白だからか妙に可愛いし、似合ってる。おばあちゃんの下着じゃなくて、バニラアイスの色だと思った。 「わっ……すごい荷物」  ユウはギョッとして、見るからに重い方の袋を受け取ってくれた。 「サンキュ」 「やっぱ一緒に行けば良かったね」  男二人で大量にビール買って、コンドームまで購入している場面を想像してみて? しかもこんな可愛い外見のユウ君だよ? きっとあの母親は警察に通報すると思うよ?

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