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番外編4 今日は猫の日

 週末に何件もの100円ショップをグルグルと巡るのはなかなかに忍耐力がいるものだ、なにしろ人がものすごい。 (なんで平日に買い物しねぇんだ)  白や黒の軽自動車やファミリーカーの中、荒城の赤いベンツは物凄く目立っていた。何しろ混雑しているショッピングモールの駐車場だと言うのに、その両隣に誰も車を停めないのだ。いや、正確には停めようと試みる人はいた。けれど、グリルに輝くマークを見、そして何をする訳でもなくただ立っている荒城の姿を見て駐車を断念していくのだ。  別に、荒城は威嚇のフェロモンなんて出してはいない。ただ店内にはいるのがはばかられるので外からガラス越しに和美の姿を見守っているだけなのだ。 (また勝手にビビりやがって)  荒城は内心舌打ちをした。  和美の隣に立っているベータ男子をちょっと見ただけだ。別に睨んでなんかいないのに、ギョッとした顔をして逃げていくのだ。そうして、また和美に「メッ」と言う顔をされるのだ。 (可愛いんだけどな)  声が届かないから和美は顔で荒城を叱ってくる。一回り近くも年の離れたアルファに向かってそんなことをして来る番。怖いなんて思うわけが無い。  それに第一、荒城は自分が悪いなんて思ってなどいないからだ。 「なんでそんなに必要なんだ?」  ハンドルを握りながら荒城は和美に聞いた。次の店で五件目だ。100円ショップは随分とチェーン店の種類があったようで、店によって品揃えが違ったようだ。 「だって、飾り付けするのに可愛い方がいいから、それに、当日だけカップを変えたいんだ」 「カップを?」 「そうだよ。雰囲気大切でしょ」 「雰囲気ねぇ」  そう返事をしながらも、荒城は内心首を捻る。自分の手持ちの店でこんな準備をしていただろうか?いくつか飲食店は手持ちにあるが、和美のようにここまでグッズを買い揃えているという話は聞いてはいない。  そうして月曜の閉店後、和美は準備をするからと荒城に手伝いを要求してきた。 「これ、どーすんだ?」  まるで、クリスマスのような演出の飾り付けを渡されて、荒城はある意味困惑していた。 (ハロウィンみてーだな)  同じ模様の飾り付けを店の中に所狭しと配置して、テーブル毎に色を変えてセッティングする和美は楽しそうだ。自分の店だからこそ自由にできる。それを実感してくれているようで、荒城は見ているだけで満足だ。  和美は買い揃えてきたカップと皿をきれいに洗い、荒城にお礼を言ってきた。 「ありがとう」 「なに、言ってんだ」  面と向かってお礼なんて言われると、なんだかむず痒い。荒城は和美を抱き寄せて、首筋に顔を埋めた。 「礼代わりに噛ませろよ」 「それは無理」  和美がすげなく断ると言うのに、荒城は和美のネックガード毎項を舐めた。 「噛みてぇなぁ」 「だぁめ、帰って温かいもの食べよ」 「俺はお前がいい」 「暖まらないだろう」 「暖めてやるから心配すんな」 「……ばか」  ─────── 「本日限定のサービスです」  そう言いながら和美がテーブルに皿を置く。そこに載せられていたのは和美が今日の朝から焼いていたクッキーだ。 「うわ、可愛い」  女性客はもれなくスマホのシャッターを押している。その光景を荒城は上から眺めていた。朝のニュースを観て、荒城はようやく今日が何の日か知ったところだ。荒城の手持ちの店では、ハロウィンの時に買い揃えたのを使い回すらしい。嬢たちがノリノリで猫耳を付けている写真が送られてきた。店発信のSNSにも載せているとかで、確認だけはしている。  そういえば、開店前に和美も写真を撮りまくって上げていたことを思い出した。 「猫の日ねぇ」  とてもじゃないけど、荒城は猫耳なんかつけたいとは思わないけれど、可愛い番が可愛い格好をして接客しているのを眺めるのは眼福なので良しとすることにした。なぜなら、この店の客はほとんどがオメガだから。番の可愛い姿を見ても良しとしている。そうでもないと、クリスマスやバレンタインなどの行事ごとに、荒城の神経がすり減ってしまう。  そうして今日も営業時間が終わって、荒城が店の入口に施錠をする。 「ありがとう」  鍵をかけただけなのに可愛い番が礼を言ってくれるものだから、荒城は毎日嬉しくて仕方がない。かつてのイロたちと違って、和美は素直で可愛いのだ。 「本日限定のサービスです」  いつもと違うマグカップにコーヒーをいれて和美が荒城の前に出してきた。 「ラテアートか」 「型があるからね、パウダーをかけただけだよ」  和美はそう言いながら自分の分とクッキーを載せた皿を出してきた。 「今日は猫の日。しかも猫の年だよ」 「はぁ」 「もう、2022年でしょ?だからにゃおにゃんにゃん、だよ。800年ぶりなんだって」  子どもを叱りつけるような顔をしてそんなことを言うものだから、荒城も返答に困るというものだ。 「……なるほどな」  返事はしたものの、猫耳をつけた番がそんな風に力説してきては、猫年とか猫の日とかはどうでも良くなってしまう。 「ねぇ、付ける?」  和美は荒城に猫耳カチューシャを勧めてきた。 「俺が?」 「だって、もうみんな帰ったよ」  和美は荒城の返答を聞かずにカチューシャを荒城の頭にのせた。 「うん、雰囲気出たね」  そう言って、和美は猫の手の手袋を自分にはめて見せてきた。 「どうかな?」 「どうって……お前」  猫耳のヘアピンをつけて、猫の手の手袋をした番が小首を傾げて聞いてきた。その答えはひとつしかないと言うのに、なぜ聞いてくるのか? 「肉球のクッキーもね……あ、あれ?」  和美は、手袋をはめてしまったから皿に乗せたクッキーを上手く荒城に見せられない。 「あのな、そんなもんはめてたら掴めるわけねぇだろう」  荒城は代わりにその、肉球のクッキーとやらをひとつ摘んだ。白地にピンク色の丸が四個配置されている。 「どうやってピンクにしてんだ?」 「食紅だよ」  和美が即答したので、荒城はクッキーをじっと見つめた。確かに猫の肉球に見える。まぁ、犬だと言われれば犬になりそうではあるが、和美が猫だと言うから猫なのだ。 「ほれ、あーん」  荒城は摘んだクッキーを和美の口元に運んだ。 「あーん」  和美は少し躊躇ったけれど、食べたい欲求はあっかたから素直に口を開けた。自分で作ったクッキーだけど、サクサクと口の中で解けて甘くて美味しい。 「コーヒーは飲めるから」  猫の肉球手袋をつけたまま、両手で和美はマグカップをもって慎重にコーヒーを飲んだ。  いつもと違って、なんだか不器用そうに手を動かす番が可愛い。 「ぎゃっ」  マグカップを置いた途端、荒城が和美の顔を舐めてきて、和美は思わず叫んだ。 「なにんすんだよ」 「粉がついてたからよ」  何食わぬ顔で荒城は言うけれど、本音はそのままペロリといきたいところだ。 「だめだから、ここは職場」  和美が肉球を荒城に向けて制止を促す。けれど、そんな可愛い制止なんてなんの抑制力もないことだ。 「何言ってんだ?今日はにゃんにゃんにゃんの日なんだろ?」 「そうだよ」 「せっかくここまで用意してくれたのに、頂かない訳にはいかねぇだろぉよ」 「え?なんの話?」  荒城は戸惑う和美を他所に、和美の頬をペロリと舐めた。 「な、舐めるなぁ」 「にゃあ」 「にゃ、にゃ……ふぎゃーっ」  和美の猫パンチが炸裂した。

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