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第14話
さやとも吹かない風を求めるように、旭は庭に降りて月を眺めていた。
どうして良いのかも、どうなりたいのかもわからないのであれば、それを知るために世の中を知ればいい。そうすると、決めた。嘆くだけならば、もう散々にした。どれほどそうしたとしても、何も変わらぬまま朽ちるだけだと気付いた。
「しがらみ、か」
自分の中に、これほど様々な感情があるとは思いも寄らなかった。ただ坐して時を過ごし、そういうものだと受け止めていたことをこなし、何かに惹かれることもなく、ゆるゆると身を委 ね続けていた自分が、これほど強く興味を示し求めることがあることに、旭はまだ戸惑いを抱えている。戸惑いを抱えながら、蠢 く自分を受け止めようとしていた。
「いっときの気の迷い、やもしれぬな」
今まで、自分の周りになかったものが――自分に向けられることのなかったものが珍しいだけ、と言われるかもしれない。落ち着いた今、義直と出会ってからの自分を振り向けば、そう言いたくもなる。けれど、そう片付けてしまう気にはなれなかった。
池のほとりにしゃがみ、手を伸ばして蓮の葉を一枚、沈めてみる。それはすぐに浮上して、なにごともなかったかのような顔をし、他の蓮の葉と並んだ。けれど葉上には先ほどよりも多く水が置かれ、小さな波がまだ少し残っている。このまましばらくすれば、この葉の上の水も波も消えて、ほかと変わりなくなるのだろう。けれど今は、ほんのわずかな差でしかないが、他の葉にはない水の重みが多く乗っている。そこに、月光が注がれていた。
「ふふ」
小さく笑い、立ち上がる。庭から上がろうと首を動かす目に、人影が止まった。身動きを忘れた旭の側に影が近づき、微笑む。
「昨日よりもずっと、体調がよさそうだ」
「我はまた、夢の中に居るのか」
義直の手の甲が、旭の頬に触れる。手が踊り、鼻に触れ、瞳に触れ、唇に触れ、一歩近づいた義直の唇が、旭の唇に触れた。
「夢には、させぬ」
「都合の良い――夢だ」
旭を抱き上げ、まっすぐ褥へと運び下ろす。
「俺へ書いた文も、夢で書いたのか」
「夢だ。全て――昨夜のことは何もかも、都合の良い」
「誰にとって」
「決まっておろう」
薄くゆがんだ唇を撫で、髪を梳き、抱きしめる。
「欲しい」
「ただでは、やれぬ」
旭の手がゆっくりと持ち上がり、義直の頬に触れた。
「義直と、交換でなら」
床に横になりながら唇が重なる。ちろりと舌先が唇に触れ、薄く開くと差し込まれた。
「ふっ、ん――――っ、は」
首に腕を回し、しがみつく旭の帯を解き、着物を寛げ素肌に掌を這わせる。
「どれほど、焦がれたか」
吐息のように呟いて、胸に唇を滑らせる。脇から中心まで唾液で線を描かれ、旭の肌が震えた。
「どれほど、この身を慈しみ、乱し、嗜虐 したいと願ったか」
「ぁ、ああっ」
強く乳首を噛まれ、悲鳴を上げる。歯型が付きそうなほどにされ、少し擦れた箇所を舐められ浮かんだ、かゆみとも傷みともつかないものの中に、ぞわりと甘い疼きが含まれる。
「童のように無邪気にたわむれ、はしゃぎ合いたいと、どれほど狂おしく求めたか」
「ひっ、ぁ、ああ」
義直の手が、立ち上がり始めた旭の男を掴んでいた。
「旭」
「ふっ、んっ、んぁ、あは――ぁ」
乱暴に擦られ、喘ぐ。人にそこをされることに慣れていない体はすぐに高ぶり、蜜をこぼし始めた。
「これほど素直な体が、もし他の者にと思うと身が裂ける気がした」
「ぁ、な、にを」
「上皇がいつ、旭にすら手を出すようになるのかと、不安でならなかった」
「ひっ、ぁあ、ああ」
小刻みに先走りを溢れさせる旭の腰が揺れる。
「達したいか」
「ふっ、ん、ぁは、ぁあ」
強くしがみつくと、手淫の速度が増した。
「はぁ、ぁっ、ぁああ、あっ、は、ぁあああっ」
脳内で何かがはじけ、義直の手の中で放つ。放ちながらも扱かれて、旭は腰をくねらせた。
「はっ、ぁあ、ん、ぁ、ぁあっ、ひ、ぁあう」
「淫らだな――俺と繋がった日より、自分でしてみたか。それとも、御所のいずこかの院で姫と睦いだか」
「ふぁ」
きゅ、と先端を指の腹でつぶされた。
「この果実を、俺以外の者に触らせたのか」
「ぁ、はぁああ」
口に含まれ、むしゃぶられ、旭の口からは嬌声のみがあふれ出る。義直の行為はまるで、問いに答えられたくないようであった。
「んっ――こんなに、はぁ、蜜をあふれさせ……淫らに舞う姿を人目に晒したのか」
「ぁはっ、ぁ、ふぁ、ぉふっ、ふ、ぁんぅう」
袋もしゃぶられ、指と口で乱され、全身をくねらせながら旭は啼き
「っ、ぁあああああ」
すぐに二度目の絶頂を迎えた。
「はぁ、は――ぁ」
気だるさにうつろな目を上げると、義直の顔があった。意地悪く笑んだ口が開かれ、どろりとした液体があふれる。それを掌で受け止めて見せられた。
「旭の、蜜だ」
カッと全身に熱が灯った。
「これで、解そう」
ちゅ、と音を立てて額に口付けられる。
「足を、開け」
それが何を意味するのか、旭は覚えている。顔を逸らし、硬く目を閉じてゆっくりと足を開くと視線を下肢に感じ、羞恥と期待に肌があわ立った。
ひたり、と濡れた指が菊花に触れる。下唇を噛むと、牡の先を撫でられた。
「ひぁっ」
「そうやって、声を出せばいい」
つぷと指先が差し込まれた。
「はっ、ぁ、ああ、あ」
「根元まで入っているのが、わかるか」
首を振ると、中の指が曲がりながら出入りを始めた。
「ふっ、ぁ、はっ、ぁ、あ」
「わかるだろう」
「んっ、んんっ、ん」
頷くと、褒めるように口付けられた。
「自分の手で足を抱え、広げられるか」
「えっ」
「膝に腕を回し、自分で持ち上げてくれ」
言われたことを理解するのに、数秒かかった。
「な――そ、そのようなこと」
促すように、有無を言わせぬ柔らかい顔を向けられる。
「誰も知らぬ、自分でも知らぬと思えるような淫らな姿を、見せてくれ」
肩をすぼませ躊躇う旭に、追い討ちをかける。
「俺の身を切るような告白を、夢だと思ったのだろう。ならば俺にも、夢だと思うほどのことを、してくれないか」
ごくりと唾を飲み込み、おそるおそる足を持ち上げる。膝の上に腕を通すと
「胸につくほどに」
と促された。
「ううっ」
消え去りたいほどの羞恥を押し殺し、腕に力を入れる。人目に晒されるはずのない箇所を自ら義直の目に映るようにしているのかと思うと、きゅうと肉壁が切なく動いた。
「よい、眺めだ」
「あぁ、は――ぁ、ふ」
ゆっくりと、繋がる箇所があやすように広げられる。じれったいほどの緩慢さに抗議をするように、旭の牡が時折跳ねた。その度に義直は体を折り、零れる蜜を吸った。
「はぁ、ぁ、あんっ」
「会えなかった時間をすべて、埋めてしまいたい」
「ふぁ、んっ」
指が増え、動きが変わる。擦りながら広げられ、時折爪を立てられて旭の胸の頂が痛いほどに硬く凝り震えていた。時折慰められる牡とは違い、うずくばかりのそこに、そっと指先で触れてみる。
「ふっ、ぁん」
甘くかすかな電流が下肢に向かって走り、内壁が収縮し義直の指の形をはっきりと感じた。
「旭――?」
はっとして、すぐに指を離す。咎められるのを待つ子どものような旭に、赦す親の顔をして鼻をあわせた。
「そういう乱れ方は、歓迎する」
「っ――ぅう」
「自分が誰かも忘れるくらい乱れ、俺に委ねればいい。俺の前では獣のように、快楽をただ貪ればいい」
唇が、ついばまれた。
「愛している」
ささやかれた言葉に、旭の深いところで大きく脈打つものがあった。
「あっ、ぁ、ああっあ、はぁあっ、あ、はんぅう」
急激に飢えを感じ、堰が切れたように官能の波が押し寄せる。押し流されそうになる不安に涙を滲ませる旭の目じりに口付け、耳元で囁いた。
「そのまま、淫蕩に興じればいい」
「はぁ、あっ、ぁああ」
どこもかしこももどかしく、狂おしい。腕を伸ばし縋りつき、ぴったりと義直に体を沿わせた。
「ふ、ぅううっ、んぅ、あぁ」
「旭、旭――」
「んぅう、ぁ、あふ、あぁあ」
耳元に注がれる名前だけが、自分が自分であることの証のように思われる。全身を義直に摺りつけ、髪を振り乱し、獣のように求めた旭は義直が注ぐ熱を感じながら、月に吼えた。
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