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第21話:違う匂い。

カタン。 フィガロは開けておいた窓から、中に入ると一度獣化を解き、窓の外に置いた荷物を部屋の中には入れる。 ボルテが家篭り中に家の中を案内してくれたときに見つけたストックルームの環境窓は、通りの裏に面し、開けっぱなしにしても問題の無い程度にしか開かず、鍵もついていなかった。 そこから、フィガロは出入りする事にしたのだった。 ストックルームの隅に、靴や着替えを隠しその上に、ボルテの荷物をおいた。 「よし。 あとは、買ってきたチーズとパンも混ぜてと・・・。」 ぐぅぅぅ・・・。 ・・・、少し食べても大丈夫かな? しまおうとしたチーズを少しつまみながら、部屋の中をフィガロは探検する。 ボルテに家の中を案内されたとはいえ、獣化した状態で腕の中からみる景色と獣人の姿では大分印象が違った。台所、風呂場、寝室、ストックルーム・・・、どれもイースで兄妹で暮らして居た部屋よりも広かった。 獣化してたから、広かった訳じゃなかったんだな。 誰もいなかった部屋は、ヒンヤリと冷えていた。 フィガロは、部屋の暖炉の魔石をつける。 朝、寒そうにしていたフィーにルテは暖炉をつけっぱなしにして出ていってくれていたが、フィガロは自分が外に出ている間は、消して出て行ったのだ。 しばらくして、部屋が暖かくなってきた頃、着ていた服をしまい、フィガロは獣化した。 「フィー、ただいま〜!!」 「うにゃ!」 玄関のほうから、聞こえた声に少し慌ててフィガロは顔を出した。 「今日は起きててたんだね。」 抱えていた本を、下ろしてボルテはフィガロを抱き上げようとした。 「う・・・にゃ・・・しゃーーーーーーー!!!!!!!」 「えっ!? フィー???」  急に威嚇音を出したフィガロに、抱き上げようとしたまま固まってしまったボルテに、フィガロは猫パンチを繰り出した。 パシッつ 「ふ、フィー!?」 「シャー!!」 「ど、どうしたの? フィー?? なんで???」 再度、抱き上げようと伸ばした手に、フィガロの猫パンチが止まらない。 「・・・あ!! ちょっと、待ってて。」 バサっと上着を脱ぎ、玄関の外で振り払う。 そのまま、ボルテは風呂場へと向かった。 「フィー、おいで〜。」 「・・・。」 「フィー。お風呂、用意出来てるよ〜。」 「・・・うな。」 少し開けられた扉から、中をのぞくとホコホコとした湯気とボルテの匂いがした。 そのまま、湯船の方まで進むと、ゆっくりと抱き上げられ、お湯の入った桶の中に入れられる。 背中から、ゆっくりとお湯をかけられる。 ゴロゴロゴロ・・・。 桶の中で、座り込むとお湯をかけてた手が止まり、今度はフィガロの喉元を撫でた。 「ごめんなぁ・・・。なんか嫌な匂いでもした?」 「うにゃ・・。」 嫌な匂い。僕以外の猫の匂い。 そう感じた時に、フィガロはボルテを威嚇していた。 正確には、ボルテについた匂いに。 ここにきて初めて嗅ぐ他の猫獣人の匂いに、フィガロも、初めて感じた感覚にびっくりしていた。 なんでだろ・・・? ルテから、違う匂い・・・凄い嫌。 背中や喉を撫でられながら、フィガロは考えていたが、不意にボルテの手が止まる。 「・・・フィーは、イースから・・・きたのか?」 「う・・にゃ・・・?」 真っ直ぐに見つめられ、鳴っていたフィガロの喉もおとなしくなる。 え・・・? も、もしかして、僕が獣人だって・・・バレた? ま、待って・・・。だとすると、この状況は、ちょっと・・・は、恥ずかしい気が・・・。え・・・、ど、どうしよう・・・。 チュッ。 え?!!! 「ごめん、ごめん。フィー。冷えちゃうね。洗ってあげる。」 固まったままだたフィガロの鼻先にボルテがキスをして、石鹸を泡だて始めた。 !!?!!  「ニャァぁぁぁ“”。」 「ふ、フィー!!?? お、溺れるよっ!!」 桶に、頭を突っ込んだフィガロを抱きあげる。 そのまま、浴槽の外に下ろすと泡だらけにした。 な、なんなの? こいつ!! 僕が、獣人だって・・・わかってやって・・・無いのか????ええええ、なんなの!? もーー!! どうしたらいいわけ?! 「フィー、泡流すよ。」 「うにゃぁ・・・。」 ペしょっと頭を抱えた、フィガロにお湯を掛け泡を流すと、お湯を入れなおした桶にフィガロを入れ、ボルテが今度は体を洗い始めた。 水気を含み、銀色味が増したボルテの尾が機嫌よく左右に揺れているのが視界の端に見える。 うずうずし始める気持ちを抑えるように、フィガロは視線を逸らした。 ちゃっぷ。 ふわふわっと、湯船にフィガロの黒い毛が揺れる。 イースにいた頃は、ゆっくりとお湯に浸かる事なんて出来なかった。 大衆浴場はあったが、猫獣人のフィガロ達が入る事なんてできなかった。 流石に、妹のためシャワー室のついた部屋だったがゆっくりとお風呂を楽しむ余裕なんてなかった。 「・・・フィー? のぼせたかな?」 「にゃ。」 いつの間にか、湯船に戻ってきたボルテが桶のフィガロを覗き込む。 「お風呂出たら、ミルク入れてあげるな。」 「にゃ。」 清潔なタオルに、新鮮なミルク。 なんか、このままでもいい気がする・・・。 ピチャピチャっと、冷たいミルクを舐めていると、珍しくボルテが寝室へは行かず暖炉近くで本を読み始めた。  ?? とことこと、ボルテのそばに近寄ると、膝の上に抱き上げられる。 「フィーも一緒に読むか? 今日、サウザの猫獣人と、イースの獣人・・・あれは、ネズミだったのかなぁ・・・。」 「にゃ?」 ボルテが膝の上に乗せたフィガロを撫でながら、今日あった出来事を話し始めたがフィガロは、目の前で開かれていた報告書に、言葉を失っていた。 転移者の教えに関する報告。 猫獣人による、病原菌の拡散。 接触による、発熱、くしゃみ、呼吸困難、発疹の発生。 残酷な嗜虐性。 また、黒猫は、災いを呼ぶ。 な、何これ・・・。 ところどころ、読みにくい文字があったが、書かれていた内容にフィガロの体は冷たくなっていた。 「!? フィー、体冷えてる??!!! え、なんで?? さっきまで、ほかほかだったのに!!?」 そういったボルテの行動は早かった。 そのまま、ポスっと自分の服の中に入れてしまった。 「にゃっつ!?」 えっつ?ええ???な、なに!? モゾモゾっと、服の中で動くフィガロに、ボルテの腕が押さえ込もうと撫でる。 「ちょ・・・、フィー! く、くすぐったいから!! 動くなって・・・。」 洗い立てのフィガロのふわふわの毛が、ボルテの鍛えられた胸元をくすぐる。 「にゃ!」 トクトクと聞こえてくる音に、吃驚した気持ちも落ち着く。 落ち着くと、今度は自分が入れられた場所が気になった。 上を向くと、服の隙間からボルテの顔が見える。 そこから、出ようと体を伸ばすがツルツルとボルテの胸元をフィガロの前足が滑る。 ふにっ。 ふにっ。 「っ!! フィー!!」 ん? 何、これ・・。 前足に引っかかるようになった、突起にフィガロは鼻を近づけた。 クンクンと匂いを嗅ぐと、いつもの石鹸の香りとボルテの匂いがした。 ペロ。 「!!!!?」 ビックっと大きく、ボルテの体が揺れた。 うわっ! 吃驚した。 あれ、なんか固くなった?? ふにふにと、前足で触ると、肉球の間に固くなった突起が引っかかる。 「っく!!」 !? あっ、これ!!! まさか・・・。 チラリと、横を見れば、同じような位置にも突起があるのが見え、フィガロは前足をどかし、その場でうずくまった。 ゴリっ 「にゃっつ!!!!!!」 蹲ったフィガロのお腹に、ゴリっと固くなったボルテが当たった。 「うわっつ!!!! フィー、ちょ、ま待って!!!」 「ニャァぁぁああ!!!!」 服の中で、パニックになったフィガロが暴れ飛び出すとそのまま、寝室へと逃げ込んだ。 ゴリって・・ゴリって・・・・・・・!!!!!うわぁぁあぁぁあぁ。 昨日の風呂場での出来事を思い出し、布団の中で身悶えているとボルテが入ってくる気配を感じた。 「・・・フィー? ・・・寒かったのかな?」 ポンポンと布団の上から、撫でるとそのままボルテは寝室を出て行った。 少しすると、布団の中に温められた魔石が入れられた。 その温かさに、いつの間にかフィガロは眠りについていた。

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