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第16話 夏の香り

 納涼会と聞いて、和美の頭に浮かんだのは、コテージで毎年行われていた行事だった。  《今週末のドレスコードは浴衣》という貼り紙がされて、誰もが浴衣を着てコテージにやって来た。  和美は、毎年隣接するショッピングモールで浴衣を買っていた。というか、施設の職員につれられて、強制的に浴衣をあてがわれていた。  毎年嫌がるのに、「参加だけはして」と職員に頼み込まれての強制参加だった。見た目がオメガらしい容姿の者は、当たり前のように女性物の浴衣を着ていて、それが、やたらと似合っていた。  和美が納涼会を嫌がっていた理由は、浴衣を着ることで、ネックガードが全く隠れないことだった。嫌がる和美は、職員によって浴衣に着替えさせられて、毎回顔を出すだけだ。ドリンクを一杯飲んで、その間に何人かのアルファに声をかけられる。二言、三言はなしをすれば、自然とアルファの方から離れてくれるから、ドリンクを飲み終えたタイミングで、そっとコテージを後にする。  小さい頃は、花火がやりたくて、甚平を着せてもらって納涼会に参加していた。ただ、小さいというだけで、アルファからもオメガからも、構われていた記憶がある。  で、一応社会人の納涼会とは何をするものなのだろうか?和美はまったく分からないまま、荒城の用意してくれた浴衣を着ていた。もちろん、着付けは荒城がしてくれた。帯の結び方がなんとか、言っていたが、和美には分からない。  広いホテルの庭園を貸し切っての納涼会、そのスケールの大きさに和美は普通に驚いた。 「蛍を放してあるエリアが、まぁ、所謂イロが集まる部屋なんだが」  歩きながら荒城が、説明してくれるけど、ちょっとした夏祭りみたいなことになっていて、和美は賑やかすぎる音に落ち着かない。 「お疲れ様です」  突然現れた数人の男が、綺麗に並んで頭を下げてきたから、和美は驚いて荒城の腕を強く掴んだ。  そんな和美を見て、荒城は困ったように笑うけど、向き合う男たちには厳しい顔を向ける。 「俺のオメガを怖がらせるな」  腕にしがみつくようになった和美の腰に、そっとうでをまわす。荒城の、胸に顔を押し付けるような体制になって、和美は慌てたけれど、荒城は周囲を見遣りながら歩みをとめない。 「めんどくさいんだが、親父に挨拶しないとな」  蛍が離されているエリアは、目指す場所の奥にあった。つまり、親父と呼ばれる人に挨拶しなくては、蛍が見られないらしい。  荒城が歩けば、自然と道ができて、チラチラと見られて和美は首がすくむ。むき出しのネックガードが、和美がオメガだと知らしめている。  そもそも人に見られなれていない和美は、荒城にされるがままに腕の中に隠れるようにして歩いた。  人工の滝があって、川が流れている。ちょっとした橋を渡った先に、男たちの集団が見えた。  それの中に親父さんと呼ばれる人物がいるのだと、和美は直ぐにわかった。嗅いだことの無いぐらいに、強いアルファのフェロモンが漂っている。  和美が、軽く眉間に皺を寄せると、直ぐに荒城がきがついた。 「なんだぁ、苦手か?」  からかわれたのかもしれないが、苦手と言うより嫌いな匂いだった。 「そうじゃない」  和美が、むくれたように言うものだから、荒城は軽く笑った。 「真ん中にいるのが親父だ」  二人がゆっくりと近づくと、周りにいた男たちが自然と道を作る。そうして、退路を塞いでいく。周りにいる男たちが全員アルファだと、和美は気がついた。だが、怖いとは思わない。 「よく来たな」  低い声が和美に、向けられた。  声のするほうを見れば、藍染の浴衣を着た大柄な男が、あぐらをかいて座っている。その斜め後ろには、きっちりと、着物を着こなした妙齢の女性が座っていた。ネックガードはつけていないが、晒された項にはきっちりと、噛み跡がある。艶っぽいその人は、団扇で親父さんを仰いでいた。 「紹介しますよ、俺のオメガです」  荒城がそう言って、腕の中の和美の腰を押して前に立たせた。一瞬のことに和美は驚いたけれど、カツと下駄を鳴らして真っ直ぐに立った。 「秋元和美です」  特に意識しないで和美は名乗った。頭はさげず、直立不動だ。 「毛色の変わったオメガだな。それで、アイツがやらかしたか」  和美を品定めするかのように、下から上へと視線が動く。アイツというのはこの間の紗由梨の事だろうか? 「いい迷惑でしたよ」  荒城がそう言ったので、和美は小田原市での件だと理解した。 「あの職員共、アイツを矯正するとか言って連れていきやがった」  そう言って、静かに圧がかかってきた。好きではない匂いがして、和美はまた眉間に皺を寄せる。荒城が和美を守ろうと腰を掴んだ。 「その毛色の変わったのを寄越せ」  思わず息が詰まるようなフェロモンを感じたけれど、和美は斜め上にある荒城の顔を伺った。涼し気な顔をしている和美を見て、荒城は目を見張る。 「何言ってくれてんの?オメガ保護法を犯したのはあの女だろ?」  和美から静かにフェロモンが漂い始める。 「あぁ?」  まさかの人物からの反論に、目の前のアルファが凄んできた。  だが、和美は涼しい顔をして一歩前に踏み出した。 「フェロモン出せるのがアルファの特権だと思ってんなら、笑わせんなよ」  和美から、オメガのフェロモンが溢れ出す。周りにいるアルファたちが、耐えられない様子で膝を着く。 「どうしたの?顔、赤いよ?」  和美が煽るように言うけれど、目の前にいるアルファは声も出さずに微動だにしない。団扇で仰いでいたオメガが、その団扇を、自分の口元にあてて驚愕の目を和美に向けていた。 「どうしたの?なんか言いなよ」  和美はゆっくりと周りに目をやる。ひとりとして立っているアルファはいない。 「こんなオメガのフェロモンに当てられて、もしかしてフル勃起してんの?でもね、俺はあんたの相手なんてしてやるつもりないから」  和美から出てくるフェロモンがさらに強さを増す。甘く痺れるようなフェロモンが辺りに漂って、アルファたちは膝から崩れるように、その場から動けなくなっていた。 「やってくれるな」  絞り出すような声が聞こえて、和美は口の端を軽くあげて笑う。 「俺はあの女を許さないよ。処罰されたところで俺が感じた恐怖は消えない。オメガ保護法を知りながら、あんなことをしてきた女の気持ちが分からない。自分の欲のためなら、他者を平気で傷付けられるような人間に育てた、あんたの人間性を疑うよ」  和美の目が蔑むような色を見せる。 「そんな育てかたしか出来なかったアルファが、親父さんとか笑わせんなよ」  和美が、さらにフェロモンを撒くと、さすがに背後から苦しそうな声が聞こえた。 「本当に、その通りよねぇ」  団扇を仰いでいたオメガが、妖艶と微笑んで和美を見た。和美の出したフェロモンに反応をしていない。 「あっちにいるイロたちは、当てられたみたいだけど、本当にみっともない」  そう言って、隙のない所作でアルファよりも前に座り直す。 「この男のイロの娘がしでかしたことは、この私の目が届かなかった事が原因です。頭、下げさせて頂いてもよろしいかしら?」  そう言って、美しい所作で頭を下げる。項の傷跡が和美にハッキリと見えた。  相手のオメガが顔を上げたところで、和美が深々と頭を下げた。背筋を正した美しいお辞儀だった。 「随分と、まぁ」 「コテージ生まれのコテージ育ちですから」  その意味を理解したオメガは、妖艶と微笑んで荒城を見た。 「随分と、上玉を掴んだこと」 「恥ずかしながら、運命ですから」  荒城が和美の後ろから答えた。 「離れが空いてますから、ごゆっくり」  団扇で口元を隠しながらオメガが言う。 「ありがとうございます」  和美が礼を言った。  荒城が和美の腰に手を回して、誘導する。  和美は言われた離れが分からないから、荒城の誘導に従って歩く。ゆっくりと、和美の周りのフェロモンが変わっていく。  荒城は気取られないように、和美の腰を抱く。早く離れに行きたいけれど、それではそこいらで、無様に膝を着く、アルファたちと同じになってしまう。 「全く、上玉じゃなくてじゃじゃ馬だろうが」  荒城はちいさく呟いたつもりだったが、頭一つ下にある和美の耳は、きちんと拾っていた。 「じゃじゃ馬って何?」 「あー、後で教えてやる」

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