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第7話 香りが導くもの

 フカフカで、毛足の長い絨毯の上で目が覚めた。こーいっちゃあなんだけど、あらっぽく拉致られた割には、ずいぶんといい部屋に監禁されているらしい。  ただ、後ろ手に縛られているから、転がって辺りの様子を確認できないのが辛い。  見える範囲だけを見れば、豪華な家具の脚だけ見えた。いわゆる猫足家具が沢山見えた。コテージで生まれ育ったから、和美は違う意味で世間知らずだ。名家からの支援で至れり尽くせりの生活を送ってきたから、こんな空間に投げ込まれても、別段驚くようなことは無かった。 「本宅では無さそうだな」  そんなわけで口から出てきた言葉がこれである。  まず季節感がなかった。本宅であるならば、どんな些細な部屋であっても季節ごとに装飾品ぐらい変えるはずだ。特にカーテン。部屋の中で一番面積を占めるのだから、梅雨明けまじかと言われる今の時期、あんな厚手の紫色はない。もっとも、この部屋の主の趣味だと言うのなら、せめて布地の薄い物に変えられているだろう。それとも、そんな費用が捻出できなくなったという可能性もあるけれど。 「お目覚めかな?オメガちゃん」  首だけを動かしてなんとか様子を探っていたら、背後に誰かがいたらしい。特に圧を感じないから、おそらくベータだろう。 「暑苦しい部屋だね」  頑張って後ろにいるベータと思しき人物を見てみる。いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出す、派手な柄の開襟シャツを着ていた。普段見なれている荒城の部下たちは、シンプルだけど品の良いシャツを着ていた。だから、こんなにも分かりやすくて和美は違う意味で驚いた。  言いたいことを言ったあと、和美が口をポカンと開けているのをみて、ベータの男は怯えていると勝手に解釈した。 「オメガちゃん、自分の立場がわかったかい?」  そう言って、ベータの男は和美の顎を掴んで自分と目が合うようにしてきた。そんなことをされると、後ろ手に縛られた自分の腕に、自分の体重がかかって痛い。  時間の経過が分からないけれど、きちんと閉められていない趣味の悪い紫色のカーテンの向こうは暗かった。 「誰の関係なのかな?」  和美はとりあえず考えてみる。大学で拉致されたとすると、幸城の関係なのだろうか?父親が組長とか言っていたから、その息子である幸城に、コテージ育ちのオメガが、近づいたと誤解されたのだろうか?だとすると、和美は幸城に惚れていないので、さっさと誤解をときたいものだ。 「そんなこと、あなたが知る必要ないのよ」  唐突に居丈高な声がして、誰かが部屋にはいってきた。猫足家具のソファーに腰かけたのか、和美の近くまではやってこなかった。そのため、和美は下からのアングルで相手の顔がよく見えた。  どんなに美人でも、下から見ると下膨れに見えるものだ。和美は声の主をまじまじとみつめた。 「ほんとに、そんな見た目でオメガだなんて」  目線があったからなのか、和美の顔をじっくりと見てそんなことを言ってきた。 「お嬢、このオメガはどうするつもりなんで?」  ベータの男が、猫足の椅子に腰かける女性をお嬢と呼んだ。つまりは、このお嬢が主で、ベータの男が部下ということなのだろう。 「そんなの決まってるじゃない、なんのためにあんたたちを集めたと思っているのよ」  そう言って、ふんぞり返るように椅子に座り直し、そう言った。 「え、お嬢?」  ベータの男がうろたえた声を出した。 「何?あんたオメガとしてみたいって言っていたじゃない。遠慮することなんて、ないのよ?」  そう言って、お嬢が和美のそばにやってきた。 「それに、このオメガ、もうすぐ発情期がくるわよ」  和美の首筋あたりに鼻を近づけて嗅いできた。オメガはオメガの匂いがよくわかるようで、そんなことまでバレてしまった。 「発情期ですか?」  ベータの男が驚いたような声を出した。 「そうよ、発情期のオメガの貪欲なフェロモンを浴びながらなら、ベータのあんたでもヤリまくれるんじゃないかしら?それに、上手くいけば」  そう言って、和美の臍の辺りを指でつついた。 「たとえベータであっても、発情期のオメガを孕ませることができるかもしれないじゃない」  そう言って、意地の悪そうな笑顔を和美に向けてきた。 「お前みたいなオメガが運命とか、そんなこと許されるわけないでしょう?安心して?もうすぐ雇ったアルファも来るから、そうしたらそいつにここを噛んでもらいましょうね」  お嬢が、楽しそうに和美の項をつつく。 「ハサミを出して」  どうやら、和美のネックガードを切るつもりらしい。 「え?何に使うんで?」  そう言いながらも、ベータの男は部屋の引き出しを漁っていた。 「これ、コテージのネックガードでしょう?ヒートを起こすとロックが解除できなくなるのよね。だから、今のうちに取ってしまわなくちゃ」  お嬢はそう言って、ベータの男からハサミを受け取った。 (なかなか物知りなんだけど、重要な事を知らなさすぎるなぁ)  和美は一連のやり取りを黙って聞いていた。下手に口出しするわけにもいかない。 「──っ」  耳元で、金属が擦り合わさる嫌な音がして、その直後に首に痛みがはしった。 「なによこれ」  ハサミを持ったお嬢が、苦虫を噛み潰したよう顔をしている。どうやら、思い通りにことが運ばなくてイライラしてしまったようだ。  再び、和美の耳元で嫌な音がした。 「なんで、切れないのよっ」  お嬢のイラついた声がして、和美の首に再び痛みがはしった。コレを繰り返されれば、いずれかのタイミングで和美の首に致命的なダメージを与えられかねない。 「あのさぁ」  和美は仕方なく口を開いた。 「このネックガードはね、特製なの。コテージの特製品。コテージはね、国の管理下にあって、名家が出資している特別な施設なんだよ、わかる?コテージにいるオメガは国の管理下にいるの。そのオメガが付けるネックガードが、ハサミなんかで切れるわけないでしょ?」  和美の、話を黙って聞いてはいたが、お嬢がどこまで理解出来たかは謎である。だか、持っていたハサミをベータの男に返したのだから、その事は理解出来たのだろう。 「ふんっ、あんたを適当なアルファと番わせるのは諦めてあげる。でも、孕ませるのは実行するから」  そう言って、お嬢は口の端を軽く上げた。  合図でもされたのか、ドアを開けて男が数人入ってきた。和美でもすぐにわかる。こいつらは全員アルファだ。 「お嬢、この男?オメガ?」  一人がぶらりと和美の傍に来て、しゃがんだ。そして、ネックガードを指先で摘んで引っ張る。  伸縮性があるから、首が絞まることは無いけれど、それでも少しは息苦しくなる。 「あれ?いい匂いするじゃん。もしかして、発情期きちゃってる?」  ネックガードを、つまんだまま、男が和美の首筋に鼻を近づけた。 「髭を生やしてるってことは、最近流行りのホルモン療法かぁ」  そう言って、和美の口髭を指で撫でた。 「俺、この手のオメガは初めてだなぁ」  そう言ってくる男の目は、和美を捕らえて離さない。愉悦を孕んでいて、どうにも不愉快な目だった。 「ねぇ、オメガも自分でフェロモンを出せるって知ってた?」  お嬢はそう言うとニッコリと微笑んで、甘い香りを室内に解き放った。 「どう?オメガの誘惑のフェロモン。発情期直前のあんたは引きづられるでしょう?」  その甘い香りを嗅いで、和美は急に身体が熱くなった。かきたくもないのに、汗がこめかみを流れていく。 「ちゃんと撮影しておきなさいよ」  そう言い捨てて、お嬢は部屋を出ていった。  甘い香りに支配された部屋に、和美と数人のアルファが残された。

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