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第7話
人々の喧騒の中、旭はめまいがしそうになりながら義直の手を握りしめ、市を巡っていた。蓆 の上に雑多に物がならんでいる店を冷やかし、楽しげな義直は人をうまくすり抜けていく。
「どうだ、すごいだろう」
歯を見せて言う義直は得意げで、旭の顔も緩んだ。
「なんだぁ。今日はまた、えらい別嬪さんを連れておるなぁ」
「からかうな。どうだ、具合は」
「良くも悪くもないがまぁ、去年よりはマシだな」
顔見知りらしい男が、気安く声をかけてきた。色浅黒く、盛り上がっている筋肉を誇示するような衣装を身に纏っている。彼の姿は、旭には御伽草子の鬼としか見えなかった。自然、緊張で握る手が強くなる。それに気づいた義直が、困ったように笑った。
「鳶丸 、あまり怖がらせるな」
「いつ、俺が怖がらせた」
「見た目と、大声だな。怖がるなというほうが、無理だろう」
「違いない」
豪快に笑うと、無造作に旭の頭を鳶丸が撫でる。
「じゃあな、ぼうず。変な輩にかどわかされないように、しっかりコイツについて行けよ」
ぶわ、と体が膨らむほどの驚きを示した旭にさらに笑い、鳶丸は仲間と思しき者に声をかけられ去って行った。
「驚いたか」
目を、口を大きく開いたままの旭を覗き込み、手を引いて人ごみをすり抜けた義直は瓜を一つ買い求め、市より少しはなれた場所にある草の上に坐した。立ち尽くしている旭に、隣に来るように促す。おそるおそる座った彼に、懐刀を取り出し瓜を割って半分を差し出した。
「喉が、渇いただろう」
言われてから、自分が乾いていたことに気付く。かぶりついた瓜は、今まで食べたことのあるどのようなものより
「旨い」
思わず漏れた声に目を細め、義直も瓜にかじりついた。
「市に来たのは、初めてだろう」
目線だけをあげると、頷かれた。
「俺のことを調べるために参り、俺から自分はどういう人間です、と言われても信用できるものではない。俺が、どのように過ごして居るか。どのような者とどのように関わりあって居るかを知れば、もっと俺がわかるだろう」
「だから、我を連れて出たのか」
「さあ、どうだろうな」
「どういうことだ。そう言ったではないか」
「ただ、おまえと来てみたかっただけかもしれん」
市に目を向けて言う義直の声は、遠い場所に向かっているようで、旭は視線の先を追った。皆、煤けていたり泥にまみれていたりするが、その笑みは宮中の何処にもない、心底からのものに思えて宝玉よりもまぶしく、貴く映る。
「木曾」
「義直でいい」
「義直、そなたは――」
「あら、こんなところにいい男がいると思ったら、義直じゃない」
艶めいた声が、旭の声をさえぎった。
「ああ。小松」
「今日はずいぶんと愛らしい方を連れていること」
女の笑みに生々しい性の躍動を感じ、旭はぞわりと総毛立った。それに気付いているのかいないのか、小松はしなだれかかる気色で義直に話しかける。
「今宵は堀川 知盛 殿のところに舞いに参るのだけれど、なにぶん物騒な世の中――どなたかが同道してくれるのならば、心強いのだけれどもねぇ」
「あのお方のところならば、権力争いに巻き込まれることもなし。無理強いをするという話も聞かぬ。何より、わけ隔てなく心安くすることを旨としておるそうだ。夜分に女ひとりを帰すこともあるまい」
女の香りを振りまいていた顔が、急に幼いふくれ面へと変わった。ちらりと旭に向けられた目が、悋気に燃えている。何故そのような顔をされるのかを理解する前に、とっさに気圧されまいと睨み返す旭と小松の間に入り、やんわりと義直がたしなめた。
「あまり子どもをからかうものではない」
その一言に小松は機嫌を直し、勝ち誇ったような顔をして旭を見下ろすと、再び艶のある顔で義直に別れを告げて去っていった。
「やれやれ。まったく、悪い奴ではないのだが」
「我は、子どもか」
おや、と義直の眉が持ち上がる。悪童の顔をして耳元で囁いた。
「おまえが子どもじゃないということは、俺が知っていれば十分だろう」
脳内をなぶられるような響きに、旭の芯が淫らな熱のくすぶりに疼く。
「そのような顔をされたら、往来であるのに欲しくなる」
「世迷言を」
「本当のことだ」
強い力で引かれ、手から瓜が落ちる。それに気を取られる旭のことなど構わずに、義直はずんずんと進み市を抜け、人気のない荒寺に入り込んだ。
「何を」
「世迷言ではないと、教えてやろうと思ってな」
低くひそやかな声に、旭の心は抵抗を失う。昨日の、手淫で与えられた甘やかなものと、力強くやわらかな腕の感覚を思い出し頬を染めた彼の耳朶に、義直の舌が這った。
「愛 いな」
「っ――」
強く目を閉じた旭をほぐすように、やわらかく顔中を唇が撫でていく。ほこりくさい堂の中で帯を解かれ、胸を撫でられ小さく震えた。
「名を、呼べぬのが惜しいが」
「んっ、ふ」
甘く、唇を吸われる。
「そのぶん、俺の名を呼んでくれ」
素肌を晒した義直が、着物を床に敷く。その上に裸にした旭を寝かせ、被さった。
「もっと、明るいところで乱れる姿を見たいのだが」
堂の中は、窓が少なく日の光があまり差し込んでこない。
「日中の中の暗闇と言うのもまた、良いものだな」
「っ、んぁ」
ちゅく、と義直が胸を吸う。わざとなのか、音を立てて旭の胸と戯れ指を這わせ、背中を撫で、腰を抱く。義直に触れられた箇所からじわりと生まれる波紋が重なり波となり、火照る体をどうすればよいのかわからない旭は、手も足も強く握り締めて体を強張らせた。
「そう、かたくなになるな。俺に全て――ゆだねればいい」
義直の手が旭の腕を自分の首に回す。それに従い、義直に縋りついた。
「あ、ぁふ、んぁ、ああ」
「ふふ――胸の実にしか触れておらぬのに、欲の果実はすっかり熟れてしまったな」
「ふっ、ぅあん」
きゅりと牡の先端を潰されて、旭の腰が浮いた。楽しげに喉を鳴らしながら、義直は旭の臍に舌をくぐらせ股間の繁みをまさぐり、存在を示すものを撫で上げながら溢れる蜜を指に絡める。
「は、ぁ、ああ、ぁあぅ、んふ」
腰を揺らめかせはじめた旭に目を細め、臍にあった舌を、熟れきり蜜を溢れさせる果実に移動させた。
「ひぁあ、ぁ、あぅ、ん、はぁ」
「先ほどの瓜よりもずっと、みずみずしい」
「なっ、ぁ、ああ――そん、ぁ、そんな、とこ、ろぁ」
姫との情事で、このようなことをされたことなどない。しゃぶり、吸われ、旭はめまいに耐えながら喘いだ。
「は、ぁあふ、んぁ、あぁあ」
「蜜が、止まらぬな」
うっとりとした義直の声すらも快楽の種となり、旭を昇らせる。あと少しで達せそうになった瞬間、刺激が消えた。
「ぁ――?」
うつろな目を向けると、何かを企んでいる顔で義直が見つめている。上体を起こされ、呆けている旭の目の前に指を突き出し、視線を導くように下ろした。
「ッ」
指につられた目が、義直の猛りきった男根を捉えた。
「して、くれないか」
びくり、と大きく震えたのは何故なのか。それを理解する前に、義直の落胆の吐息が落ちた。
「やはり、嫌か」
鼓動が脳を揺さぶるほどに強く響く。ごくりと唾を飲み込み、体を曲げておそるおそる唇を寄せて触れたものが、予想以上に熱くて思わず身を引いた。
「無理強いをするつもりはない。すまなかった」
「かまわぬ」
再び唇を寄せ、今度はそっと舌を這わせてみる。ぶるりと震えたそれに驚きつつも身を引くのを堪え、ぺちゃりぺちゃりと舐めていくと滲むものがあった。先端を口に含み、吸ってみる。
「ふっ」
短いが快楽を滲ませた義直の声に、旭の牡が呼応した。両手でしっかりと根元を掴み、夢中でそれを吸い、舌を絡め、唇で食んだ。
「んっ、はぁ――っ」
義直の声が蕩け始める。そのことに言いようのないふわふわと柔らかで温かなものが胸に浮かび、旭は夢中になってそれを続けた。
「ふ、――もう、限界だ」
乱暴に肩を押され、床に転がされる。驚く旭の足が高く持ち上げられ、尻を割られ、奥まった箇所に咲く花にぬめりを感じるのと同時に、股の間に顔を埋めている義直を見た。
「っ――な、何を、やめっ、やめよっ、ぁ」
人に触れられるべきではない場所に、義直の舌が触れている。そのことに慄 きながらも、旭の牡は嬉しそうに震え、蜜をこぼす。
「や、ぁ、ああ」
触れられている花弁が義直の舌を求めるように、ひくついている。その浅ましさに、旭は気を失いかけた。
「ぅう――」
「っ、待て――まだだ、まだ、もう少し堪えてくれ」
舌が離れ、今度は何かが埋め込まれた。
「ひっ、ぁあ、あ」
「俺は、おまえが欲しい。おまえは、どうだ」
「ふぅ、ぁ、ああ、わ、からぬ、ぅう」
「ならば、わからぬままでいい――今は、俺を求めてくれ」
その声があまりに悲痛で、旭は義直に向けて両腕を伸ばした。その指先に軽く口付けた義直は旭を抱き上げると、胸を吸いながら繋がる箇所を指で丹念に解す。
「はっ、ぁ、ああ――んっ、ぁあ」
「今から、ここで繋がるのだ……俺と、おまえが」
うっとりとした呟きに春日を含んだ真綿のようなぬくもりを感じ、旭は義直の頭を抱え込むように抱きしめる。自分でも制御しきれぬ感情が溢れ、旭は義直を求めた。
「ぁ、早く」
「可愛いことを言う」
義直の息が熱に掠れている。それが、至上の喜びのように思えた次の瞬間
「ひぎっ、ぁ、ああ――――ッ」
頭の先まで貫くような衝撃に、旭は悲鳴を上げながら仰け反った。
「はぁ、く、は――やはり、まだ、きつかった、か」
「はっ、ぁ、あふ、ぁふ、ぁあ」
肩で大きく息をしながら喘ぐ旭を慰めるように、背中を優しく叩きながら唇を寄せる。触れるだけの口付けを繰り返しながら、旭が落ち着くまで待った。
「繋がっているのが、わかるか」
言葉を出せず、あえぎながら頷く旭の瞳に涙が溢れる。それを舐めとり、義直は鼻先を重ねた。
「このまましばらく、こうしていよう」
「っ、ふ――」
優しい言葉に首を振る。旭とて、男とは初めてだが性経験はある。挿入する側が繋がった後どうしたいのか、どうなりたいのかは理解していた。このまま、繋がって動かないままなのは辛いだろう事も、想像できた。
「壊したくない」
再び、首を振った。
「あまり、可愛いことをしないでくれ」
何を言われているのかはわからないが、旭はただ首を振り、義直に体中で縋りつく。好きにして良いと、全身で訴えた。
「あまり、優しくは出来んぞ」
「っ――あぁ」
やわらかな口付けの後に、義直は旭が気を失うまで思うさま揺さぶり続け、あふれる想いを注ぎ込んだ。
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