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第2話

この世界にはいつからか知らないが男女の区別以外に三つの性が発達し、独自の区別が出来ていた。 それがセンチネルと言われる五感に一際優れた能力者、ガイドと言われるセンチネルの能力を制御したりメンタルケアできる者。 そしてミュートと呼ばれる一般人だ。 センチネルとガイドは擁護するものとして各協会が、保護団体が出来た。 彼らはいずれかの団体などに属して訓練を受けねばならない。 訓練過程を卒業し、やっと社会の荒波に揉まれているのだ。 ガイドは国が保護し、丁寧に管理下におかれていた。 そしてセンチネルの元にはガイドが擁護協会から派遣で人を送っていた。 センチネル、ガイドにはスピリット・アニマルと言う彼らの守護霊的または妖精的なものがいる。 それは彼らには見えるがミュートには見えない。 杉石琢磨|杉石琢磨《すぎいしたくま》のスピリット・アニマルは一匹のオス猫ですでに成猫となっていた。 今、空中に浮かぶようにして安心した姿を見せている。 そんな姿を見せるのは嫁がいた時までだった。 だが、今すやすやと眠っている。 それは眼の前にいる青年の力によるものだろう。 杉石は自分の前に久しぶりに現れたスピリット・アニマルを見ながら青年に言葉を返した。 彼は悪いやつじゃないだろうと。 「……は、拾う? 」 「そう、オレとある事情から家に帰れなくて、おっさんの家にしばらく泊めてもらいたいなって。ほら、オレガイドだし、おっさんと波長が合うみたいだからさ? 」 「おっさんおっさん連呼はなあ、杉石琢磨だ」 「琢磨さん、ね。オレ、聡太|聡太《そうた》、起きたんならそろそろ退いてくんないかな、足痺れてきた」 「それは悪かったな……イテテ……っ」 杉石は体を起こすがチンピラたちに殴られた箇所が酷く痛み、蹲ってしまう。 聡太は彼の殴られた頬に手をかざして痛みを和らげようと僅かに治癒の力を使った。 腫れとか目に見える怪我や傷は治らないが、精神的苦痛は和らげることが出来る。 実際に痛みは引いたのか杉石はようやく口を普通に動かすことが出来た。 「痛みはこれで引いただろ、でも簡易的に癒やしたから治療とか手当てした方が良いな。琢磨さん、家どこ?」 「家は近くだけどな……拾うって言ってないぞ? 」 「だってあんだけ波長が合うんだから拾わない手はないだろ。ゾーン障害を抑えるために干渉したところ、他のガイドの力の片鱗も見えなかったし」 ガイドはガイド同士の連携を知る必要がある。 それは同じ人物のセンチネルを担当しないようにサーチ能力も備わっている。 だが、杉石のガイドは久しくいなかった。 だから引っかからなければ良いじゃないかと涼やかに、でも嫌を言わせない勢いで杉石の手を掴み、立たせる。 「いや、琢磨さん運がいいですよ、オレ最強のガイドなんですよねー。だから、オレがいれば百人力だからさ? 」 拾わない手はないだろ? と、挑戦するように聡太が杉石を自慢げに見て、杉石がうんと言うまで粘る姿勢を見せた。 「最強のガイドって……自分でいうか? まあ助けられたしな、メシでも奢るよ」 「え、その顔でメシ屋行くつもりか?相当酷いですよ、顔」 聡太はコートのポケットから小さなコンパクトミラーを取り出し、杉石に突きつけた。 なるほど瞼は赤く腫れ上がり、頬も熱を持ち膨らんでいて、店に行けるような顔つきでは到底なかった。 「あー、本当だな、これは入店出来ないわ」 「だから琢磨さんち、行きましょ。ここから近いんですよね? 」 洗練された仕草で鞄とビニル袋を手にした聡太は杉石に手を差し出す、その手を拒むことなく掴んだ彼は流されているなと苦笑した。 聡太は繋いだ手をきちんと握り、元いた公園から歩き出す。 「待て、場所わからんだろ」 「路地裏から出るんですよ、また変なやつらがこないとも限らないし」 ガラの悪いやつらはどこにでもいるから、と杉石を引っ張っていく聡太についていくしかなかった。 路地裏を出て、ホテルをキャンセルし、駅へと向かう。 そのころにはもう手は繋いでいなかったが、銀髪の彼は付かず離れずついてくる。 周囲の注目を一身に集めながらも何処吹く風で、女の子にキャーキャー言われるのも慣れているようだった。 だが、杉石は慣れない。 もっと遠く離れてくれと言えばオレを撒く気ですか?との返事と益々距離が近づいてしまった。 顔を怪我した冴えないおっさんと、この世の美を背負ったかのようなビスクドールのような青年の二人歩きはそれはもう注目しか浴びないだろう。 男も女も立ち止まり、ボーッとこちらを見る視線が痛くて杉石は聡太に、ちょうどきた電車に早く乗るように促した。 杉石の家は元職場のある街から五駅分先にある。 本当はもっと近いところが良かったのだが、この距離で妥協するしかなかった。 ちらりと会ったばかりの青年を見てみると彼は吊り革に掴まる。 杉石は出来れば遠くに行きたいのに、片手はまた繋がれていた為に自分もまた並んで吊り革に掴まった。 いつもならあっという間の五駅分が長く感じたのは初めてのことだった。 「琢磨さんはいつもこんな景色を見ていたんですね、たまにビルの間から空の青が覗いて綺麗だ」 「キレーなのはお前だろ、空なんていつも変わらないさ」 「サラッと口説いてる? なるほど琢磨さんはこの顔が好き、と」 「好きとかじゃなく、キレーなもんはキレイと言って何が悪いんだ? 」 「まあ、オレが綺麗なのは今に始まったことじゃないんで 」 その返しに、こうも嫌味なセリフなのに嫌味に感じないのは聡太の持つ涼やかな少し甘い声色もあるのかと杉石は思った。 「お前さんいくつなんだ? 若いのはわかるけど、まさか学生じゃないだろ」 「……ノーコメント」 聡太の格好はチャラく確かに若いが年齢不詳でもある。長いコートは細身の彼の体にあっていて、更に長身でもあるのでもしやモデルかとも思う。 ノーコメントと聡太は薄い唇の前で一本指を立ててみせる。 全ての仕草が様になるいい男だった。 流されているのを知りながらも不思議な美しい青年から意識が外せない自分もだいぶ甘ちゃんらしい。 恐らく彼でなかったら家まで知らせることすらしなかっただろう。 そう考えている間にも駅はあと一駅分になっていた。 ここから先は勾配が多少ある。 杉石は立ったままの足裏に力を込めた、だが突然電車が急カーブに差し掛かる。 杉石の体は思い切り聡太にぶつかってしまった。 だが、彼は難なく受け止めると片腕でそのまま杉石の体を腕の中に閉じ込めてしまう。 「そ、聡太! ? 前が見えな……」 「静かに、アナウンスが流れますよ」 『えー、当電車は進行方向に異物ありとの連絡が入りましたので緊急停止させていただきます。ただ今駅員が街頭場所に向かっておりますので、ご乗車の皆様方は申し訳ありませんが、電車の異常がわかり次第運行させていただきますのでもう暫くお待ちください。えーもう一度繰り返します……』 「らしいですよ、琢磨さん」 「分かったから離してくれないか……? 」 「琢磨さん小柄だな、良い匂いもする」 「それはお前さんじゃないか? さっきから甘い、いい匂いがしてるんだよ。それってコロンか何かか? 」 抱きしめられていると更に甘い匂いを嗅ぐことになる。 杉石はどうにか抱擁から逃れようと身を捩るも聡太に更に強く抱き締めてしまい、それは叶わなかった。 「どんな馬鹿力だよ……」 「琢磨さんは諦めるのが早いな、でも抵抗しようと思っても出来ないところ、可愛いな、無駄な抵抗で」 「……」 可愛いの言葉に杉石はこんなおっさんのどこが? と思うが見た目がハーフか彼は実は外人さんなのかもしれないと自分の頭の中でどうにか決着をつけた。 外人は日本人のことは大抵は可愛く見えるらしい。 それだからだと思い込む杉石の姿に聡太は相好を緩めた。 身長差があるが故にその柔らかな微笑みは誰にも見られることはなかったが。 暫くすると電車が動き出した。 思い切りガタンと揺れる揺らめきに耐えきれずに杉石は聡太のコートにしがみつき、事なきを得た。 「次で降りるからな」 「はあい」 聡太の返事は殊更に甘く杉石の耳に入り、杉石はコートを掴む指先に力を込める。 外国人の距離感だと思えば色々と耐えられた杉石は典型的な日本人だった。 開いたドアから多くの人とともに降り、ようやっと杉石はひとごこちついた。 自然羞恥で薄く赤く染まっていた顔に無造作に触れると途端に痛みが走った。 「いたた……っ」 そうだった、怪我してたんだったかと杉石は顔を顰める。 精神的な苦痛を取り除かれていた為、忘れていたのだった。 「ああ、早く手当しないと、琢磨さんちはどこで? 」 「こっちだ、駅からは近い」 顔を顰めつつ、杉石の先導で先を行けば聡太は大人しくついてきた。 徒歩十分圏内の杉石の借りてるアパートが見えてきた。 粗末で古い、オートロックなんざない昔の建物だった。 カンカンと階段を上がった先の二番目が彼の借りてる部屋である。 これまた古びた鍵を差し込み、ギイと音を立てて扉が開く。 杉石は立ち止まったままの聡太を中に押し込み、鍵をかけ、電気をつけた。 「なんというか……ちっさい。どこもかしこも狭いと言うか……」 「男やもめの一人暮らしには合ってる部屋なんだよ、救急箱持ってくるから」 「場所さえ教えて貰えば持ってきます、どこですか」 杉石が場所を告げ、疲れからベッドに横になると彼はきちんと救急箱を持ってきて、杉石の傍らに腰掛けた。 「顔を上げて、少し染みますから」 かたんと救急箱を開け、テキパキと治療していく彼の手先は素早かった。 染みますよと言われたが彼は能力を行使しながら手当をしていったらしく痛みは感じなかった。 「……ありがとな、助かった」 「二、三日もあれば腫れは引きますね、所でオレはどこに寝ればいい……? 」 そう言われて杉石は困ってしまう。 だが、もう疲れきっていて頭も働いていなく、一緒に寝ればいいと青年をベッドに引っ張りこみ、慌てる聡太は見ない振りをして杉石はやっと帰りついたベッドで充分に睡魔を迎えたのだった。 「え、琢磨さん! ? って、もう寝てる……」 残された聡太は慌てながらも彼の立てる心音に耳をすませて抱き締め返し、その音色に耳をすませていれば彼も眠りについたのだった。

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