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逃げた子猫 2
「…………」
いつもの席がポッカリ空いている。
可愛らしく口角を上げ、上品に微笑むユウが脳内に蘇る。
もう本当に会えないの?
温まってきたコタツから足を出しスイッチを消す。
自分のニット帽を被り、マフラーも巻いて、ユウのニット帽をポケットへしまい階段を駆け下りた。
車をゆっくり走らせる。
ユウがどこにいるかなんて検討もつかない。アパートから駅周辺を闇雲にグルグルと走った。駅前の大きな道も、駅裏通りも走る。
でもどこにもユウの姿は無かった。
俺があの日、ユウを見つけたように、もう他の誰かに保護されているのかもしれない。今頃ヌクヌクと暖かい部屋で、見知らぬ誰かにニコニコしているかも。
それとも、元彼のところへ戻ったのかもしれない……。
『いずれ返してもらうよ』
自信満々な話しぶりだった。
俺は結局探すのを諦め、アパートへ帰ることにした。
走り去った時点で諦めるべきだった。ガッカリするって分かっていたのに。
体から力が抜ける。気力もゼロだ。アクセルを踏むのさえ億劫に感じる。ノロノロ運転でアパートのある住宅街へと戻れば、道路の左側に公園が見えてきた。
ユウを見つけた公園だ。
あの時のことを思い出して泣きたくなった。
だんだん歪んでいく視界で、公園を眺めながら通り過ぎる。
……え?
マバタキした途端、涙がポロポロと落ちた。視界がクリアになる。車を慌てて停めた。
ベンチに人影。この寒空に、北風もビュービュー吹いているのに、新聞紙を身体に巻き付けようとしているのは……。
「ユウ」
車から降り、公園の入口から名前をそっと呼んだ。大きな声を出したら逃げてしまいそうな気がしたから。
声に気づいたユウがこちらを向いた。俺を視界に捉えると、ぎこちない動きで俯いていく。俺は両手を広げ、もう一度呼びかけた。
「ユウ。おいで?」
猫みたいに俯いたまま、視線だけ上げてジーッと俺を見てる。
「寒いから、……家に帰ろ?」
ユウは体に巻きつけていた新聞を取り、たたみ始めた。元のサイズに戻った新聞を片手にトボトボと目の前まで歩いてくる。俺はユウをギュッと抱きしめた。
よかった!
体は冷え切っていて、鼻の頭は真っ赤だ。
「帰ろう」
「戻っていいの?」
「当たり前だろ?」
「……うん」
重い足取りのユウを支えながら車に戻った。ユウがのそのそと助手席へ乗り込む。今度こそ逃げてしまわないよう、助手席のシートベルトを引っ張り、ユウに装着して素早くドアを閉めて閉じ込めた。運転席に回り込み車に乗る。
エアコンの設定温度を上げると、風気口が大きな音を立てた。
やるべきことを終えてやっと落ち着けた。
「どうして戻って来なかったの?」
「迷惑かけるかなぁ……と」
俯きぼそぼそと話すユウになるべく優しい声で話しかけた。
「どんな迷惑?」
「あいつに見つかったし、部屋にも来るかもしれない」
「元彼って暴力団とか怖い人なの? そんな風には見えなかった……顔は怖かったけど」
顔を上げたユウはキョトンとした顔で俺を見て小さく噴き出した。
「違うよ。そんな怖い人と付き合わないよ」
「じゃあ、なにが迷惑なの? ユウが本当は戻りたいと思ってる?」
「あいつのところへってこと?」
「うん。だから俺のところへ戻れなかったのかなって……思ったから。俺はユウがアパートの玄関の前で待っていてくれると思ってたから」
「それはないよ」
そう言ってユウは窓の外へ目を向けてしまった。
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