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番外編第10話の裏話
すっかり暗くなった時刻ではあるが、窓の向こうに見えるショッピングモールにはまだ灯りがついている。それはそうだ、レストラン街は夜11時まで営業しているのだ。映画を見終わった人たちが、ゆっくりと食事をして語り合ったり、帰宅してから火を使いたくないなどの理由で外食する人たちなど、夏のはじまりを控えて涼を求める人もいることだろう。
そんな事をうっすらと考えたのは、ぶっちゃけ現実逃避だった。
目の前にある、処理をしなくてはいけない事柄……するべきことはわかっている。
分かってはいるけれど、ここまで理不尽だとは思ってもみなかった。
「ああ、和美くん……」
自分の受け持ちのオメガ、施設生まれの施設育ち、だからこそ、職員たちは心血を注いで彼に接してきた。彼が幸せに生きられるように、不安にならないように、時に親のように、時に兄のように姉のように、接してきた。
のに、のに!
「あぁぁぁ!荒城めぇぇぇ!!」
タブレットからのログを確認しながら報告書を打ち込んで、山形は絶叫した。それなりに遅い時間で、施設の職員は夜勤担当者しか居ない。本来なら、山形は帰宅している時間だった。
けれど、担当する和美がトラブルに巻き込まれ、それが拉致監禁の上発情期レイプにまで発展仕掛けていたとあっては、事後処理も膨大なものとなった。
加えて、コテージの使用許可を得ていない人物に、コテージの使用を許諾した。それについての申請と処理がある。
オメガの発情期に関する事項だから事後処理、許可申請が事後というのはよくある話だ。そんなわけで、山形が書いている書類は『事故報告』となっている。
「山形さん、コーヒーどーぞ」
夜勤の同僚が気を利かせてコーヒーをいれてくれた。けれど、山形からすれば、コーヒーは和美の象徴だ。
「あぁ、和美くんっ」
コーヒーを一口飲んで、山形は机に突っ伏した。
色んな意味で絶望しているのだ。
「山形さん、それじゃあ失恋したみたいですよ」
コーヒーをいれてくれた同僚が苦笑している。
「だって、あんなのが番だなんて……和美くんが穢れる」
和美に幸せになって欲しくて、番が欲しくないと言う和美に資格を取る事を勧めたのは山形だ。何かしらの資格を持って、その道を極めていれば、たとえオメガであろうとも職に困ることはないだろう。そう考えて奨めたのだ。
そうすると、和美はバリスタの資格を取りたいと言ってくれた。バリスタなら、コテージでも働ける。一番安全な施設に併設されたコテージで働く。安直だけれど、現実で確実だった。オメガの子たちの相談役になりたい。とも言っていた和美だったから、山形は和美のバイト先も探したのだ。
それなのに、真上にあんな奴らが住んでいたとは……いや、話は聞いていた。けれど、馴染みのコーヒー屋は別だと聞いていたし、近隣の店には迷惑をかけないという約束だって交わしていたのに。
「はぁ、やっぱり運命には逆らえないのか」
力なく山形は呟いた。
「担当のオメガちゃんが、運命と番えるのが一番幸せになれるんじゃないの?」
夜勤担当者は、山形の呟きを拾ってわざわざ返事をしてくれた。施設の職員は、誰もが担当するオメガの幸せを願っている。もちろん、担当していないオメガの幸せだって祈っている。
オメガと言うだけで、まだまだヒエラルキーの底辺に位置づけられるのは今も昔も変わらない。まして、和美のように、親から捨てられるように施設の世話になるオメガに世間の目は冷たい。
だから、運命の番とは言えど、施設育ちを嫌厭するアルファや、その親族は絶えない。
そんなふうに、自分の立場を嫌という程理解してしまっている健気な和美には、幸せになって欲しかった。番は欲しくないと言ってはいたけれど、劇的で運命的な番との出会いがあって欲しかった。
けれど……
「なんで、荒城なんかが」
ボヤきながら山形は作業を進める。もう、終わったところで帰宅は無理だ。仮眠室に行くしかない。
「あぁあ、私がこんな目にあっているさなかにっ荒城の奴が和美くんをっ」
そう言いながらキーボードを乱暴に叩く。可哀想なのは八つ当たりをされたキーボードだろう。
「山形さーん、備品は丁寧にねぇ」
ドアの外から声をかけてきたのは和美の様子を確認してくれた看護師だ。
「荒城さんは見た目あんなだけど、和美くんにベタ惚れよォ、フェロモン撒き散らかしちゃって、すっごいナイトぶりだったじゃない」
山形の録画した証拠画像を確認したから、看護師は口元を緩めながら言ってきた。オメガを助けるためにアルファがフェロモンを撒き散らかすなんて、まるでドラマのようだった。実際、自分の目で見ていた山形自身も、そんな荒城の背中に惚れそうだったのだ。
「そうなんですけど、ねぇ」
山形は深いため息をついて、それから大きく口を開いた。
「私がこんなに大変な目にあっている最中に、荒城がお楽しみなのが納得いかないんですっ!」
哀れな独身、恋人募集中のしがない公務員の魂の叫びであった。
もちろん、その叫びが荒城の耳に届くことなどないのである。
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