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キスとゴム 6

 怖いくらい、まっすぐな瞳。  嘘も本当もユウにはないのかもしれない。  その好きは最初に言った「好き」と違うの? 同じなの? そんなことを考える俺は女々しいのだろうか。夢を見すぎなのだろうか。  あの猫もそうだった。  家族の誰より俺に懐いていた。一番好きみたいに。いつも夜になると俺のあとをついてきて、ベッドに潜ると一緒に眠ってたのに。 「……どうやって抱けばいい? 教えてくれる?」 「教えるもなにもそんな変わらないけど……俺がしよっか?」 「え……」  ど、どゆこと?  顔面蒼白になってる俺に、ユウはまたゆっくり顔を寄せキスしてきた。二、三回唇を啄み、舌を入れてくる。 「んっ」  深い口付けをしながらユウは調理台から降り、スウェットの中に手を入れた。今度は直接握られ、腰がビクンと震えてしまう。  優しく握り動かす柔らかな手のひら。もう十分立ち上がってしまっている息子。ユウは手を返し握り方を変え、親指で押し上げるように扱いてくる。 「……っ」 「ヒロ君の、熱い」  嬉しそうに囁き舌を絡め、内頬を舐めたり上あごをくすぐる。口内がお互いの唾液で潤い、扱かれているモノも濡れた感触に包まれる。  ユウの親指はそこをくるくると回転し、零した液体を塗り込め更に湿らせていく。腕に添えられていた手が下がり、スウェットのゴムに指を掛けた。  ズボンを下ろされちゃう? 「……っ、待って。俺、無理っ……いきなりハードル高すぎるよ……」 「そうでもないよ?」 「そ、そうでもないって……」 どうやらユウはいきなり入れられる側だったらしい。 「大丈夫、痛くしないようにするから」  ユウが優しく微笑む。けど、すげー怖い。それに俺には掘られたい願望とかないよ? したことないから分かんないけど。俺はただ……。 「ユウは? どっちが好きなの?」 「俺はどっちでもいいよ」 「俺は、ユウを抱きたい……というか……ユウに俺を好きになって欲しい」 「ん? 好きだけど」  キョトン顔で首を傾げる。 「違う……その好きじゃない」  うまく説明できない。 「じゃぁ……どの?」  ユウにはちんぷんかんぷんみたい。  俺はゴムの箱を掴むと、ユウの手を握り寝室へ引っ張った。 「おわ!」  部屋は北側の窓からうっすら日が差し込んでいるけど、もう薄暗くて、すぐにとっぷり日が暮れてしまいそうだった。エアコンを入れ、ユウをベッドへ押しながら覆い被さり、もう一度言う。ユウに伝わるように。 「知り合ったばかりだけど、すごく惹かれてる。ユウのことしか頭にないよ」  ユウはビックリした表情でじっと俺を見上げ、それから観察するような視線になった。俺の言葉の真意を掴もうとしているのか。 「ユウにとっては優しい人はみんな好きなんだよね? 俺はみんなと同じ好きなんだろ?」 「ううん」  ユウの表情がコロッと変わった。  嬉しそうな顔。ユウの両手が俺の首へ絡みつく。 「今わかった。俺、ヒロ君が好き」 「……へ?」 「ヒロ君だから好き。好きだよ」 「な、なんで……急に分かったの?」 「いろんなヒロ君を見せてくれたから」 「いろんな……俺?」 「俺ね、意地悪するのも好きだけどグイグイに弱いんだよね。実はMだし」 「え、えむ……? だから、俺が好き?」 「ヒロ君、真面目さんだし、ずっと一緒にいてくれそうだもん。バッチリ俺のタイプど真ん中だよ」 「…………」  なんか違う。なんか……軽い。いや、俺の頭が固いだけで、こんなものなのか? 俺が重すぎるのだろうか? ど真ん中は嬉しいけど……。 「ユウは、じゃあ、どこにも行かない?」 「うん、行かないよ」  逃げてきたくせに?   そうだ。俺はそれも気になってた。  ユウは元彼に携帯を返した時、とても嬉しそうだった。よっぽど嫌な目に遭ったのか。辛い目に遭ったのか……清々したという表現がピッタリな雰囲気だった。  なにが嫌だったのだろう。俺はその元彼と同じ(てつ)を踏まないと言い切れるんだろうか? まずそこらへんを詳しく聞いたほうがいいのでは? ……ああ、己の性格が恨めしい。どうしてなにも考えず、勢いで飛び込めないんだろう。今そんなこと悩んだってどうしようもないのに! 後悔先に立たずだろ? 石橋を叩いてる場合じゃないよね?  なのに口から出たのは情けない質問だった。 「前、同棲していた時は? どうして家出したの?」 「それは……」  ユウが口を開いた時、また携帯が鳴り出した。  楠木だ。早くない? いや、ユウとの時間があっという間に過ぎているのだろうか。夢中でキスしていたから時間なんて気にしてなかった。これじゃ竜宮城の浦島太郎だ。  現実へ帰る音を無視してユウの話を聞きたい。今、すごく大事なところなんだ!  でも、ユウは楠木の案件の方が優先事項だと判断したみたいだった。 「……携帯鳴ってるよ?」 「う、うん」  仕方なくユウの上から退き、携帯を耳に当てた。 「もしもし」 『おれぇ~。やっと駅だよ。もうこんな時間だしぃ。はぁぁぁぁ。でも思ったより早かったからよかったぁ』 「あはは……。大変だったな。お疲れ。で、何時の電車に乗れそう?」  ユウが起き上がり、俺の背中に覆いかぶさってきた。右肩に乗せた顔をチラッと見て、右手で頭をポンポンと撫でる。ユウは目を閉じて、回した腕をギュッと締め付けてきた。  ウッ……苦しい。 『うーんと、次が五時四十五分だから、駅に着くのが六時五分とか?』 「六時五分ね。駅で待ってるよ」 『うんうん。頼むわ~。はー。やっとビールが飲める~』 「はは。じゃ、またあとで」 『はいはーい』  通話を終え、ユウへ謝った。 「ごめんな?」 「仕方ないよね」  慰めるように頬にチュッとキスして、ユウは俺を解放した。  俺はユウに向き直り、ペタンと尻をつけ座るユウの頬を両手で挟んだ。 「ちゃんとユウと付き合いたい。付き合ってくれる? どこにも行かないと約束してくれる?」  ユウは頬を挟まれ、口をタコみたいに突き出し、俺をじっと見つめたまま大きく頷いた。頷いた途端、頬がもっと盛り上がって更にタコみたいに口が突き出る。  なんて可愛いんだろう。  俺は「ぷぷっ」と吹き出しながら、もっと両手でユウの頬を挟んだ。 「俺さ、恋愛に関しては超慎重派で……こんなふうに誰かを求めたことなかった」  ユウはタコなお口のまま、黙って俺の話を聞いている。 「きっと、ユウだからなんだと思う。ユウはそう思うと、モテモテなんだろうな。こんな俺みたいな鈍亀(どんがめ)まで夢中にさせちゃうんだから。でも、よそ見すんなよ?」  ムニュとした口のまま、コクコクと何度も頷く。その口にチュッとキスして、可愛らしい変顔にまた微笑んだ。 「へおくんもえ」  やっと発したユウの言葉に、二人で笑い合ってると携帯が鳴った。メールの着信音だ。俺はユウの頬を両手で擦り、もう一度キスして手を離し、楠木からのメールを確認した。 「あ、今電車に乗ったってさ」 「うん」  半裸のユウを引き寄せギュッと強く抱きしめた。  新年会なんてキャンセルしたい。まったく、なんてタイミングだろう。 「服着ようか? 一緒に迎えに行こう」 「待ってるよ。お鍋の準備とかしとく」 「うん……分かった」  パーカーに袖を通しながら、ユウはまた玄関までついてきた。 「じゃ、行ってくる」 「うん、いってらっしゃい」  楠木を連れて戻ったら、キスできないのか。  そう考えると、玄関から出づらくなった。でも早く迎えに行かないといけないし、ウダウダ悩む時間も無い。  仕方なくドアノブを掴むと、ユウの声がした。 「ヒロ君」 「ん?」  振り向くと目の前が暗くなりユウの唇が重なった。わずかに開いた唇に、軽く吸いつかれる。 「いってらっしゃいのチュウ」 「お、おう……ありがとう。行ってきます。すぐ戻るから」 「慌てなくていいよ」  ニコッと微笑むユウに元気をもらい、その勢いで車へ乗り込み出発した。

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