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楠木への言い訳

 駅まで車を走らせながら、楠木へどう説明しようかと考える。    ふたりで迎えに行かなくてよかったかもしれない。楠木と二人の方が話はしやすい。世間体は大事だけど、楠木は本当にいい奴だし、やつならビックリはしても、変な目で俺達を見ないと思う。  ……でも、やっぱり別の言い訳をしておいた方がいいのだろうか。  別の言い訳をしておいて、薄々感づいた楠木が「もしかして、……じゃないの?」と言ってきた時に「バレたか~」とか? うんうん。そっちの方が楠木もショックを受けないかもしれない。それとも、日本人が得意とする「見ないフリ、気づかないフリ」で今までどおりの付き合いを続けることを楠木の方が望むかもしれない。それならそれで、相手に合わせるのも大事だし。 「うーん……」  どうしようか? とりあえず今日は「事情があってしばらく同居しているユウ君。俺の高校時代の後輩」とでも紹介しておくか……。 「はぁ……ユウには強気になれても、ヘタレは健在ってか……」  ロータリーに車を横付けして、ドアに頬杖を突き駅の正面改札口を見ていた。流石に元旦。駅へ入っていく人間もまばらだ。  六時五分。電車がホームへ入ってきた。改札口からチラホラ出てくる人影。この中に楠木もいる。ああ、キタキタ。  大きな旅行鞄をガラガラと押しながら歩くシルエット。あの鞄に、服や土産じゃなくて、肉や野菜が入ってるなんて誰も思わないだろう。  車から降り、ハッチバックを開けて振り返ると、楠木がパァと笑顔になった。 「あー火神! 明けましておめでとお~」 「あけおめ~! お疲れだったな。長旅ご苦労さん!」  楠木は人の良さそうな笑顔で嬉しそうに抱きついてきた。俺も背中をバシバシ叩く。 「ホントだよ~。遅くなってごめん!」 「いい。いい。お前が悪いワケじゃねーし。鞄、向きとかある?」 「大丈夫。ちゃんと肉はジップロックに入れて、もうワンサイズ大きめのジップロックに入れてあるから」 「おお~。二重構造」 「うんうん」 「じゃ、寒いから乗って、乗って」 「はーい」  ロータリーから出て信号待ちをしている時に、考えていたセリフを言った。 「実は年末から、二人で暮らしてるんだ。同居人ができてさ」  楠木は「あ!」と、目を丸くした。 「まさか元サヤ? あの些細なことでお別れしちゃった彼女?」 「え? いや……全然違う。男だよ。高校の時の後輩なんだ」 「へ~。そうなんだぁ。え? 俺、いきなり押しかけて良かったの?」 「あ、うんうん。そいつも料理できないからさ、鍋が食べられるって喜んでるよ」  すんなり嘘つく自分に呆れながら、楠木が「ほうほう」と頷くのにホッとした。  ごめん。楠木! しばらくしたら本当のことが言えるかもしれない。分かんないけど。 「ちょっと色々込み入った事情があるから、同居していることに関しては……その……」 「ああ。うんうん。分かった。詮索されるのは嫌だよな。重い話は新年会がしんみりしちゃいそうだし。相手も気ぃ使うもんね」 「うん。わりぃな」 「全然。で、その同居人君はなんて名前なの? 俺はなんて呼べばいい?」 「ユウ君って呼んでやってよ」 「オッケー。ユウ君ね」  アパートへ到着し、荷物を下ろす。  ちょっとドキドキしながらドアを開け、階段を仰いだ。 「ただいまー」 「はーい」    パタパタ駆けてくる音はしない。  ゆっくり階段を降りてきたユウは、楠木を見ると愛想のいい表情でペコッとお辞儀した。 「おかえりー。あ。はじめまして」 「楠木、高校の後輩のユウ君ね。ユウ、こちらが俺の同僚の楠木君」  楠木はポカンと口を開けてユウを見ていたけど、俺の声に我に返ったみたいに目をパチクリさせて頭をペコペコ下げた。 「えっと、楠木です。いつも火神さんには、ほんと、お世話になりっぱなしです~。突然押しかけてすみません」 「いえ、こちらこそ。先輩にはお世話なりっぱなしで……新年会までお邪魔しちゃって。練馬優太です。よろしくお願いします」  ユウはまたペコッと頭を下げ、道を開けた。 「鍋とか適当に用意したんですけど……あ、荷物お手伝いします」  キチンと丁寧に話すユウに、俺までポカンだ。  人格が変わったみたい。 「楠木、鞄ここで開けて中身だけ上に持ってこ」 「あー。そだね! 着替えは取りにくればいいから。開けよ、開けよ」  カバンを開けると、野菜の入ったスーパーの袋が三つ四つ入ってる。 「ユウ、これ持ってて」  白菜やら人参やら椎茸やらがうっすら透けて見える袋を手渡す。 「もう、切ってあるから。ボールかお皿に入れといてくれると助かる~」 「はい」  袋を抱えて二階へ上がって行くユウを見送っていると、楠木が言った。 「ビックリした。一瞬女の子かと思ったよ」 「え? なんで。男って言っただろ?」 「男って聞こえたけど、女の子だったのって。声もちょっと高めだし。でも喉仏らしき物があったから、やっぱ男の子だーって……」 「男の子って、二つしか違わないし」 「えっ! マジ? もっと若いかと思った。十代に見えるよ」  だよな。俺も最初は思ったもん。 「もう、いいから。あんま騒ぐなって! 肉はこれ?」 「あ、うんうん。地鶏だよ。弾力あって味濃くて美味しいから。今朝絞めてもらったばかりだから新鮮だよ」 「おおー! 美味そう!」 「味ぽんは?」 「買った。買った」 「シメは雑炊とうどんどっちがいい?」 「両方!」 「んじゃ、両方やろう。持ってきたから」 「おおーさすが楠木君。いい奥さんになるねぇ~」 「おかしいから。それ~」 「あはは」

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