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第10話:家の外

朝、フィガロが起きるとボルテの姿は、無かった。 代わりに、皿には冷えたミルクと、冷えて固くなった肉が置かれていた。 そして、フィガロの首には銀色の紐?が結ばれていた。 家の中を散策して、ボルテがいない事を確認したフィガロは、洗面台の鏡を見て、叫びそうになっていた。 いやいや!!ナニコレ!!! 自分の首に、コインの入った革袋と、三つ編みにされた銀色の毛が結ばれている。 首にピッタリと結ばれているのを、丁寧にほどく。 「・・・これ、アイツの髪だよな?」 銀色で、手触りの良いそれは丁寧に三つ編みされて、質の良いリボンの様にも見えた。 「・・・捨てる訳にもいかないよなぁ。」 首から掛けて居る革袋に、仕舞い込むと少し窓を開け、獣化する。 とりあえず、服屋で服を買わないとな・・・。 ピョンと、窓の外から出ると見慣れたイースの街並みとは違った事に、フィガロは少しワクワクしていた。 凄い!!この白いの冷たい! 夢中で、道の横に積まれていた白い塊に両手でペチペチと叩けば、肉球の跡がポンポンと着く。 くっちっ。 うー、寒い。早く服屋見つけなきゃ・・・。 異世界から来る転移者の為、アニマは 4 大陸同じ言語表記に統一されていた。そのお蔭で、フィガロ も無事に服屋の看板を見つける事が出来たが、重量のある店のドアを開ける事が出来ずにいた。 困ったな。この恰好じゃドア開けれないし、かといって・・・裸で中には入れないよなぁ・・・。 店の陰で、頭を抱えながら居ると、ドアベルが鳴ったのが聞こえた。 !! 今だ! 中から出てきた客の足元をすり抜け、中に入るとそのまま試着室へと入り、獣化を解く。 「す、すいません!」 「え・・あ、はい! いらっしゃいませ。」 客を見送っていた店員が、いつの間にか試着室に居たフィガロの声に慌てて返事をする。 「あの、僕この街に来るのが初めてなので、服を選んで貰っても良いですか?」 「え・・ええ。良いですけど、サイズはどれくらいか、教えていただけますでしょうか。」 「あ・・・その・・。普通の男性のサイズで・・・。そのまま、ここに差し込んで頂けますか?」 「はぁ・・・。」 店員は、怪訝に思いつつも適当にシャツとズボンを持って、試着室の中へと差し入れる。 「お客様? サイズは如何でしょうか?」 「あ・・・あの、これよりもう少し小さいのって・・・。」 「・・・はぁ。そちらが、一般的なサイズなのですが・・・、一度出てきてもらえませんか?」 いつの間にか入り込んでいた、不信な客に店員の声が鋭くなっていた。仕方なく、試着室のカーテンを開けると、この大陸では見た事の無い小柄な獣人が中から出てきた。 「あ、あの・・・ズボンが大きすぎて・・・。」 「あらまぁ!!」 ぴょこんと、店員の耳が立ち上がったのに、フィガロも驚いて尻尾が太くなる。 「あらあら、ごめんねさいね。 そーね、貴方のサイズだと・・・ちょっと持ってくるわ。」 そう言って、カーテンを閉めてると、何枚かのシャツとズボンを差し込まれる。 その中で、一番サイズに合うものを選び試着室からでると、店員が側に駆け寄ってきた。 「良く似合ってるわ!」 「あ、ありがとうございます。これ、着ていきたいのですが・・・、あと靴と・・ぼ、帽子もありますか?」 その言葉に、店員が一瞬驚いたがすぐに何足かの靴と、暖かな帽子をいくつか持ってきてくれた。その中で、フィガロは歩きやすい靴を選び、耳が隠れても変じゃないものを選んだ。 「あ、あの、全部でいくらになりますか?」 色々と、試着し店内見回す余裕が出たフィガロは、この店がイースでは良い店になると気が付いた。 自分が今身に着けている服も、生地はしっかりとしていた。 首から下げてる革袋には、兄達に貰ったコインがそのまま残っているが、足りるか少し心配になっていた。 店員は、そんなフィガロの様子を見て。少し考えてから金額を口にした。 「そうだね、銀貨 1 枚って所かね?」 その言葉にあからさまにホッとした様子のフィガロに、店員は何も言わなかった。 「そしたら、これで・・・。ありがとうございます。」 トレイに、銀色のコインを一枚。 まだ、革袋にはコインが数枚。ホッとしながら、店を出ると、店員が声を掛けた。 「ねぇ、あんたここで暮らすなら、絶対に向こうの通りには行っちゃ駄目だからね!!」 「え?向こう・・・?」 店員の指差す方に、険しい山が見える。背筋がゾワリとし、コクリと頷いた。 その様子に満足したのか、店員は店の中へと入っていった。 服屋から、少し歩いただけでフィガロは色々な人に声を掛けられた。 イースでも、街を歩けば色々な罵声を浴びさせられる事はあったが、ココでは皆フィガロに暖かな声を掛けてくれた。 「おい、そこのボーズ! 腹減ってないか!?これでも食え!」 「え?」 「そこの坊や。 良かったらこれもお食べ。」 「け、結構です!!!!」 何人目か解らない位、この街の人はフィガロに何か食べ物を食べさせようとした。 訳が解らず、逃げた先で一人の女の子とぶつかってしまう。 「きゃ!」 「ご、ゴメン!!怪我してない?」 「うん! お兄ちゃんこそ大丈夫?」 ドンっとぶつかった女の子の頭上で、大きく長い耳が揺れた。 自分と同じ位の女の子の勢いに、よろけて尻餅をついたフィガロは、扉から出てきた獣人にびっくりして、声が出なかった。 「コラ!!! リサ!!! 大人しく店の奥にいなさい!!」 お腹の大きな母親が出てきて、目の前で女の子の首根っこを捕まえた。 「ん?あんた、見かけない顔だね。私はこの子の母親のナミってんだ。」 「え・・・あ、はい。」 おもむろに母親は、座り込んだままのフィガロの首根っこを、女の子と同じように掴み上げる。 「あんた、暇なら店の奥で子守りしておくれ。」 「え?!」 そう言って入ってきたのは、フィガロがイースで働いていた時よりも倍以上ある食事処だった。 バックヤードへと母親は入っていき、庭に繋がっている部屋へ、フィガロと女の子をおろした。 「リサ!そこの坊やと一緒に大人しくココにいなさい!後でお昼を持ってくるからいいね!!」 「え!?ちょ、ちょっと・・・。」 「はーい。」 ドアが閉められ、リサと呼ばれた女の子の方を見ると、窓際に設置されていたベビーベットを覗き込んでいた。側に近寄ると、中にはまだ、獣化したままの赤ちゃんが寝ていた。 「私、リサ。この子は、グリ。お兄ちゃんの名前はなんていうの?」 「え? あ、僕はフィガ…フィーだよ。」 「フィーガ?」 「えっ?あ・・・そうだよ。」 「よろしくね。リサね、ママのお手伝いしたいのに、忙しいから駄目って言うのよ。ずっとグリと一緒にいなきゃいけなくて つまらないの。お兄ちゃん、遊んでくれない?」 「え・・・えぇ。僕?」 「そう。だって、お兄ちゃん暇でしょ?」 「んー、暇というか・・・。」 言い淀むフィガロの声に反応したのか、グリがぐずりだす。その声に、リサは素早く反応した。 「お兄ちゃん、ママの所からミルク貰ってきて!! !私は、おむつ替えるから!!」 「え?! わ、解った。」 急いで、バックヤードを抜けリサの母の元へ行くと、丁度昼時に差し掛かったのか、空席が次々と埋 まっていた。その間を、ちょこまかと大きなお腹を揺らしながら、ナミはオーダーを取っていた。 その様子に、フィガロは思わず言ってしまった。 「あ、あの! 僕がオーダー取るので、グリちゃんにミルクあげてください。」 「あら、良いのかい?」 「は、はい。 メニューが解らないので、言われたモノを書くしか出来ませんけど・・・。」 「あー、昼のメニューは 2 つしか無いから! 悪いけど頼んだよ!」 ペンとメモをナミから受け取ると、フィガロは次から次へと入ってくる客を席に案内し、メニューを聞いて行った。 「すいません! 3番、4 番さん A ランチ! 5 番、7 番が B ランチです!!」 厨房にオーダーを通すと、グラスに水を入れ、席へと置いてく。 「おー、なんだ? 坊主、新顔か?」 「え、あ・・・はい!」 常連客に声を掛けられ、イースでの出来事が一瞬脳裏を過り、フィガロの身体が固まる。 「そーか!! !頑張れよ!!」 「は・・はい!」 「オレ、A ランチな。」あっさりとオーダーを告げられ、常連客はフィガロから手にしていた新聞へ と興味を移していた。 え?そ、それだけ? イースでは、フィガロがオーダーを取りに行くと、会話を延ばされ、水を置こうとすれば手を握られ。 横を通れば、尻を撫でられる。それが、あっさりとオーダーを言われ、話掛けられても皆が「頑張れよ」と労ってくれたのだった。 た、楽しい!! 「おい! 出来たぞ!」 「は、はい!!」 「こっちが、A でこっちが B だ。」 厨房から、ナミよりも更に大きなコック服を着たウサギ獣人が、顔を出して、料理の説明をする。 A がフライで B が煮込みか。 ってか、皿・・・でか!! 思わず、食器の大きさに持てるかな? と心配になると、フィガロの左の方を指差した。 「カウンター横のワゴン使え」 「!! かしこまりました!!」 「慌てるな。落す方が困るからな!」 そう言うと、残りのオーダーを手に、厨房へと引っ込んで行く。 ワゴンで 3 往復する頃には、大分客足も収まっていた。 「ありがとうございました!」 最後の客を見送り、プレートをひっくり返し、中に入ると。 カウンターにフライと煮込みの乗った皿が置かれていた。オーダーミスかと慌ててフィガロが駆け寄れば、レジに出ていたコック服の獣人が、手招きをしてフィガロを呼ぶ。 「ご苦労さん! 坊主、食っていけ。」 「え! 良いんですか?」 「ああ、あとこれは今日の駄賃だ。」 そう言って、フィガロの手に銅貨が 3 枚。 イースでは、フィガロは月に銅貨 20 枚しか貰えなかった。それが、ほんの数時間で銅貨 3 枚。フィガロは、それでも貰えるだけマシだと言われ続け、搾取されている事に気がついていなかった。 「こ、こんなに貰えないです!!」 「坊主、何、言ってんだ? むしろ、これぐらいしか渡せなくて申し訳ねぇ。その代わり、賄いつきだから許してくれよな!」 「あ、ありがとうございます!!」 「あー、お兄ちゃん、ここに居た!!」 バックヤードから、リサが走ってくるとフィガロに勢い良く抱き着いた。よろけつつも、抱きついて来たリサをしっかりと抱き止めた。「もー!お兄ちゃんが居ないから、ずっとママとグリの三人で過ごしたのよ!」と怒っている様な口調でフィガロに話してたリサだったが、その口元は嬉しそうにずっと弧を描いていた。 あとから、腕にグリを抱いたナミが、入ってくるとコック服の獣人が、グリを腕に抱きあげた。この二人は夫婦だったらしく、コック服の獣人は「ラビ」と名乗った。 「あんた、フィーガって言うんだって? 良かったら、当分私の代わりに昼時だけでも働かないか い?」 「えッ?」 「私も、そろそろお産の準備もしなきゃいけないし。たいした賃金は出せないけど、賄いは保障するからさ。」 「ああ、そうだな。オレからも、坊主が嫌じゃなかったら頼みたい。」 「で、でも・・・僕みたいな獣人・・・、迷惑じゃ。」 「なーに言ってんのよ! そんな細腕で、あの量を捌いてくれる子が迷惑な訳無いでしょ!」 ぐりぐりと、フィガロの頭をナミが撫でながら、4 人掛けの席へと腰掛ける。 いつの間にか、ラビが人数分の賄いを用意していた。 「そ、それなら・・・。よろしくお願いいたします!!」 久しぶりの労働に、フィガロのお腹がグゥッとなると、ナミ達はニカっと笑い4人仲良く賄いを食べたのだった。

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