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楠木への言い訳 2

 肉の入ったスーパーの袋と、白米とうどん、その他の食材の入った袋を持って二階へ上がる。上で待ち構えていたユウへ袋を渡した。野菜の入ったボールは鍋の横に置いてあった。  リビングを見たら、コタツの上に箸と取り皿、コンロもセットしてあった。 並んで置いてあった座椅子も、向かい合わせへ移動。座椅子は二つしかないから、テレビの正面に面したスペースにはクッションが並べてあった。  これならみんなで鍋をつつきながらテレビを見られる。  肉を皿に出しているユウへお礼を言った。 「リビング、ありがとうな」 「うん。適当に移動させちゃったけど。大丈夫かな?」 「いいよ。いいよ。完璧じゃん」  楠木は鍋に水を張り、持ってきたダシ用の昆布を入れて他の具材を皿に並べながら言った。 「ユウ君ありがとう。あとは俺がやるから! つっても鍋に全部入れるだけなんだけど。だから、もう座ってていいよ~」 「手伝えることがあったらなんでも言ってください」  普段はカップ麺のお湯も入れないのに……どの口が言うんだ。あの可愛いおちょぼ口が言ってるのか? と思わずユウをガン見してしまった。  ユウが俺の視線に気づいたのかこっちを見てニッコリする。  わざとらしい微笑みだ。 「先輩、ビール飲みます?」 「あ、そうだそうだ! もう飲んでもいいんだ! ユウ、ツマミ出してみんなで飲も!」 「はい」  蒟蒻を湯通しして、まな板の上で切ってる楠木に、ユウは愛想よく話しかけながら皿につまみを並べる。 「楠木さん、どっちがいいですか?」  ユウは両手にポッキーを持ち、楠木に選ばせる。 「あ、フツーので」 「はーい」  両手が塞がってる楠木の口に一本押し込む。  おいおいおい。  ハラハラしたけど、楠木も楽しそうに笑ってる。  まぁいいか。  チーズ鱈、カシューナッツ、ポッキー、さきいか……つまみを盛った皿を片手に持ってるユウは球場でビール販売をする売り子みたいだ。  俺は冷蔵庫からビールを三缶出して、楠木に渡した。プルタブを引いてユウにも渡す。 「じゃーまだ、鍋できてないけど乾杯しようか」 「あはは~。キッチンで乾杯かよ~」 「いいーんだよ。こっからスタートで。かんぱ~い」 「かんぱーい」  ビールを飲みながら、ユウは楠木の作業を熱心に見学していた。 「毎日料理してるんですか?」 「あー。うんうん。一人暮らしだから、自然とねー」 「すごい。俺たちからっきしだもんね」  ユウが苦い顔で同意を求めてくる。 「一人分て、かえって面倒じゃないです?」 「あー。そだねぇ。最初は勝手が分かんなくて、材料余らせちゃって面倒だなって思ったけどね。やってるうちに作れるようになったねぇ~。人間やればできるんだなぁって思ったよ~。あははは」 「へー、でもいいですよね。料理作れるのってカッコいいし。彼女さんにも作ってあげるんですか?」  社交辞令まで言うのか。というか……上手にコミュニケーションするユウに感心する。 「あはは。作ってあげる彼女がいればいいんだけど、いないんだよねぇ。むしろ、彼女いたら、料理上手にはならなかったかも~」 「あは、確かに。でも、料理男子って絶対モテますよ。テレビで言ってました」 「だろ? 俺もそう言ってるのに、楠木は奥手なんだよな? 合コンでアドレス交換してるのは見るんだけど……なんの進展もないっつーね?」 「あー! 人のプライベートを暴くなよ~」  ユウは俺達のやり取りに、ビールを飲みながらクスクス笑ってる。 「きっと本気出したらイチコロですね」 「も~。恥ずかしいから~。俺のことはいいんだよお~」  鍋の中に野菜を敷き詰め鶏肉を投入、更にその上に火の通りやすい野菜をてんこ盛りに乗せて蓋をする。 「沸騰したらそっちのコンロに持って行くから、もう二人とも座ってていいよー」 「はーい。ユウ、座ろうか」 「はい」  つまみの皿とビールを手に、ユウが楠木へ「お先に」とお辞儀して二人でコタツへ移動する。 「俺、どこ座ろう。テレビの正面いい? 座椅子は二人に座ってもらって」 「うん」  ユウは自分の座椅子に座った。俺から見て右側。  コタツ布団に突いたユウの手をギュッと握る。ユウは微笑み、ギュッと手を握り返してきた。 「よーし。いい感じに沸騰してきた。そっち持っていくよ~」  スッと離れる手。 「ひとりで大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。いつも鍋は楠木の仕事だから」  カセットコンロに楠木が慎重に鍋を置く。 「おまたせ~。火を点けて~」 「おう」  火を点けるとすぐに鍋の蓋の穴から勢いよく湯気が噴き出してきた。 「もう食べれるから、火、弱火でいいよ」 「あいよ」  楠木が鍋の蓋を取ると、大量の湯気が天井へと昇っていく。グツグツ音を立てる鍋。春菊が一番上でクタッとなっている。 「うお! 美味そう!」 「春菊、先に食べて。歯ごたえなくなると美味しくないから」  ユウがポン酢を取り皿に注いで各々の前に置いていく。  なにも指示する必要がない。気が利く。まったく外面がいいというかなんというか……。  半分呆れながら、ユウを身内だと感じてる己に顔がにやけた。 「うわー。お肉美味しい! こんな美味しい鶏肉食べたことないです」  ユウの言葉に楠木の顔が輝く。 「わかる? 育て方が違うの! 山に放して太陽の日を浴びてミミズとか、自然に生えてる葉っぱを食べて、健康的に大きくなったから病気もないしね。餌に抗生物質を混ぜる必要もないんだよ」 「へぇ~」 「楠木、田舎帰って養鶏所継いだ方がいいって! めちゃくちゃ鶏のこと愛してんじゃん」  ユウが目を丸くした。 「え! 楠木さん家で飼ってんですか?」 「う、うん。あんまり実家に長居してると帰って来いってうるさく言われるから……だから、早めに逃げてきたんだよ」 「じゃ、実家に帰ればいつもご馳走が食べれるんですね。いいなぁ~」 「あは。まぁねぇ。確かに東京みたいに食費はかからないし、美味しいかもしれないね~」 「だからいつも言ってんじゃん。ご両親が元気なうちに帰ってやったら?」  楠木が拗ねたように言った。 「お前なー! 俺がいなくても寂しくないの? 帰れ帰れって!」 「あはは! いや、寂しいけどさ、お前が養鶏所継いでくれたら、鶏肉買わなくて済むじゃん?」 「ひどっ! ユウ君どう思う?」 「ふふ。でも、このお肉は本当に美味しいです」  テレビでは丁度、特番のお笑い番組がやっていた。ネタに笑いながら鍋をつつき、何度もビールで乾杯する。  楠木はピッチがやたら早かった。  いつも三本も飲めばペースがダウンしてくるのに。 「あれ~。もう無くなっちゃった~。ビールもらいまーす」 「今日はすげーな。そんな飲んで大丈夫?」 「らいじょーぶ。らいじょーぶ」  楠木が四本目に口をつけながら、「遠慮しないで食べて」とユウの取り皿に肉や野菜をいれていく。  鍋は思ったより楽しかった。  ユウは常識的で社交的で、楠木との会話を心から楽しんでいるように見えた。

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