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葛藤する男
アパートに到着。急いで鍵を開けて靴をバタバタと脱ぎ、二階へと駆け上がった。
「はぁ。はぁ」
二階は静まり返っていた。自分が吐き出す呼吸音だけがいやに響く。
電気も点いていない。リビングのカーテンも閉めっぱなし。ひんやりと冷えきったままの空気が、部屋を無人のように感じさせる。隣の寝室を見ればドアが開いていて、そちらからは明かりが差し込んでいた。なんとなく不安が込み上げてきて、そっと寝室を覗いてみる。
北側のカーテンの隙間から明かりが入り、ベッド上の布団はめくれ無造作に乱れているだけだった。誰もいない。
ユウ……どこ行った? 居ないの? ……出て行ったの……?
静寂の中、抱えていた不安の渦が体内で大きくなって行く。
俺は落ち着けと自分に言い聞かせた。
玄関の鍵は……うん、掛かってた。なら、ユウは家の中にいるハズだ。
目を閉じ、深く息を吸いゆっくり吐いた。
「あ、おかえりー」
背後からの声に振り返る。眠そうな顔の、ピコピコ跳ねた寝癖頭がそこにいた。
ホッとして、体重を掛けるように抱きつく。
「重い……」
「どこにいたんだよ~」
「どこって、トイレだよ?」
「音しなかったぞ? トイレで隠れてたんだろ?」
「なんで?」
「だって、すげー静かだったもん」
「なんで俺が隠れるの? って、聞いた」
「……むー」
俺はユウをギュウウッと抱きしめた。
「帰ってくるのが……遅かったから」
黙っていなくなって、ひとりぼっちにさせたのは俺の方だよね?
ユウは受け入れるように、俺の体に腕を巻きつけてくれた。
「さっき起きたところだから、トイレの中でちょっとボーッとしてただけ。心配かけちゃったね。ごめんね?」
「…………」
ユウの肩に額を擦りつけるように首を振ると、ユウは更にギュッと俺を抱きしめてきた。
「ユウ……」
「うん」
「俺さ……」
「ねぇ、ヒロ君。歯磨きしてきていい?」
「へ? あ、うん」
そっか、起きたばっかって言ってたね。
「じゃ、コーヒー淹れるよ」
「シャワーしてくる。一緒にいく?」
「え……」
「うそうそ。待っててね」
ギョッとした俺の頭をナデナデして、にっこり微笑む。
「お、おう」
ユウは俺の横を通り抜け、寝室へ着替えを取りに行ってしまった。
寝る前も風呂に入ったのに。またシャワー……?
何故かと考えて「ハッ」となって、思わず自分の脇の下の匂いを嗅いだ。よく分からなくてシャツの襟元を引っ張りクンクンと匂いを嗅ぐ。
コタツで寝て着替えただけだし。汗臭いよな……。ユウの「一緒に入る?」は遠まわしな「ヒロ君臭うよ」ってことだったりして……。ユウが出たら、俺もシャワーしよ……。
エアコンの温度は二十五度とちょっと高めに設定しておいた。ユウが浴室から出た音を聞いて、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
タオルで頭を拭きながらユウが現れた。替えのスウェットにTシャツ姿。拭いていたタオルを雑に首へ引っ掛ける。
「ヒロ君」
「ん?」
俺の名を呼び、笑顔で大きく手を広げたユウを、俺も両手を広げ抱きしめた。
「お待たせ」
「ううん」
ニッコリして顔を傾けていくユウ。俺も唇を寄せた。そっと伏せる目がすごくそそられた。
全部分かってやってる? ユウの手のひらの上でコロコロ転がされている気がするよ。
ちゅっ、ちゅっと角度を変えて唇を啄む。ユウの舌がそっと伸びて俺の唇をチロリと舐めた。その舌を追うようにユウの口内へ舌を滑り込ませる。ユウの狭い口内を舌で擦って、チュルッと唾液を啜る。舌に舌を絡め、強く吸うとユウの手が俺の髪をまさぐってきた。
「……ユウ……」
キスの合間に名前を呼ぶ。「ん?」と、ユウも小さく返事をしながらキスを続ける。
「シャワーしてくる。すぐ出るから……ベッドで待ってて」
「うん。いいよ」
ユウは最後にチュッとキスして体を離した。
速攻シャワーで汗を流し身体を洗う。腰にタオルを巻いて出ると寝室のドアを見た。ドアは開け放したまま。俺は意を決して中に入ると、ベッドに座るユウを無言で押し倒した。
「ヒロ君、野生的ぃ」
からかうユウ。俺は無言でTシャツをたくし上げ、バンザイしたユウの腕と頭から抜いて床へ落とした。それからスウェットのズボンに手を掛けて、恐る恐る下も脱がしていく。
「……やべ……」
一糸まとわぬ姿のユウは半裸の時より、もっとエロかった。
「なにが?」
うしろに手を突いて体を起こし見上げるユウに、鼻血が吹き出しそうな程、後頭部に衝撃が走った。
なんて……エッチな身体。なんで毛が生えてないの?
ユウが男であることは間違いないのに、なんで俺はドギマギしちゃってるの。もう少し、冷静でいられると思ったのに。
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