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第18話:兎まい亭・初日
「おはようございます。ナミさん、今日からよろしくお願いします。」
「あら、フィーガ。おはよう。随分、早くきてくれたのね。」
店先を掃除してたナミが、フィガロに手を振る。
「ちょっと、チーズとパンを買いに行きたかったんで・・・お店を教えてもらえませんか?」
「チーズとパン?」
「はい。今朝・・、ちょっと多く食べちゃったんで、帰って来る前に買いたくて・・・。」
「帰ってくる・・・前って・・・」
フィガロのその言葉に、ナミは昨日グリズが言った事を思いだす。
「ああ! それなら帰りにラビに焼かせておくから持って帰りさないな。」
「えっ・・・いいんですか?」
「良いわよ〜。あと、そうね・・・このあたりなら、3つ角の先にあるパン屋かしら。」
「? そこが美味しいですか?」
「好みなパンのはずよ。」
「へー、そしたら今度そこに行ってみます。」
「そうするといいわよ。あと、チーズは2つ先の店が、カウチーズ。その先の店は、ギーとマトのチーズを扱ってるわよ。」
「なるほど・・・。ちなみになんですが・・・、この辺りだといくらぐらいなんですか?」
「ん・・・あぁ! フィーガは他所から来たんだわね。ノーザは酪農が盛んだから色々な家畜魔獣が育てられてるのよ。だから、イースやサウザよりは安いはずよ。」
「!!そうなんですね! あ、あの・・・僕、こっちにきてカウミルクを毎日出してもらってて・・・。ちょっと安心しました。」
「あら〜♡」
(ボルテは国境警備隊の出世頭なのに、この子はあてにしてないのね。しかし、毎日カウミルクなのねぇ・・・。)
チラリとナミはフィガロの体を見た。
ナミの子供よりも小柄で、ほっそりとした体。
(確かに、カウミルクで栄養つけさせたくなるわね・・・。)
「?? ナミさん?」
「なんでもないよ。チーズを買うなら、今日の分、先渡しするかい?」
「えっ!!?? そんな事・・・!!!?」
「そりゃ、あんた手持ちが無いんだったら、先渡しだってしてあげるわよ!」
「・・・あ、ありがとうございます。」
「なら、ちょっと待って・・・」
「! あ、あの・・・」
店の中へ入ろうとした、ナミの手を思わず掴んだフィガロの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。その様子に、ナミの動きが止まる。
「あのお金はあるんで・・・大丈夫です!! その・・・そう言ってもらえたのが嬉しくて・・・。」
「そ、そうかい。」
そう言ってナミに抱きしめられる。
「ナミさん?」
「ゆっくり買い物しておいで。」
「・・・はい、ありがとうございます。」
ぎゅっとナミを抱きしめ返し、フィガロは迷わずカウチーズの店へと向かっていった。
フィガロの黒く細長い尻尾が、嬉しそうに揺れてるのを見送りながら、ナミは店先の掃除を再開しようとして、中からラビに声をかけられた。
「・・・パンは食パンでいいのか?」
「あら、聞いてたの? そうねぇ・・・、3種類位焼いてあげて。」
その言葉にラビは一つ頷いて厨房へと戻っていった。
フィガロは、ナミに教えられた店でも驚愕の連発だった。
「!! うぁ!すごい!! え!!や、安い!!!!」
「おや、見かけない顔だな・・・。」
ショーウィンドウの後ろから、若い山羊獣人が顔をだし、思わずフィガロの尻尾がピンとはねる。帽子の中で、耳がピョコピョコっと動いた。山羊獣人はその見かけない容姿に、ピンときた。
「あー、あんたナミのとこの新人か。毎度、うちのはどれも新鮮だよ。こっちのは、今朝できたばかりので、こっちは熟成させたやつ。焼くなら、こっちの方が濃厚だぜ。」
説明しながら、ピックに刺した一口大のチーズをフィガロに手渡す。
「え・・あ、あの。」
「味見だよ! あんた、うちのチーズ、食べたことないだろ?」
「あ・・・はい。ありがとう ございます。 うぁ! 美味しい!!」
思わず、ペロリと口の端を舐めてしまう。その仕草に、山羊獣人は一瞬ドッキとする。
「あ、あのこのチーズと、あと焼いてパンにのせたいんですけど・・・。」
「ああ、ならこっちだ。」
「ありがとうございます。全部でいくらですか?」
「銅貨1枚だよ。」
フィガロが首からぶら下げていた革袋を出そうとして、山羊獣人の眼がギョッとする。
細っそりとしたフィガロの首に、銀色のリボンが見え、うっすらと匂う香りに、山羊獣人はさっきドッキとした事を後悔した。さっさと商品を、紙袋に入れフィガロに手渡した。
それでも、帰り側には「気に入ったら、また買いに来てよ。」と声をかけていた。
「はい! 有難うございます。」
フィガロの耳がピョコピョコっと動いたのが、帽子をかぶっていてもわかった。
(あぁー、こんな可愛いのに・・・あいつの相手なのかぁ。)
角を曲がっていくフィガロの背中を、見送りながら山羊獣人はため息を漏らした。
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