42 / 51

バイト探し

 翌日、朝食ビュッフェで腹を満たすと、ユウの希望通り本屋へと向かった。 「一緒に行っていいの? それかひとりで行ってくる?」  ユウはキョトンとしたあと、おかしそうな表情で言った。 「変なこと言うんだね。そんなことより、一万円借りていい?」 「お、おう」  俺は財布から札を取り出すとユウへ渡した。 「ありがと。ヒロ君は見たい本とかないの? 車で待っとく?」 「じゃあ、俺二階にいる。本買ったら二階来てよ」 「うん。わかった。じゃあ、あとでね」  一階の本屋に入ったユウを見送り、二階への階段を登る。『NEW』と手書きのポップがあるコーナーへ行くと、視聴するアルバムを選んでヘッドフォンを耳へ当てた。  気にしないでおこうと思ってもどうしても気になってしまう。  お気に入りのアーティストの楽曲を聞きながら、階段をずっと見ていた。ユウは案外早くに上がってきた。茶色の紙袋を小脇に抱えている。キョロキョロしていたユウは、俺を見つけると走らなくてもいいのに、駆け寄ってきた。 「ただいま」 「おかえり」  ニコニコと嬉しそうな顔。  きっと俺も同じような表情をしているだろう。 「もう済んだの?」 「うん」 「そういえばユウはどんな音楽が好き?」  俺は自分の耳に当てていたヘッドフォンを外し、ユウの耳へと当てた。 「こういうのどう?」  ユウはしばらく耳を傾け、キョロッと俺を見上げた。 「うん、好きだよ」 「じゃ、これにしよ~」  ヘッドフォンを外しアルバムを購入した。  車に戻ってユウへ尋ねた。 「どこか寄りたいところある?」 「ううん。特にないよ」 「じゃ、家に帰ろうか?」 「はーい」  素直に返事をするユウ。  昨日いなくなったのが嘘みたいだ。  ユウは家に戻るなり、さっそくコタツに潜り袋を開けた。取り出した雑誌をペラペラめくっている。俺はそれを見ながら同じようにコタツへ足を入れた。買ってきたCDよりそちらが気になる。 「ね、ユウ」 「なに?」  雑誌に目を向けたまま愛想よく返事する。リラックスしているのが伝わってきて俺も穏やかな声で尋ねた。 「それ。なんの雑誌を買ったの?」  ユウは雑誌の表紙をめくり俺に向けニコニコと嬉しそうに言った。 「バイトマガジン」 「……バイト?」  思わず目を丸くしてしまった。  声も若干上ずった。  ユウが仕事をしていないことに、違和感を感じていたはずなのに。いつの間にか家にずっといるのを当たり前に受け入れていた自分に気づく。 「うんうん! お正月も明けたしさ。そろそろ仕事見つけなきゃって思って。でも、俺文無しでしょ? だからヒロ君に投資してもらったの。初お給料期待しててね!」 「そうなんだ。ユウはなにが好きなの?」 「なにって?」  俺の質問にキョトンとする。  唐突だったかな? 「ん~。例えば、子供が好き。とか、動物が好き。とか……花が好き? 食べるのが好き……は、ないか……」  ユウは「ん~」としばらく宙を見上げ考えていたけど、答えが出なかったのか、諦めたような表情になった。視線を雑誌に向ける。それを眺めながらポツリとつぶやいた。 「ヒロ君。かなぁ~」 「え? いや、それは……俺もだけど……って! そうじゃなくて!」  あんまり押し付けるようなことは言わない方がいいのかな? と思いつつ、言葉を続けた。 「なんでも仕事って大変だしね。興味ある仕事を片っ端から体験するのもいいかもしれないね」 「うん~」  唸るユウ。  ユウが家に来たばかり頃の会話を思い出した。  家にいたけど、だからと言って家事を任されていたワケでもなさそうだし……。あ、なんか得意って言ってなかったっけ? 「……ユウってさ、得意なことあったよね?」  へ? という表情でユウが首を傾げる。 「ん~、とくに……」 「なかったっけ? なんか早いとか、得意とか聞いた記憶があるんだけど」  ユウがパッと顔を上げた。 「あ~、番組のテロップね」 「テロップを、どうするんだっけ?」 「テロップをじゃなくて、バラエティ番組で話す会話をパソコンに打ち込むの」 「うんうん! それだ! ユウ、それすごい技だよ。知ってた?」  ポカンとしたユウが首を左右に振る。  俺はコタツから出ると最近めっきり使用頻度が減ったノートパソコンを棚から持ってきてコタツに置いた。コンセントにACアダプターを挿して、電源を入れる。 「ユウはキーボードの指の置き方とか誰からか習ったの?」 「うーん。中学の時に学校でやったようなやらなかったような。もう忘れちゃったよ」 「ふんふん。ちょっと両手乗せてよ」  パソコンが立ち上がったのを確認して、エクセルを開き、ユウの前へパソコンを移動させた。 「はい」  無造作に置かれる手の位置。  完全に自己流だ。でも、キーを打つのが正確で早ければ問題無い。 「テレビ画面を見ながら打ち込んでたの? それとも耳で聞きながらキーを見て打ってた?」 「テレビだねぇ。誰と会話してるかで、次にくる言葉をある程度予測するの。ほら、会話だし、特にバラエティとかはパターンみたいなのあるでしょ? 面白い話に持って行くための。司会者のパターン。相方のパターンを思い浮かべながらやるの」  ユウは頭の回転も早い。きっと仕事を覚えるのも早いだろう。それで自己流とはいえブラインドタッチができるのならバイト探しは楽勝だ。

ともだちにシェアしよう!