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番外編5 今日はオレンジデー

 2月のバレンタインデー  3月のホワイトデー  それに引き続き、4月のオレンジデー  夫婦、恋人同士でオレンジを送り合いましょう。  というのはお菓子会社の戦略ではなく、日本の農協の戦略だ。広くヨーロッパ諸国ではオレンジを栽培している。オレンジの花言葉は『花嫁の喜び』であり、また花と果実を同時に付けるオレンジは子孫繁栄の象徴ともなっている。  そんな話をネットで見かけた和美は、またまた食いついた。自分のコーヒー屋でこれをやらないなんて勿体ない。 「ねぇ、車だしてくれるかな?」  いつの間にかに可愛い番が屈強な母ちゃんみたいになってきて、荒城は内心笑っていた。当初は随分とツンツンしていたものなのに、随分と懐いてくれたものだ。けれど、それを口にしてしまえば毛を逆立てた猫のようになってしまうから、荒城は黙って従うのだ。  優秀なアルファ様は、番のオメガにだけは逆らえない。 「どこに行くんだ?」  和美を乗せてから荒城は行き先を尋ねた。いつもの通り、突発的に思いついた企画の買い出しなことぐらいわかっている。ただ、今回の企画が荒城には分からない。 「オレンジデーなんだって」 「は?」 「だからぁ、オレンジデー」  そんなことを言われても、そんな記念日初めて聞いた。 「2月のバレンタインデー、3月のホワイトデー、それで4月のオレンジデーなんだって」 「意味が分からねーな」 「韓国にもあるらしいんだけど、日本のオレンジデーは違うんだよね。日付も違うし。夫婦や恋人同士で送り合うんだってさ」 「で?カズは何をしようってんだ?」 「オレンジデーにちなんで、オレンジジュースとかオレンジを使った食べ物を用意したいんだよね」 「買い出しはどこだ?」 「せっかくフレッシュジュースを作る機械を買ってもらってるから、オレンジを箱で買いたい」  なるほど。  つまり、荒城は力仕事を仰せ付けられたというわけだ。可愛い番のために、この赤いベンツにオレンジを詰め込んで運ばなくてはならないということだ。  顔馴染みの店に行けば、すぐにオレンジの調達は出来た。ついでに荒城の持つ嬢たちのいる店の分も買い付けた。店長に連絡を入れて、説明をするとすぐに企画を考えて来るあたり、よく出来た店長ではある。  テーブルで嬢の生搾りオレンジサワーなんて、指名料も取れて、一石二鳥の企画だ。だがしかし、これを和美がするのだったら全力でとめる。荒城は機械を惜しみなく買ってやって良かったと今更ながらに思うのだった。  店に着くと和美はすぐにケーキ作りに取り掛かった。オレンジの皮をすりおろして、それで風味をつけたシフォンケーキを焼くというのだ。それに添えるのはオレンジリキュールを入れた生クリーム。オレンジを機械にゆっくりと投入して絞ると、出来たてのオレンジジュースをグラスに注いだ。 「ほんとだ。酸味が少ない」  ストローをさして一口飲んだ和美は、そんな感想を口にしてそのまま荒城に差し出した。 「ありがとな」  残りのオレンジジュースを口にして、荒城も同じ感想を持った。だが、決して口には出さない。 「オレンジの香りがついたコーヒーがあるんだよね。どうかな?」  短時間の買い出しで、和美は目当てのものを大量に買い込んだ。平日だからランチタイムが勝負になりそうで、和美は買い付けたオレンジとそれで作ったオレンジジュースをテーブルに配置して何枚か写真を撮る。 「#オレンジデー #夫婦で#恋人同士で#オレンジを送りあおう 他に何かあるかな?」  SNSにあげる写真を選んで、言葉選びに悩んでいる和美は、荒城のスマホで検索を始めた。 「おいおい」  二階の荒城の事務所のスタッフたちは出勤をしてきていて、軽く挨拶をして二階へ上がっていってしまう。もちろん、二人の邪魔をしないためだ。 「あ、車ってさ」  突然和美が口を開いた。 「車?裏に停めたけどな」 「表に停めて?そんで飾り付けさせて」 「は?」  可愛い番の申し出だけど、意味が分からない。車に飾り付け? 「車、赤いから目立つじゃない?オレンジが入っていた空のダンボールをトランクの上に乗せて、シートをこの布で覆いたい」  そう言って広げて見せられたのは大きなオレンジ色の布だ。 「あ?車をデコるのか?」 「うん、そうだよ」  当たり前のようにに和美が返事をするから、二階のスタッフたちが息を飲む。荒城のベンツは並行輸入だ。ディーラーで買ったのとは違うから、万が一が起きた時に修理が面倒なのだ。 「分かった。待ってろよ」  荒城があっさりと承諾したものだから、拍子抜けした声が二階から漏れてきた。けれど、和美はそんなことを気にもせずに楽しそうに飾り付けのための道具を入口に運んでいる。 「あ、少し斜めに停めて欲しいな」  和美がそう言うと、すぐに荒城は停める角度を変えた。 「こんな感じか?」 「うん。凄くいいよ」  さすがに店の前に停められた派手な赤いベンツにイタズラをするようなバカはいないだろう。  和美は窓を開けて荒城のベンツに飾り付けをした。仕上げにワイパーに手書きの『今日はオレンジデー』『夫婦で、恋人同士で、オレンジを送りあおう』のPOPを挟んだ。もちろん、ホンモノのオレンジもシートの上に置いてみる。 「どうかな?」  可愛い番が上目遣いで聞いてきたものだから、荒城は思わずタバコを持つ手が止まった。 「いいんじゃねーの?」 「じゃあ、写真撮ってあげるね」  和美は楽しそうに写真を撮り始めた。その後ろ姿を眺めながら、荒城の手が動き出す。ゆっくりと煙を吐き出して、しばらく自分の車を眺めた。そうしてようやく気がついた。 (これじゃあ出かけられねーな)  今更ながらに思うのだった。  情報番組などでもオレンジデーと言いつつ、柑橘系のデザートを特集したり、柑橘類の名前を冠した施設の特集をしてみたり、なんともあやふやなオレンジデーのとりあげ方が日本らしいと荒城は思った。  極めつけに、オレンジ色のお勧めを紹介するコーナーを展開していたワイドショーには辟易するしか無かった。さすがにオレンジ色の虫の話を昼前にされてしまっては、視聴率はがたおちだろう。兎にも角にも、今日4月14日のオレンジデーがあまり日本に浸透していないことだけは荒城にも理解出来たというわけだ。  だがしかし、可愛い番は張り切っている。  女からの告白の翌月に男からの返事、そして一ヶ月後に夫婦で又は恋人同士で贈り物を……実質三ヶ月で完結させるとはどんな昼ドラよりも展開が早いでは無いか。まぁ、荒城はその半分で済ませたけれど。 「オレンジ色のもの、ねぇ」  今日はコーヒーよりもオレンジの匂いでいっぱいな店内を見下ろしながら荒城は一人呟いた。 「お疲れ様」  いつも通りに施錠をすれば、可愛い番が労いの言葉をかけてくる。もうすっかり馴染んだそれは、カウンターの向こうから聞こえてくる。 「コーヒー、飲むでしょ?」  二人分のコーヒーをゆっくりと淹れる可愛い番を眺めながら、荒城はいつもの席に座った。カウンターの一番端は荒城の指定席だ。座ると店内が全て見渡せる。上から眺めるのとは違って、客の顔がしっかりと確認できるのだ。 「これ、今日の特別メニュー」  そう言って和美はオレンジ色の皿を荒城の前に置いた。 「これはなんだ?」  朝聞いたのはオレンジのシフォンケーキだったはずで、目の前に出されたものはオレンジの輪切りがのっている。 「マードレーヌだよ」 「へえ、珍しいな」 「味がしっかりしてるから、濃いめのコーヒーがあうよ」  和美がこの手の濃い味がするお菓子を出すのは珍しい。この後夕飯だからと、小さめの焼き菓子が多いのに。 「今日はオレンジデーだから、オレンジのものを送り合うの」  横を向いたまま説明をしてくる番を見て、可愛いな。と思いつつも口にすることは無い。代わりに、荒城は小さな箱をカウンターに置いた。 「なにこれ?」  和美の前に出された箱は、オレンジ色のリボンで飾られていた。けれど、今日のイベントの話をしたのは今日の朝で、一緒に買い出しをして店に着いたら車は和美がオレンジの装飾を施したのだ。それを片付けたのはつい先程だ。荒城はどうやってこれを用意したのだろう? 「開けてみろよ」  自分専用マグカップを口にあてながら荒城が催促するから、和美はそのオレンジ色のリボンを解いて蓋を開けた。 「……あ」  中を見て、思わず声が出た。その反応に荒城がニヤリと笑ったのが見えた。 「オレンジ色のものを送り合うんだろ?」 「そ、う、だけど……いつ?」  箱の中身を見て何度も瞬きを繰り返す和美をみて、荒城は満足そうだ。この手のことなら大したことはないのだ。けれど、和美には魔法のように感じるのだろう。 「ここでつけてみるか?」  荒城が立ち上がり和美の隣に立つ。 「え?」  荒城の手が項に触れてきて、和美は慌てて逃げた。 「だ、ダメだから!ここは職場」 「何言ってんだ。俺はもう食っちまった」  荒城はもう、なにも載っていないオレンジ色の皿を指さした。 「そ、外でコレを外すなんてないから、無理」 「なんだぁ、そんなお誘いしてくれるなんて嬉しいじゃねぇか」 「さ、誘ってない。誘ってないから」  和美はネックガードを、慌てて抑えた。二人揃わないとロックが解除されないようになっているから、毎日風呂に入る前に外してもらうのだ。だから、どんなに汗をかいても外で外したことなんてない。 「じゃあ、カズ。早く帰ろうぜ」  荒城は和美の分のコーヒーを飲み干すと、さっさと洗って片付けた。そうして和美を軽々と抱き抱える。 「そういやオレンジ色のシャツがあったな。カズ、風呂上がりにそれ着ような」 「な、なんでだよ」 「今日はオレンジデーなんだろ?」  オレンジ色の布が残されていたシートにそのまま和美を座らせてシートベルトで固定をすると、荒城は嬉しそうにアクセルを踏み込んだ。

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