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対決 2
「ユウは戻るつもりがないみたいですよ? 戻る、戻らないはユウの自由でしょ?」
「自由ですが、今は自分を見失っているだけです」
「見失っているかどうかは、あなたが決めることではないでしょ? ユウが気づくべきだ。本当に見失っているならね?」
「だからといって、放っておくことはできない。さっきも言ったように優太は大事な家族なんです」
男はやけに冷静に、しかし強い口調で家族 を強調した。
「家族とさっきから言っていますが、あなたはユウのお兄さんですか? それとも親戚かなにか?」
「それに近いもの、……いや、それ以上ですよ。いずれにせよあなたには関係のないことだ」
俺の問いに男は真剣な眼差しを向け言った。その声には皮肉は感じられなかった。だからといって「はい。そうですか」とは引けない。
「僕とユウは一緒に暮らしています。お互いが望んで。関係が無いのは……申し訳ないが、あなたの方です。過去になにがあったのか僕は知りません。でも、今、ユウは新しい道を歩いています。歩こうと前を向いています。あなたの手元にある、ユウの身分証明証をユウに返していただけませんか?」
男を傷つけたいわけではない。
しかし現実を知ってくれないと。
「たいそうなことを言われる。たまたま迷子の子猫を保護しているだけのことでしょう? あなた自身があの時言った言葉だ。それに、 優太にしてもそうだ。前を向くなんて……」
俺の真剣さは通じなかったみたいだ。
男は呆れたように鼻で笑い言葉を続けた。
「あなたはご自分でもおっしゃっているように、優太のことをなにひとつ分かっちゃいない。それは過去だけでなく、彼自身のこともだ。今、優太がやっているのは遊びですよ。真新しい環境での生活。いうなればサバイバルゲームってところでしょう。いや、シミュレーションゲーム……かな?」
男の言葉は自信に溢れていた。でも口八丁なら俺も負けない。伊達に営業でトップの成績を維持しているワケじゃない。
「そうですね。ユウの過去は知りません。でもユウがもしシミュレーションをしていると言うのなら、それは、あなたから飛び立つためのシミュレーションではないですか?」
男は唇を歪めるように笑った。
「だから、言ったでしょう。遊びだって」
「今は遊びかもしれない。でも、遊びではないかもしれない。大事なのは、ユウ自身が、どうするかを決めることだと僕は思っています。あなたがユウの保護者であろうと、全てを支配していいことにはならないんです」
ユウは未成年じゃない。
経験がなかろうと、選択する権利がある。
「支配なんてとんでもない。いつだってあいつを自由にしてきましたよ。それに……、大事なのは自由云々じゃない。優太はあなたに遠慮している」
「おかしなことを言いますね? 支配していない? では何故ユウは働いたことがないんですか?」
俺は一番の疑問を単刀直入に問い質した。
男は呆れたようにまた笑った。
「簡単なことだよ。優太がそれを望んでないからだ。言ったでしょ。あなたに遠慮していると」
「逆じゃないですか? あなたに遠慮して働きたいと言えなかったのでは? 二十五になる男性が働かないで平気でいられるかな? よっぽど怠け者か、心の病気か、引き篭りのニートならいざ知らず。健康な心の持ち主なら、働かない毎日なんて心がおかしくなってしまうと僕は思いますよ。だからユウは逃げ出したのではないですか? その環境が嫌で」
男はカップを持つと悠々とした態度でコーヒーを飲んだ。
俺の言葉はなにひとつ響いてないようだ。
「だからあなたはなにもわかってないと言っている。あいつはめんどくさがり屋だ。仕事なんてしないで済むなら諸手を上げてそうするでしょう。仕事仕事とおっしゃるけど、いったいなんの仕事に就くつもりでいるのか……」
心底呆れた表情で言う。
「ユウはブラインドタッチが得意でしたよ。キーボードを高速で打てる。しかも会話をしながら。頭の回転も早いし、言葉を操るのも上手だ。基本的に器用ですよね。なんでもこなせるようになるでしょう。しかもかなり優秀な人材になり得ると僕は感じました。生き生きしていましたよ。研修が始まればあなたの言う『遊び』に熱中して、もっと仕事を楽しいと感じるようになるでしょう」
俺も負けじとコーヒーを一口飲んで続けた。
「誰でもめんどうごとは嫌いです。でも仕事は面倒なだけじゃない。楽しみや、生きる張り合いを与えてくれます。誰かの役に立つ。誰かに感謝される。人間はそれが無ければ存在を自分で認められない生き物です。贅沢な暮らしをしていれば幸せじゃない。普通の暮らしでいいんですよ。ありがとうと感謝されるだけで、人は幸せになれるんです」
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