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第15話 つがうも香りも

 引越しの手続き等が終わり、大学も夏休みに入った。梅雨明けしたからか、テイクアウトはアイスコーヒーが主流になった。  和美のバイト先のコーヒーショップには、マスターの番であるキョウが氷を持ってくる。 「普段は俺が砕いてるんだけど、和美くんやってみる?」  一貫だという氷は、片腕に抱えるほどの大きさだった。 「氷が当たるところがアザになるから、長袖着てね、タオル当てて……そう、それでこのピックで、こう」  レクチャーしてくれるキョウは慣れているから、一撃で氷が半分に割れた。 「で、順に小さく砕いていくの。手を突かないように気をつけてね」  和美が真似してやってみる。砕いた氷は容器に入れて冷凍庫に閉まっておく。 「うん、大丈夫そうだね。夏の間はこれを毎日やるんだよ。冷たくて腕が痛くなるから、一気にやらないで少しづつね」  そう言って、キョウは店の方へと意識を動かした。 「和美くん、あのアルファの所に移ったんだって?」  店内の様子を伺いながら、氷を砕く和美に話しかける。 「ええ、まぁ」  なかば強引ではあったけど、またあんな怖い思いをさせられるぐらいなら、「守ってやる」と、言いきったアルファを信じてみようかと思っただけだ。 「すっごいマーキングされちゃって」  キョウが、そんなことを笑って言うので、和美は慌てた。確かに、教えてやると言って、荒城からしつこいぐらいに全身くまなく可愛がられた。今朝も起き抜けから何度もしてこいぐらいにキスをされた。玄関先でしつこいぐらいにされて、腰が抜けそうになってものすごく恥ずかしかった。  それを見られた訳では無いだろうが、アルファのキョウがそういうのなら、同じアルファには荒城の行動がバレているということなのだろう。 「分かるもんなんですか?」  和美は、恥ずかしくて顔を上げられない。 「アルファはねぇ、そう言う威嚇のフェロモンつけられてるオメガには近づかないよ」  キョウはそう言って笑った。 「俺は番のためにここにいて、和美くんに仕事を教えてるけど、和美くんに近づくと威嚇のフェロモンが凄いなって感じるよ。まぁ、俺は番の匂いを嗅げるから圧をそこまで感じないけどね」  後半はほとんど惚気だが、荒城がつけたフェロモンは、だいぶ威力があるらしい。そんなわけで、午前中は裏で氷を砕く作業を加えたとのこと。  コーヒーの匂いでかき消されるから、ベータの客は気付かない。けれど、アルファの客には気づかれる。そんなところらしい。最も、オメガの客だと『この人愛されてる』とか、思われるから恥ずかしいかも。とマスターには言われた。  荒城の部下は、毎日やってきて、コーヒーを買っていく。すっかり常連で、マスターに気さくに挨拶していく様子は、普通にサラリーマンの様に見える。  夏休みでバイトは一日中だから、和美はお昼ご飯をどうしようかと悩んでいたのだが、近くだからと荒城と一緒にとることになった。 「えと、この店って…」  和美は豪華な内装の店内に落ち着かない。 「見ての通りキャバクラだ」  荒城は平然と言ってのけ、メニュー表を和美に見せた。ドリンク付きで千円のランチが並んだメニュー表だ。 「ええと」  和美が悩んでいると、向かいの席にいかにもな服装の女性が座った。 「注文は、決まりました?」  ニコニコ笑ってくれるけど、こういった店に入ること自体が、未経験の和美は困って荒城を見た。 「何が食べたい?」  荒城が和美に聞いてきた。 「え、えっと…オムライス」  写真で見ると、ふわふわ卵に包まれていて、とても美味しそうだ。 「何飲む?」  飲み物を考えていなかったから、慌ててドリンクの欄に目をやる。 「あ、えと、りんごジュース」  和美がそう答えると、荒城は和美の頭を軽く撫でた。 「オムライスにりんごジュースと、スパゲティに烏龍茶だ」  荒城がそう告げると、向かいに座った女性がニッコリ微笑んだ。 「はーい、かしこまりましたぁ。お待ちくださァい」  メモをとったのか、小さなバインダーを持って去っていく。 「分かりやすくいえば、昼キャバだよ」  荒城が顎で示す方を見れば、他の席にいる客に、オムライスを食べさせている女性がいた。 「あれはオプションだ。他にもケチャップで絵を書いたりな」 「え、俺はそんなサービスいらない」  オムライスがそんなメニューだと知らなかった和美は、ものすごく嫌そうな顔をした。 「安心しろ、俺がさせねぇ」  荒城がそう言って和美を抱き寄せる。 「こんにちは、オーナー。座ってもよろしくて?」  先ほどオーダーを取った女性とは、また別の人が来た。 「ナオ、いたのか」  荒城が名前を呼ぶと、ナオと呼ばれた女性は向かいの席に座る。 「はじめまして、私はこの店を任されているナオよ」  そう言って、和美の方を見た。 「は、はじめまして…」  いかにもな雰囲気をまとったナオを見て、和美はどうしていいのか分からなかった。もしかすると、荒城の数いるイロと呼ばれる人なのだろうか? 「ふぅん、本当にお髭を生やしたオメガちゃんなんだぁ」  そう言ってナオは、人差し指で和美の口髭を撫でた。 「おい」  その様子を見て、荒城が眉をひそめるが、ナオは気にしない。 「ねぇ、納涼会にこの子連れていくんでしょ?大丈夫?番ってないみたいだけど」  ナオは楽しそうに笑う。 「俺、番うつもりないですよ」  和美が答えた。 「そうなの?そんなんで大丈夫?親父さんのこと納得させられるの?」  ナオは、和美の方を見たままで、質問は荒城にしていた。 「組の資金の半分以上は俺が稼いでる。親父だって俺とコトを起こす気はねぇよ」 「親父さんにはなくても、周りがありそうじゃない?」  ナオは尚も楽しそうに話す。 「あのお嬢はね、コテージで預かりになったそうよ?」  それを聞いて、和美がナオを見た。 「安心していいわよ。この場合のコテージ預かりって言うのはね、矯正プログラムを受けるってこと。オメガとしての生き方を一から叩き込まれるの。矯正が済んだら、コテージに登録されたアルファの中から、一番相性のいい相手と番契約がなされるのよ」  そう言って、ナオは高らかに笑った。和美にはだいぶ耳障りが悪い。 「相性のいいアルファの番にされるだけマシよねぇ」  ナオはそう言い残して、席を立った。入れ替わるように、注文したランチをもってボーイがやって来た。 「置いてくれればいい」  荒城がそう言うと、ボーイは注文通りに品を置いて、静かに去っていった。 「レンチンなんかしてねぇ、ちゃんと、雇った料理人が作ってんだ、美味いぜ」  荒城に促されて和美は、慌てて手を合わせて料理に手をつけた。別にケチャップをかけなくても、しっかりと味のついたオムライスは美味しかった。 「あー、八月に納涼会にってのがあってな」  ようやく荒城が説明をしてくれて、和美は話の流れを理解した。 後書き編集

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