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第10話 導くのは香り

 和美の暮らすコテージに着いた時には、既に夜も更けていた。コテージは、大人の楽しみをわかっているアルファとオメガが数人いるようだった。  普段とは違い、コテージ寄りに車を停めると、コテージから誰かが出てきた。 「和美くん?」  施設の職員なのだろう、タブレットを手にしているのがよく分かる。 「ああ、連れてきた」  個人情報なのか、なんだかは分からないが、荒城の名前を呼んでこない。 「こちらに、部屋の用意は出来てます」  案内されるままに、和美を抱いて職員の後を着いていく。コテージの中は薄暗いから、離れていると顔の判別はつかない。だが、発情期のフェロモンを出しているのはバレているようで、凝視してこないだけでフロアにいる全員が、チラチラと荒城の方を見る。  だが、この手のことはコテージでは日常なのだろう、誰も近づいては来ない。 「この部屋を使ってください。ミネラルウォーターは備え付けの冷蔵庫に入ってます。食事はタブレットで注文すれば部屋に届きます。ここに置き配されます」  ドアの脇にある小さな扉を示されて、荒城は頷いた。  オメガが安全に過ごせるように配慮されているようだ。 「それと、お車の鍵よろしいですか?」 「鍵?」  意外なことを言われて、荒城は怪訝な顔をした。 「本来コテージの使用が認められていない方ですから、あの車は目立ちます。移動させてもらいます」  言われて納得した。  確かに、あの赤いベンツは目立つだろう。どんなに優秀なアルファと言われても、さすがに赤はないだろう。しかも、並行輸入しているから、台数が少ない。そんな悪目立ちする車を、堂々とコテージの正面に一週間も停めては置けないということだ。 「ああ、わかった」  荒城は、和美をそっとベッドに寝かせて、ポケットから鍵を取り出して職員に渡した。  ─────── 「どうにもなりませんし、なんともしません」  沢山の男たちに取り囲まれても、山形は顔色ひとつ変えなかった。どちらの世界の人だろうと、オメガ保護課の職員はなびかない。当然、顔色も伺わない。 「山形さん、全員の確認が取れました」  小田原市の職員が現場の確認をして、対象人物をタブレットに登録していく。本人確認さえ取れれば、後は報告をあげるだけだ。  意識を失っているお嬢と呼ばれた、紗由梨は、そのままで本人確認を済ませた。主犯ということで間違いないか確認をすれば、「お嬢の指示ではありますが、止められなかった俺たちの責任なんで」と、男たちが、口を揃えて言ってくるので、山形は無視した。年齢とか性別は考慮しないのがルールだ。 「たとえ未成年であっても、オメガであっても、オメガ保護法においては加害者は加害者です。同意のない行為、まして拉致監禁ですからね。厳罰の対象です」  山形はハッキリそう告げると、なにか言いたそうな男たちに背中を向けた。  玄関まで行った時、車が一台入ってきたのがライトで分かった。山形はある程度予想していたので、驚きもせず足を止めることもしない。  小田原市の職員が乗ってきた車に向かってそのまま歩みを進めると、到着したばかりの車から、大きな男が降りてきた。見なくても分かるぐらいに、屈強なアルファだと分かった。  分かったからと言って、山形がわざわざ確認する義務はない。山形は急いで戻って、出張申請と残業報告を提出しなくてはならないのだ。紗由梨の保護者だと言うのなら、呼び出し状が届いてから話を聞くだけだ。 「挨拶ぐらいさせてもらえねぇもんかな」  背後から聞こえてくる声は、威圧はないが、それでも屈服させられそうな威力はあった。けれど、山形は忖度しない、してはいけない。  だがしかし、声をかけられて、挨拶をと言われれば、公務員として最低限のマナーは守らなくてはならないだろう。 「はい、なんでしょう」  まるで訓練されたかのように回れ右をする山形は、どこからどう見ても義務的に振り返っただけにしか見えない。 「型通りかよ」  振り返った山形の真正面に、いかにもアルファ、いかにも親父さんと言う人物が立っていた。 「はじめまして、私オメガ保護課の職員の山形と申します」  ニコリとも笑わずに、山形は定型文の挨拶をして、名刺を差し出した。 「俺は幸城 誠治、今回やらかしたオメガの父親だ」  なんともあっさりと名乗って認められると、拍子抜けするのだが、大抵はここからだ。家格を盾に無かったことに、と、大抵詰め寄ってくるのだ。 「そうですか、後日呼び出し状が届きますから、そちらの日時でまたお会い出来ますよ」  山形はニッコリ微笑んでそう告げた。つまり、これ以上話をすることはないと言うことだ。 「つれねぇな」  軽く笑ってはいるが、逆に凄みが出ているとしか思えなかった。だが、山形はこの仕事にプライドを持っているし、何より、国家公務員としての矜持がある。 「夜分遅い時間ですから、失礼します」  ペコりと頭を下げると、山形は車に乗り込んだ。小田原市の職員が、運転して、同行してきた他の職員は既に車の中だ。  山形が乗り込み、シートベルトをすると、車はすんなりと敷地を出ることが出来た。誰も車の前に立ちはだかって止めるなんてことはしてこなかった。 「ある意味、名家関係の家よりもちゃんとしてるもんだな」  山形の隣に座った職員が呟いた。それは確かにそうだと思えた。大抵、名家筋のアルファがやらかすと、家格を盾に脅してきたり、金で解決しようとするのがほとんどで、下衆なこと極まりないと職員たちは辟易していたのだ。 「あとからなにかあるかもしれませんが、ある意味身内同士の揉め事に近いんですよね?」  和美を抱いて出ていく荒城を見ただけで、そう判断してきた職員は、山形に確認をとる。 「そうですねぇ、組長の愛人の娘であるオメガが、好意を寄せていたナンバーツーであるアルファに、運命が現れたんで、排除しようとした結果。って、ことになるんですかねぇ」  話を簡潔にまとめては見たものの、このことの事務処理はぜんぶ山形の仕事だ。仮眠を取ったら、始発に乗って帰ろう。タブレットの充電を忘れないようにしよう。当直ではない山形は、もう眠くて仕方がなかった。  何より腹ただしいのは、山形が事務処理におわれている間、荒城は発情期の和美を世話しているという現実だ。大切に大切に世話をしてきた和美が、よりにもよって、なのである。だが、ベータである山形にだって分かるぐらいに、二人のフェロモンの質は似ていた。そういうのを運命と呼ぶらしいと、山形たち職員は教えられている。  ベータであるから、ハッキリとした事は理解できないが、概ね理解してオメガが幸せになれるのか、それだけを判断基準にアルファを判定するのだ。  そして、悲しいことに、荒城は和美を幸せに出来るだろう。  ただ単に裏社会に君臨しているだけで、犯罪行為などしていないことは分かっている。今どきのあちらさんは基本インテリなのだ。幹部になれるのは有名大学を卒業したアルファだ。肩書きだけを見ると、一流企業と大差ない。ただ、稼働しているのが夜だったり裏だったりするだけ。 「ああ、担当のオメガがアルファに嫁ぐ時が一番面倒くさい」  山形が呟いた本音に、車内の一同が同意した。

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