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第14話:兎まい亭

食事処兎まい亭。 住居と隣接するレンガ作りの店は、ビックラビットの夫婦が長年あの場所で切り盛りしていた。 北の外れから一本の大きな通り。その終わりに位置する食事処。 その為、客は大陸を移動してきた獣人も多かったが、ナミの夫であるラビは元国境警備隊だった。第六次魔獣大討伐で、ラビは多くの部下を亡くした事で隊を辞め、今はこの食事処のキッチンで料理を振る舞っていた。 最初は、家族で切り盛りしていたが、徐々に手が足りなくなり迷い込んで来た獣人達を保護し、希望する獣人には仕事を斡旋していた。 今では、キッチンに1人。ナミの代わりの給仕に2人。 過去に迷いたどりついた獣人達の中には、番を見つけた者や別の大陸で探されていた者もいたが、多くは孤児だった為ある程度の資金が出来たら別の大陸へと移動する者も少なくは無かった。兎まい亭に来るノーザの常連にも、その事は周知の事実であり。時に、常連達がこの店に連れてくる事も有った。 そんな兎まい亭に、新しい従業員が増えた。 黒髪に三角耳に黒く細長い尻尾。その体格は、ノーザの獣人よりも小柄で、ナミの娘リサと同じくらいだった。その姿に、最初ナミは移動してきた獣人の子供が迷子だと思い声を掛けたのだった。 賄いを食べながら、フィガロはナミ達に改めて自己紹介をしていた。 「え?! フィーガ、あんた成人してるかい!」 「え・・・あ、はい。」 このアニマは、4大陸共通で20歳を成人とし、どんなに小さな個体でも成獣とされた。 ぱっと見、あまりリサと変わらない体格のフィガロにナミ達は驚きが隠せなかった。 「てっきり、リサとそんなに変わらないのかと思ったよ。」 「えっ・・・」 隣に座っているリサをフィガロは見た。 リサは長い耳を揺らしながら、フォークでなかなか刺さらない豆と戦っていた。 フィガロとリサは頭一つ分くらいの差だった。 「・・・リサは、幾つ?」 「えーっとねぇ、リサは5歳になったの〜。」 「・・・5歳。」 「まぁ、うちらビックラビットはこの大陸でも大きな個体だからね。」 「そうなんですね。僕、イースから出たことなくて・・・。だから・・・その、本当に僕なんか迷惑じゃないでしょうか?」 「なーに、いってんのよ。ちゃんと成人してて、仕事もバッチリできるんだ。それにこっちから頼んでるんだ。それに、何かあればラビがいるしね!」 ナミが、隣に座っていたラビの背中をバンッと叩いたが、ラビは慣れているのか動じることなく頷いきながら、プレートの上のご飯を食べていた。 フィガロの方を、一瞥するとまたゆっくりと頷いた。 「よ、よろしくお願いします。」 ぺこりと下げたフィガロの頭上で、パタタと三角の耳が動く。 ナミもラビもその様子に思わず目尻が下がる。 最初、帽子を取りたがらなかったフィガロだったが、ぐずったグリを抱き上げた時に、取られてしまったのだった。 ノーザでは珍しい色の耳だったが、ナミ達は何も言わなかった。 むしろ、自身の子供と変わらない身体付きでテキパキと一生懸命に仕事をこなす姿に、短時間の事とはいえ、好感しかナミ達は持っていなかった。それに、加えてフィガロの容姿は、庇護欲をくすぐった。 「ああ、また明日。よろしくね!」 角を曲がり姿が見えなくなるまで、フィガロを店先で見送ったナミとリサに、巡回中のグリズがやってきた。 「ヨォ、なんか新しいの雇ったんだって?」 「あら、グリズ。随分と耳が早いのね。」 「たまたまな。で、訳ありな感じか?」 「・・・あんた、昼は食べたかい?まだなら、中に入んな。」 「それは、ありがたい。 丁度食べ損ねたとこだったんだ。」 「ラビ、グリズにランチの残りでも出してやって。リサは、私と一緒にグリに絵本でも読もうか。」 カウンターにグリズを案内して、ナミは子供達とバックヤードの方へと移動していった。 「リサもでかくなってきたな。」 「ああ、来月には姉になるから今から張り切ってる。」 「そうか・・・、そんなところに大丈夫なのか?」 カウンターに座ったグリズの前に、水とディナー様に仕込みをしていた肉のプレートが出される。 「・・・ああ、問題ない。 それに・・。」 肉にかぶりつこうとしていた、グリズの腕にラビが鼻を近づけた。 「・・・似たような匂いがしてたな。」 「え?オレ???」 「・・・いや、お前じゃない。」 カチャカチャと、器用に肉を切り分けながら口に運びながら、キッチンの入り口に寄り掛かったラビを見る。 警備隊にいた頃よりも、一回りは大きくなっているラビの体に、グリズは心底感心する。 「ふーん。まぁ、お前が大丈夫って言うなら、問題ないだろうな。で、そいつ名はなんて?」 「フィーガと言った。それに、最近イースから、ここに来たらしい。」 「へー・・・フィーガねぇ・・・。ん・・・、フィー・・・ガ・・・?」 その名前に、今朝の出来事を思い出す。 「なぁ、ラビ。そのフィーガってのは、毛並みは黒いのか?」 「ん?なんだ、知っていたのか? ああ、思い出した!! お前のとこにいる奴の匂いか。」 「ゴフッツ!!」 「なっ! お、おい、大丈夫か?!」 普段、あまり感情を出さない男が思いっきりむせこみ、ラビは驚いた。 「ゲホッ、だ、大丈夫だ・・・。いちを・・・まだ、そうと決まった訳じゃないんだが・・・、その・・・だな・・・・・。」 なぜか言いにくそうにし始めたグリズの背中がバンっと叩かれる。 「うおっ!!」 「なーに、デカい図体でもじもじしてんだよ! ラビ、あの子、何か問題でも有ったのかい?」 「いや・・・、こいつが急にモジモジし始めただけだ。」 「へぇ・・・。グリズ! さっさと、言いな!!」 グリズの肩がミシッと掴まれる。 徐々に、食い込んでくる指に、グリズが声を張り上げた。 「は、はい!!! 多分ですが、そのフィーガは、第二隊副隊長ボルテの「家篭り」の相手かと思います!!」 「えっ?」 「いや・・・もしかしたら、もしかして・・・なので、確証はないんだが・・・。」 「ちょ・・・、ボルテって、あの銀髪の坊やかい?」 「まだ、本人からちゃんと聞いたわけではないんですが・・・、今日隊に出てきたボルテの奴が、あの髪を「フィー」にあげたと、言ってたそうで・・・。」 「フィー・・・か。確かに、フィーガなら、愛称がフィーでも・・・。」 ラビがそう零すと、グリズもナミも黙り込む。 ラビはあまりボルテとは認識はなかったが、ナミは奥様コミュニティーで毎日の様に、ボルテの話題は耳にしていた。最近は「家篭り」の相手は居ないのかと、常に話題に上がり、中には本気で娘の婿に欲しいと言うのもいた。 そんな、ボルテの「家篭り」の相手がフィーガかもしれない? その事に、ナミはさっきまで一緒に食事をしていた、フィーガの様子を思い出してみる。 「うわぁ! 僕、こんなに美味しい肉団子初めて食べました!」 「肉団子じゃないよー、これはバーグっていうんだよ〜。」 「へー、そうなんだ! リサ、教えてくれてありがとう。」 そう言って、リサの頬についたソースをナプキンでフィガロが拭ってあげる。 「ふふ、フィーガもありがと。」 「どういたしまして。んー、この付け合わせの野菜もおいし〜」 ほっぺを抑えながら一口一口を感激して食べる姿に、ナミとラビはくすぐったい気持ちになっていた。フヨフヨっと、フィーガの後ろで感情のまま揺れる黒い尻尾にもナミは好感が持てた。 ・・・うーん、悪い気はしないわね。 「それなら、私がその子のことは監視しておくから、安心しな。」 「ナ、ナミ・・・お前。自分が臨月間近なのわかっているのか?」 「わかってるわよ! そもそも、あの子に私がどうにかされると思う?下手するとリサにだって負けそうだったじゃない。」 「・・・そうだな。」 「おいおい・・・、2人とも。まだ、ボルテの相手とも決まってないんだ。迷い人だったら保護してやらないとだし・・・。まぁ、一度、そのフィーガに会いに来るよ。もし、ボルテの一方的な想いで、拗れでもしたら・・・」 グリズのその言葉に、ナミもラビも静かに頷いた。

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