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第17話:フィガロの兄
「フィガロは、まだ着かないのか?!」
バンっと店の扉を勢いよく入って来た獣人の今週に入って何度目かのセリフに、店の従業員も静かに、首を振っただけだった。
あの日、挨拶もなくフィガロは旅立ったんだと兄妹達は、寂しくも思ったがサウザにつけば、また兄妹と番い達とで暮らせると思っていた。その為に、イースに戻ってすぐ旅立つ事にしたのだった。
通達を受ける前から、薄々フィガロが第一部隊隊長に目をつけられた事に、気が付いていた。
第一部隊長の血統筋に統治者と列なる者がいる事で、彼の悪癖は問題になることは無かった。
中には、その恩恵を受けようと猫獣人を差し出す里親や孤児院も少なからずあった。
けれど、フィガロの兄妹は違った。
フィガロを差し出して、安全な部隊に行きたいとも、広い部屋で暮らしたとも兄妹達は考える事は無かったのだが、段々と隊内での空気が悪くなってたのだった。
あの日、洗濯場にフィガロの様子を見に行こうとしたトネリは、同じ隊の犬獣人に声をかけられたのだった。
「よー、トネリ!!」
「悪い、ちょっと急いでるんだ・・・。オイ。」
「ああ、今、あの方が来てるんだろ。」
「・・・だったら、そこを退いてくれないか。」
「あー、それは出来ねぇ相談だな。それに、お前も可愛い弟くんの喘ぎ声なんか聞きたくないんじゃないのか?」
「!! お、お前!!」
「まぁまぁ!! 弟くんがすこーし我慢すれば、お前達の暮らしも良くなるんだしさぁ・・・って、なっ!!!」
ドカッ!!
トネリに殴られ、その場に座り込んだ犬獣人を睨みつける。
「お前、何を知ってるんだ!!?」
「あはは!!なんも知らねーのはお前ら兄妹だけだぜ!!なんで、今日ネロウが買い出しに駆り出されてると思うんだ? ロマも、普段なら誘われないお茶会に参加させられたと思うんだ?」
「!!」
「お前も、のんびり任務をこなせばいいものを・・・。」
「なっ!!」
その日、初めてフィガロの情報が売られていた事を知ったのだった。
それも隊ぐるみで。
だから、部屋に戻ってきたフィガロの様子を聞いて、涙が出た。
家族以外の前で、獣化する事を子供の頃から言い聞かされていたフィガロは父や母が亡くなった時ですら、感情のまま獣化することは無かった。少しでも、家族の役に立とうと読み書きの勉強に家事を誰よりも必死に覚え、家族のために尽くした。それを、兄妹は当たり前だと受け取ることはなかった。
通達を受けた時、フィガロには伝えなかったがロマには最後の別れになる覚悟をしてほしいと伝え、昔の伝手を頼らせた。だから、生きてまた兄妹で食事を出来た事に油断していた。
討伐に出て早々に、ネロウと2人。
隊に見捨てられ、魔獣の囮にされたが、運よく別大陸の部隊に助けられた。そのまま、救援部隊に治療をしてもらう事が出来たのだった。
そこで、番を見つける事が出来たのは運命だとネロウもトネリも感じていた。
その番に、第一部隊長の側近が最近、市内で大量の薬を手配していたとネロウに教えたのだった。その薬がなんだったのかまでは、解らなかったがその話を聞いて、ネロウ達はサウザへ行く事を決めたのだった。たとえ、フィガロが引っ越す事を嫌がったとしても、あの場所からは引っ越させるつもりだった。
ただ、一緒に連れて行く事は出来なかった。
一緒に連れて行く事で、自分たちがフィガロの足手纏いになるのは目に見えていた。
ほぼ見えていないネロウの左目。物を握ることの出来ないトネリの左腕。これらは、魔獣に襲われた時、魔獣に紛れて黒い影に襲われたものだった・・・。
その事は別部隊には一切話す事はなかった。
その対価なのか、出された見舞金は見たこともない額だった。
その半分をフィガロに持たせた。
万が一、サウザに行く前に馬車を下されても、たどり着ける額なはずだった。
「なぁ、トネリ。こう言っちゃ悪いんだが、そのフィガロって子、魔獣の被害にあったりするんじゃないのか?」
「・・・いや、それはあり得ないと思う。」
カウンターに座ったトネリの前に、カウミルクが出される。
「なんで、言い切れるんだ?」
「魔獣の情報は、常に番から入るから・・・。」
「ああ、そうか。お前さんのところは、隊の救援部隊だったか。」
頷きながら、カップをもつトネリに、店の従業員も納得してカウンターから離れていった。
従業員の言葉に、トネリはイースからノーザへ向かう途中の小さな村が魔獣に襲われた情報を思いだした。
確か、丁度「家篭り」の物資調達に出てた、ノーザの国境警備隊が、単独討伐したんだよな。
まさか、その時の馬車に?
それなら、隊伝に情報が入るか・・・。
何より、ノーザとサウザだと、乗る馬車が正反対だよな・・・。
それに・・・。
チラリと店の外の気配を伺えば、自分達を襲った者と同じ気配をうっすらと感じていた。
あいつらが居るって事は、フィガロはどこかで生きているって事だろな。
「・・・はぁ・・・、フィガロのやつ・・・一体、何してんだろうな。」
トネリは、ミルクを一気に飲み干し、カウンターにコインを置いて店を出た。
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