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待ちわびた週末

 一月九日。  ユウが俺のアパートに住むようになってから二週間が経った。  五日に仕事初めで出勤して、四日間しか働いてないけど……長かった。未だかつて、週末がこれほど待ち遠しいと感じたことがあっただろうか。いや、なかったと思う。  やっと金曜日だ。  街灯が照らす歩道をサクサクと歩く。寒いけど気分は軽やかだった。コートのポケットに両手を突っ込み、左側にある公園を見る。  相変わらず殺風景な公園。  でも、ベンチを見るたびに微笑む自分がいる。  たった二週間しか経ってないけど、ユウはもう……なんというか……。  アパートに到着して鍵を取り出しながらインターホンを押した。鍵を開けて、ドアノブを掴む。 「ただいま~……」  階段を見上げ、声を掛けながらドアを施錠。ドアチェーンを掛ける。靴を脱いでネクタイを緩めながら、もう一度階段を見上げた。  階段の一番上。ユウは手すりに寄りかかり、ニコニコと手のひらを見せながら左右に緩く振っていた。俺も微笑みながらゆっくりと階段を登る。ユウの一段下までたどり着くと「おかえり」と嬉しそうにユウが言った。 「ただいま」  ユウの腰に手を回しグイグイと押す。  階段でイチャイチャしたら危ないからね。  壁までユウを追い詰めると、額にチュッとキスして言った。 「手洗いとうがいしてくるから待ってね」 「ん」  軽い返事。「うん」の二文字すら略してしまうめんどくさがり屋さん。そんな所も面白い。  手洗いとうがいを済ませ、寝室のクローゼットでスウェット上下に着替える。リビングに入ると、ユウはコタツにもぐり、テレビを観ていた。コタツの上には広げたチラシの上にポテチの袋。  通常サイズより小さな小袋タイプのポテチはユウの非常食だ。  仕事始めの前、昼間俺がいない間のユウの食料を買うためにスーパーへ行った。そこのお菓子コーナーでポッキー数種類をカゴにポイポイといれたユウがポテチの棚の前で「うーん」と小首を傾げ、なにやら考え事をしていた。「なにを悩んでるの?」と話しかけると、どうやらサイズが大きいとのこと。通常サイズを開けても食べきれる自信がないらしい。でも、小腹が空いたときには食べたくなるとのこと。残念そうなユウ。  だから家に帰ってからネットで購入することにした。  ユウは嬉しそうに「大人買い、大人買い」と声を弾ませ、子供、景品、お祭りお菓子と書かれた小袋五パック入りのポテチを十個買った。  ポテチを指でつまみパリッと齧ると、どうしてもコタツの上にカスが零れてしまう。俺は自分でも細かいなと思いつつ、「あとで掃除機かけるの面倒だから、チラシ敷いて食べたら?」とアドバイスした。  ユウに「細かい男だなぁ」と思われるかな? と心配したけど、ユウは全然気にしてない様子で「はーい」と返事をして立ち上がり、チラシを一枚持ってきてコタツの上に敷き、何事もなかったように、またテレビを観ながらポテチを食べ始めた。  それからずっと、ユウは言いつけを守ってる。  それだけのことが妙に嬉しい。  俺はユウの隣に座ってコタツに潜り込んだ。 「ごめんな。遅くなっちゃって。腹減ったよな」 「ん? これあるから」  ポテチを口に運ぶ。パリパリといい音。 「うん。もうお腹いっぱい?」  モグモグと口を動かしながら、フルフルと首を横に振る。  上品な唇の端っこにポテチの欠片がついている。それを指で摘み、ユウの口に運びながら言った。 「そっか。じゃ、飯行こう。駅前の中華料理の店。先週行った。あそこどう?」  待ちに待った週末だし、久しぶりに外食したい。  昨日までは駅前のホカ弁を利用したり、スーパーの惣菜コーナーで掻き揚げを買って、冷凍うどんを解凍しうどんを作ったりしていた。  自炊が苦手な俺にしては頑張ったほうだ。  それもこれもユウがいるから。  ひとりだったら、ツマミと酒で十分な俺だけど、昼間ポテチで済んでしまうユウにまともな飯を食べさせないといけない。 「ん。いいよー」  年末に「寒いから外に出たくない」と言ってたし、もっと抵抗するかと思ったけど、ユウはポテチを片付けて上着を羽織り、いつものニット帽をグイグイ装着した。  出会った頃はただの自由人で、いろんな意味でゆるい印象があったユウだけど、一緒に過ごす内にわかってきたこと。  ユウは素直だし、意外にちゃんとしてる。とてもいい子だ。  週末で賑わう店内。  少し遅めの時間帯だったからか、壁側だけどすんなりと四人掛けのテーブル席に案内され、二人でメニューを覗き合った。 「美味しそうだね。明日はお休みだし。お酒も飲んじゃおっか?」  ニット帽を脱ぎ隣の椅子へ置きながら、嬉しそうに話すユウに、俺は「うんうん」と頷いた。 「好きなの飲んでいいよ。腹減った! 回鍋肉(ホイコーロー)めっちゃ美味そう! 天津飯も頼んじゃおうかなぁ~。ユウは?」 「麻婆豆腐食べたい」 「いいねぇ。酒は?」 「ビールかな。唐揚げ一緒に食べよ?」 「うんうん」  今日は機嫌がいいのか、よっぽど腹が減っているのか、いつになく食事に対する姿勢が積極的だ。  ユウは俺とは違い食事にあまり関心がない。それこそ小袋ポテチでも「食事」になってしまう。だから外で食事をしても、オーダーに熱を感じない。いつも最後は「じゃあこれでいいや」だ。  ビールとつまみの豆モヤシが運ばれてきた。「お疲れさま~」と乾杯。すぐに他の料理も運ばれてくる。アツアツの唐揚げを頬張りながら「今日はなにをしていたの?」と質問をした時だった。  顔を上げたユウが目を見開いた。サッと顔が青ざめる。  ユウの視線は俺を見ていなかった。俺の背後に向けられている。  振り向いた先に見たのは黒いコートを羽織ったままの男の姿。背が高くて痩せた、三十代前半くらいの男がキョロキョロと見回しながら、店内を歩いている。そいつはテーブルの片付けをしている店員に近づき声をかけた。  コートの前が開き高そうなスーツが見えた。  眼鏡越しに見える目つきは、かなり鋭い。まるで刑事のようだ。

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