カランカラン 扉についたベルが、来店を知らせる。 その音に、反射的に声をかけると中に入ろうとした男が嫌そうな顔をした。 「あ、すいません・・・もう、ランチは・・・。」 「ゲッ！！　ここもかよ！！」 「えっと・・・お客様？」 「お前、猫獣人だろ！！　最悪！！」 「！！」 店に入ってくるなり、大声を上げた男にキッチンからラビが顔を出した。 「・・・うちのが何か？」 「あぁ？　んだよ！ウサギが猫なんか雇ってんのかぁ？！」 男の視線が、ラビの頭上へと動き。ラビをバカにする様に罵った。 男の手には、酒瓶が握られここに来るまでに、既に出来上がっていた。 「・・・・、それが何か？」 「あー、ノーザの奴は知らねーのか？　猫獣人の性質。卑しいクソ獣種ってよぉ。」 「！」 酒臭い男の息がフィガロにまで届き、思わず顔を顰めてしまう。 その仕草が、男の癪に触った。 「んだ！！クソ猫が！！俺は、客だぞ！！」 ど、どうしよう。こいつ・・・、イースの獣人だ。 チラリとその男の顔に視線を向けた瞬間、運悪く男と目があった。 フィガロの背に嫌な汗が伝う。 「なに見てんだ！！！クソ猫が！！！」 男がフィガロへと手を伸ばした瞬間、フィガロの体が後ろへ引かれた。 「うわっ。」 ぽふん ドンッツ！！ 柔らかな音と同時に何かが投げ飛ばされる音が店内に響く。 「うちの従業員を、バカにする奴は客じゃないね！！」 ナミが男に啖呵を切ったのと同時に、ラビが男を蹴り飛ばしていた。 「二度と、うちに来るな！」 「っつ！　い、イッテェ！！　」 ラビが店の外まで男を蹴り飛ばすと、男は腹いせに看板を蹴り飛ばし、北の外れの方へと歩いていった。その姿が見えなくなると、ラビは看板を拾い、店の中へと戻ってきた。 中に入ってきたラビの顔を見た途端、フィガロの顔色は色を失ってしまう。 「す・・・すいません・・・。僕・・・。」 腕の中で、震え始めたフィガロに、ナミが慌てて抱きしめる。 「ちょ・・ちょっと、フィーガ！！大丈夫かい！？」 その様子に、ラビも慌てて駆け寄ると、フィガロの目から涙が溢れでる。 「ぼ、僕のせいで・・・すいません。」 自分を抱き寄せている手に思わずフィガロがしがみつく。 「なにがだい？」 フィガロを抱きしめていた、ナミの手にも力が篭る。 「さっきの男が言ってた事なら、私らは気にしてないさ。今まで何人もの子達を世話して来たんだ。あんたがどんな事情を抱えてようが、一度懐に入れたのを放り出すなんて事しないよ。」 「けど・・・出産間近のナミさんに何かあったら・・・。僕・・・。」 「あはは。それこそ心配ないだろうよ。さっきのラビを見ただろ？」 一瞬で、フィガロと男の間に入り、店の外まで蹴り飛ばしたラビの瞬発力と攻撃力は確かにフィガロよりも荒事に慣れていた。 「・・・けど、僕、猫獣人なんです。だから・・・。」 「・・・だから、なんだい？　あの男の言ってたみたいに、あんた臭いのかい？　私にはそんな匂いしないけど？」 クンクンと、フィガロの頭を嗅がれる。 「ちょ・・・ナミさん！！　僕、汗臭いんでやめてください！！！」 「あはは！　汗臭いっていうなら、私だってさっきまでリサ達と昼寝してたからね！あの子たちのよだれの匂いだってするだろうよ！　それとも何かい？　うちの旦那でも、誘惑しようと思うのかい？」 「！？　な、ラビさんをですか！！？！！？」 ナミの発言にびっくりしたフィガロは、思いっきり首も手もブンブンと横に振っていた。 「無いです！！そんな事、僕しませんよ！！！！！！！！！」 「なら、さっきの男が言った事なんか、私たちには何も関係ないじゃないか。」 「・・・でも、迷惑が・・・。」 「何言ってんだ。迷惑だと思ってたら、最初っから余所者のあんたに声をかけないよ。」 「そうだぞ、フィーガ。お前を雇うと決めたのはオレらだ。何も気にするな。ほら、今日はこれを持ってもう上がっていいぞ。」 「ら、ラビさん。」 紙袋いっぱいの焼きたてのパンがフィガロに手渡される。 「あ、ありがとうございます。」 「ああ、気にするな。」 「ほら、ほら。涙を拭いて。暖かくして帰りなさい。　また、明日も頼んだよ。」 「はい！　僕、頑張ります。」 両手に荷物を抱えて帰ったフィガロをナミは、胸が締め付けられる思いで見送っていた。 見送っていたナミの肩に、ラビの手が置かれる。 「訳ありだと思っていたが、「猫獣人」だったのか・・・。」 「・・・何、あんたもイースの転移者の教えを信じてるのかい？」 「あぁ？　あの良く解らない教えか？　今まで、俺がそんなモノを気にして生きてきた様に見えるのか？」 「・・・みえないねぇ。」 うんうんとラビは頷き、少し形の崩れたパンをナミに手渡すと店内へと戻っていった。 まだ温かいパンを齧りながら、ナミは少し陽の落ちた空を見上げた。