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第20話

 都の外。山寺へ向かう道の裾野にある庵に、旭は立っていた。勝手知ったる態で義直が先に入り、すべての窓を開けてから旭を招く。おそるおそる足を踏み入れると、小さな棚がある以外、人の住まうために入用なものは何も見当たらなかった。棚には、位牌とろうそく、野の花が乗っている。 「これは――」 「母だ」  さらりと言われすぎて、意味が理解できなかった。頭の中で反芻し、ようやくそれが何であるかを知り、旭の足はすくんだ。――位牌が、母ということは……。 「身罷(みまか)られたのか」 「御所を追われてしばらくしてからな」  ぞわ、と産毛が逆立つ。おもわず自分を抱きしめた旭を、義直が包んだ。おこりのように体が震え、止まらない。 「旭」  歯の根も合わなくなり、足元から崩れ落ちそうになりながら義直に縋った。――自分のせいで、義直の母も死んでいた。御所に居れば、そのようなことはなかったかもしれないのに。  ざわざわと、無数のクモが足元から這い登ってくるような嫌悪感に、息苦しさを覚えて震え喘ぐ旭を、義直が強く抱きしめる。 「どうした、旭」 「っ、は――はぁ、あっ、ああ」 「旭」  強く体を揺さぶられ、目を覗き込むように見つめられ、旭は顔をゆがませた。 「すまぬ」  一言、零れ落ちると後は堰が切れたように涙と懺悔があふれ出る。すまぬ、すまぬと繰り返す旭を、義直は強く抱きしめ、彼が落ち着くまで名を呼び続けた。  しばらくして、泣きつかれた旭が空洞のような顔で息をつくと、何故あやまると優しく問うた。何処も見ていない瞳のまま、ぽつりぽつりと旭が言う。 「我が生まれたゆえ、義直は、義直の母は御所を追われる苦しみを味おうた。我が生まれねば、他の子はすべて姫であったゆえ、帝になるのは義直であったのに。――――我が母もだ。我が生まれねば、呪詛死することはなかったのだ。我を産んだゆえ、恨まれ、夫である男にさえ恨まれ……狂い死んだ。上皇が狂うたのも、我が生まれたからだ。我が生まれねば、愛しいものと共に、今でも在れたものを…………森繁も我を恨んでいよう。我が居らねば、博雅の座におったは、森繁なのだから」 「旭」 「本当は、義直も我を恨んでおるのだろう……だからこうして、母君の位牌のもとへ我を連れ、罪を知らしめようと」 「旭ッ」  噛み付くように呼ばれ、旭の焦点が義直に合う。怒りと悲しみをない交ぜにした顔が、そこにはあった。 「誰が、そのような――いや、上皇か…………そんなことを、気に病んでいたのか」  苦しげに吐き出された声に、惑う。何故、義直が苦しんでいるのかがわからない。力の限り旭を抱きしめ苦しげに息を吐く義直の力が痛く、息がしづらいほど苦しいというのに、なぜか嬉しく感じた。――義直が、自分を求める強さに思えて。 「っは、ぁ」  けれど思わず漏れた息に気付き、慌てて義直が腕の力を緩める。その代わりと言うふうに、貪るように 「旭」  熱っぽく名を呼ばれ、唇を重ねられた。 「んぅうっ、ふ、んんっ、ふぁ、んっ、んっん」  角度を変え、深く深く重なり合う唇から漏れる息を奪われ、熱を呼び起こされる。義直に縋り、必死に応える旭の目じりに涙が滲んだ。それを舌で拭われ、帯を解かれる。 「ぁ――っ、は、あぁあ」  性急に握りこまれ擦られて、抑える間もなく声があふれた。首に、肩に、胸に、義直の唇が印を残していく。 「はっ、ぁ、ああ」 「旭――ッ、旭」  うわごとのように名を呼ばれ、応えるように喘いだ。 「あっ、ぁ、ああっ、は、よ、しな、お……ッ」  乱暴に昇らされた牡からは先走りがあふれ、それの助けを借りてすべりの良くなった義直の指が容赦なく責め立ててくる。 「ひっ、ぁ、ぁあっ、ぁ、あっは、ぁあっぁああっ」  あっけなく、義直の手の内で果てた旭は肩で荒い息を吐きながら、嗚咽した。 「ひっ、く、ぅう――」 「旭、旭……」  繰り返し名を呼ばれ、旭からその唇を唇で塞いだ。旭からの行為は初めてで、目を白黒させる義直に泣きながら旭が訴える。 「我は――ッ、我のせいで、そなたらを御所から追い出すことになった……ッ、なれど、なれど――ッ、わかっておるのに、義直が愛おしゅうてならぬのだ…………義直が愛おしいゆえ、我が義直から多くのものを奪ったことが――ッ、我が義直と母君を苦しめたことが、赦せぬのだ」  小さな子どものように泣きじゃくりながらの告白に、義直はゆっくりと驚きを喜びに変えていく。ふわりと絹で包むように抱きしめ、耳元に唇を寄せた。 「俺も、おまえが愛おしい。――覚えておらぬだろう。赤子のおまえを、弟だと見せられた。手を伸ばすと、俺の指を強く握り締めて笑ったことを、覚えておらぬだろう。そのとき俺が、なんとも言えぬ心地よい温かさに包まれたことを、知らぬだろう。歩けるようになったおまえが、俺の後をずっとついてまわっていたことを、覚えておらぬだろう。舌足らずに俺を呼び、全身を俺に預け、ころころと笑っていたおまえを、俺は心底愛おしいと思うた。ずっと、この手で守っていこうと、この手の内にずっと留めて誰にも渡すまいと、そう、思うた。だから、おまえが立太子すると聞いたとき、御所を追われるとなったとき、何の恨みもなかった。ただ、おまえを見守れる位置にいられぬことだけが、辛かった。だからこそ、身代わりを立てるという案に乗った。母は、それを拒否した。俺だけが似た背格好の者と入れ替わり、木曾家ゆかりの者として橘家へ引き取られ、育てられた」  一息つき、義直が旭の瞳に口付ける。まっすぐに瞳をあわせ、言葉は続く。 「母は、おまえの母君が身罷(みまか)られたことを自分の所為として、嘆き、はかなくなった。上皇は政を全て藤原博雅にまかせ、母と裏御所で過ごすつもりであったらしい。その計画の最中の訃報に嘆き、もう二度と皇子は授からぬと少年を(はべ)らせ狂ったように、乱れた。俺の前で痴態を繰り広げ、嘆き苦しむさまを、俺を通して母に見せつけるように。俺は、そんな上皇を哀れだと思った。旭――おまえは世を統べているのは上皇と藤原博雅だと思っているだろうが、実際は違う。上皇はただ、狂っていただけだ。それに都合の良い少年を、博雅が与えていた」  旭の脳裏に、痴態をさらす父と少年の姿が浮かぶ。 「あれは、あの少年達は、何処から」 「身分の低い公家や武家の子どもだ。ある程度の年になれば、元服の準備をするために上皇の元から下がる。上皇の寵愛を受けていたとなれば、使い道もある。目をかけてもらうことを願い、欲のあるものは見目麗しい息子を差し出す。今、上皇の傍に居る少年は――源家の三男だ」 「みな、もと」  それでは、あの六郎という少年は源平盛の弟ということなのだろうか。それとも、一族の中の少年というだけで、彼の弟ではないのだろうか。 「源家は、貪欲だ。喜んで少年を差し出す。――旭も、身には気をつけたほうがいい。御所の内部警護は、藤原家の息のかかった源家が仕切っているだろう」  瞬間、平盛に思いのたけをぶつけられたことを思い出す。あれも、そうだというのだろうか。 「なれど、義直の下へ我を導いたは、源家の者ぞ」  それには薄い笑みを浮かべただけで、義直は話を戻す。 「乱れた上皇は、旭――おまえにも痴態を見せた。おまえに帝であることの不自由を、見せ付けるように。そうしながら、何も感じず考えぬように育てた。――――そんなおまえを、俺は、見ていた」  口を突いて出そうな言葉が、形を成さない。旭は喉の奥から出ようとするたび形を失う言葉を、感情を、義直の声にかき消されたまま耳を傾ける。 「旭。おまえは、俺の唯一だ。痴態を見せ付けられ、傀儡のようになっているおまえを見、俺は、俺こそが旭をそのように乱したいと、父がおまえを辱めたいと言うたびに沸き起こっていた感情はそれなのだと、おまえが俺に会いに来たあの日に、気付いた。――おまえを俺だけの、俺の手の内のみの存在にできるならば、どのようなことも厭わぬと、思っている」 「義直」  やっと形に成った言葉は彼の名で、旭は自分が何を感じ、何を思っているのかがわからなくなっていた。愛おしいと告げた相手の言葉は、それに応える言葉だとは理解した。ずっと昔から、自分を想ってくれているのだと。けれど、あちらこちらに疑問がかかる棘があるような気がしてならない。ならないのに、それがどの部分かが分からなかった。 「愛している」  ささやきが、唇に被さる。それに応えながら、旭は位牌に目を向けた。静かに窓からの光を受けて、位牌が佇んでいる。その視線に気付いた義直も、顔を向けた。 「気になるか」  答えずに立ち上がり、位牌をまっすぐに見つめる。背中に、義直の視線を感じた。ゆっくりと、乱れた着物を床に落とし、振り向く。 「義直――触れさせてくれ。我の心のありかが、わからぬ」  迷い子のような旭の空気に、義直もすべてを床に落として、両手を広げた。手を伸ばし、唇に触れ、顎をなぞり、首を滑って胸に掌を添える。耳を心臓のあたりに沿え、鼓動を確かめた。規則正しい音が自分の心音と重なるまで聞き続け、目の前にある胸の実に唇を寄せる。そっと含み、ちゅうと吸ってから膝を折り、舌を肌に当てたまま降りた先に、義直の牡があった。そそり立つそれに手を沿え、唇を寄せる。 「っ――」  ひくりと反応した義直に、確かめるよう唇を押し付け舌を伸ばす。形をなぞるように丹念に舐めあげると、先端を口に含んだ。 「んっ、ん――んっ、ふ、んぅ」  口に含めるだけを含み、両手を添えて義直の欲が凝縮された箇所を慈しむ。義直の手が頭をなで、落ちる息が熱を帯びていくのを感じながら旭は懸命に奉仕した。 「んっ、ふ、んむっ、んっ、ん――んっ、ん」 「は、ぁ……旭、もう、いい」  肩を押され、顔を離された。目の前にある牡は痛そうなほどに張り詰めて、何故止められたのかが旭には理解できない。 「これ以上は、耐えられぬ」 「なに、が」  答えの代わりに床に転がされ、四つんばいにされた。尻を高く持ち上げられ、まだ何の準備もされていない菊花に口に含んでいたものの先端があてがわれる。 「解すものを、何も持っておらぬ――俺の子種で、繋がる準備をさせてくれ」 「ひんっ」  く、と先端が押し込まれた。痛くない程度に突き立てられ、背中に義直の体が被さる。 「このまま、動くなよ――準備もせぬまま貫けば、壊してしまう」 「ぁ、はっ、ぁ、ああ」  くんっ、くんっ、と先端が旭の菊花を小さく刺激する。その度にひくつく入り口は強請るように義直の鈴口から漏れるものを受け止めようと吸い付いた。それ以上深くならないよう気をつけながら自分を擦る義直の上がる息が旭の熱をあおり、彼の手も自慰を始める。 「はっ、ぁ、ああっ、あぁ」 「ふふ、愛らしいな――淫らで、()い」 「んはぁあっ」  義直の手が、旭の胸の実を捕らえた。くりくりと指の腹で潰すように捏ねられ、旭が自分を高める手を早める。 「旭、はっ――んっ、んっ、くぅうッ」 「ぁ、っ、は、ぁああああっ」  ど、く――――と義直の牡が大きな鼓動と共に旭の菊花に子種を注ぐ。それに押し出されるように、旭は床に放った。 「んっ、ぁ、はぁ」  吐き出したというのに、もどかしさが残っている。その為に腰をくねらせる旭のうなじに吸い付いて体を起こした義直は、注いだ菊花に指を差し入れた。 「はっ、ぁ、ああ――」 「今すぐにでも繋がりたいが、壊れてしまうからな」 「んっ、はっ、ぁ、あはっ、ぁ、んぁあっ、あ」 「ふふ、旭――腰が揺れておるぞ。心地よいか、このように、指に絡みついて」 「あっ、ぁあ、ひっ、ん、んぅう」  ぬくぬくと、義直の指が菊花を散らさぬように広げ、解していく。その度に跳ねる旭の牡からは、喜びの汁がほとばしった。 「こんなに赤く熟れて――旭」 「ひぃあっ、あっ、ぁう、ぁ、あ、あ、あああああっ」  歯型が付くほど強く尻を噛まれ、きゅうと収縮した内壁が義直の指を締め付ける。それにあわせて曲げられた指に促され、旭は大きく身震いをして爆ぜた。 「はぁ、旭――俺とおまえが離れがたいもの同士だと、母に伝えよう」  指が抜かれ、義直の牡が菊花に触れる。ゆっくりと覆いかぶさった義直が、旭の体を抱き起こしながら深く刺さった。 「はっ、ぁ、あぁあああああああ」  膝に乗せられる形になり、自分の体重も繋がる助けとなって、一気に根元まで飲み込んだ旭は天を仰ぎ大きく啼いた。その叫びを途切れさせまいと、義直は彼の腰を抱えて穿ちながら左右に揺らす。 「んはっ、ぁ、あぁあっ、はっ、ぁ、ああっ」 「ほら、旭――我が母に、見せよ。おまえがいかに淫らに俺を求めるか。俺がいかにおまえを乱すか」 「ひっ、ひんっ、ぁ、ああっ、あはっ、ひっ、あぅう」  義直の動きに合わせ、床に手を着いた旭は自らも腰を振る。その姿に唇を舐め、うなじに吸い付きながら胸の実をつまんで捏ねると、きゅうきゅうと肉壁が義直に絡みついた。 「ぁ、はぁ、あっ、あぅうっ、ん、はぁあ」 「くっ、はぁ――すごいな、もっていかれそうだ……ッ」 「はぁあっ、あんっ、あっ、あああっ、あっ、あ、ああああああっ」  くりゅ、と強く胸の実を摘まれて萎んだ内壁が義直の牡を絞る。 「くっ、ぅ」 「ひっ、あはぁあああっ」  どっ、と注がれたものを飲干しながら、旭は凝った全てを開放し、白く甘美な世界に全てを委ねた。  事後のまどろみを口付けで埋め尽くし、日の落ちる前に身支度を整えたふたりは位牌に挨拶をして庵を発った。馬上で義直の胸に身を預ける旭が、民の姿を目に移しながら呟く。 「この者らの生活の根源を作るのが朝廷の定める法であるなら、我も上皇もそれらを放棄していたことになる。何か事を起こし、博雅を追いやれば混乱をきたすゆえ、上皇は何も出来なかったと嘆いていた」  馬の足が緩まる。義直を見つめ、続けた。 「世の中を知らねば、そのようなことを気にせずに好きに振舞えたと。――なれど我は、何も出来ぬということはないと、思えるのだ」 「どういうことだ」 「少しずつ、変えてゆけばよい。博雅がいつまでも居られるわけではない。あやつの子が次に朝廷を牛耳ろうとするだろう。それを、させねば良い。悔やんでも過去が変わらぬのなら、先を変えてゆけば良い。だが、そうは思うても世の(ことわり)を知り始めた我には、どうして良いのかがわからぬ。わからぬが、我が生まれたことが罪を引き起こしたのであれば、同じことにならぬよう、罪を償う政をすることだけが、必要なことではないかと思えるのだ」  馬の足が、止まった。 「生きていても、良いのであれば」  夕日に、義直の笑みが映える。 「生きてもらわねば、俺が困る。俺が、なんとしても俗世で生きていようと思うたのは、おまえが居るからだ。旭」  とん、と旭の頭が義直の胸に落ちた。 「我も、義直と共に生きていたい」  呟くと、ぐん、と体に圧力がかかった。馬が駆け出したのだ。驚き顔を上げると、まっすぐに前を見た義直が獣のような顔をしていた。目を合わせずに、声だけが旭に向けられる。 「あまりにいじらしいことを言うから、喰らいたくなった。急ぎ屋敷に戻るぞ」 「っ――」  顔が熱くなる。なんと返事をして良いのかわからぬままに、振り落とされぬよう強く義直にしがみつき、胸に耳を当てて屋敷に戻るまで彼の鼓動の早さに、滲むような面映さを噛み締めた。

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