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第24話:グリズ隊長
くぁ・・・。
大きなあくびと共に、目を覚ますとふんわりと香ばしい小麦の香りがしてくる。
ジュージューと耳には、ソーセージの焼ける音。
香りと音に誘われ、台所へ行けばボルテがフライ返しで目玉焼きを皿に移していた。
「うにゃん。」
「フィー、おはよう。 フィーのご飯も用意してあるよ。」
「にゃー。」
テーブルの上に乗せられたフィガロは、内心唖然としていた。
ボルテの皿の向かいに置かれた、フィガロの食事。
今までは、ミルクと焼いた肉やソーセジだったのが今朝は違った。
軽くトーストされたパンに、チーズ。ソーセージに、野菜のスープ。
「う、にゃ???」
困惑しているフィガロの頭をボルテが撫でる。
「もし、フィーが猫獣人だったら同じ食事で良いって思ったら、沢山作っちゃったんだ。フィー食べれたら、食べて。」
「う・・にゃぁ。」
ど、どうしよう。 これって・・・、今がチャンスなんじゃ・・・??
ジッとフィガロがボルテを見上げ、テーブルの下にピョンと降りた瞬間。
ドンドンと力強く玄関がノックされた。ボルテが慌てて扉を開けると、そこには装備を整えたグリズが立って居た。
「グリズ隊長!? は、はい!!」
「ボルテ!!急ぎだ!!用意してくれ!」
「はい!!!」
立て掛けてあった大剣を掴む。
えっ・・・。
ルテ!?
ま、まって!!
慌てて、扉の方までフィガロが駆けていくとボルテはグリズと一緒に行ってしまった。
「う、うなッ!」
「フィー、行ってくる!!」
バタンッッ
「・・・ええぇ・・。」
扉が閉じられ、フィガロは獣化を解いた。
どうしよう。行っちゃった・・・。
ぐぅうぅぅ
・・・とりあえず、ご飯食べよう。
テーブルに戻り、ボルテの椅子に座る。
「・・・どうしよう、ルテの分も食べちゃった方がいいのかなぁ・・・。」
フィガロは用意された自分の分を食べながら、ボルテの皿を眺めていた。
市内から、大通をグリズとボルテが走り抜け。脇道へと入って行く。
「はぁ・・・、グリズ隊長。一体何があったんですか?」
「ああ、北の外れに死体だ。」
「!! ・・魔獣ですか?」
「さぁな。 それを確認するぞ。」
「わかりました!!」
ボルテが答えるや、グリズは獣化しグリズリーの姿になる。
その後を、ボルテが追った。
「・・・ボルテ、今は余計な事は考えるな。しっかりついてこい!」
「! はいっ!!」
獣化したグリズについて来れるのは、第二隊ではボルテだけだった。
その事も、ボルテが第二隊副隊長を務める要因にもなっているのだが、ボルテ自身が他の隊長、副隊長よりも劣っていると感じていたのだった。
その事を、グリズ他隊長らは感じ取っていたが、時間と共に経験がボルテの意思を変えるだろうと思っていた。
グリズは、自分の最高速度に平然と並走しているボルテを横目に、臭いの濃い方へと進んで行った。
「おはようございます。」
「フィーガ、おはようさん。 朝から、ドスドスと騒がしくて嫌んなるね。」
「・・・何があったんですかね・・。」
「さぁね・・・。けど、グリズが走ったなら、大丈夫さ。で、フィーガのその荷物は、何だい?」
「あ、今朝、食事する時間が・・・。」
「ああ・・・。そうだ! どうせなら、フィーガに出前をお願いしようかね。」
「えっ? 出前ですか・・。」
「第二隊で動いたなら、炊き出しでもするだろうけど・・・。グリズが走ったんだったら、炊き出しはないからね。まぁ、連絡きたら行ってくれ。」
「はい。」
そうナミが言った通り、昼前にグリズから連絡があった。
「・・・よりにも、北の外れの方か・・・。」
キッチンの窓から、空に上がった狼煙を見たラビがナミに声をかけていた。
「そうねぇ・・、あんたも一緒に行ってくれるかい?」
「ああ。それに、この量だ。」
「そうね。 ・・・あの子は、ゲートの中に入れない様にね。」
「ああ。」
ラビが頷くと、ナミが接客中のフィガロに声をかけた。
「フィーガ、ラビと出前に行っておくれ。」
「えっ、あっはい! あ、あとナミさん、4番卓Bランチです。」
「はいよ。」
伝票と引き換えに、フィガロが今朝持っていた荷物が入ったバスケットを手渡される。
「えっ・・・。」
「パンは少し温めりゃ、食えるから持って行ってやんな。」
「は、はい。」
「気をつけて行ってらっしゃい。」
ナミに見送られ、ラビとフィガロは荷馬車に乗って北の外れまで向かって行った。
「あ、あれですか?」
「ん? ああ、あれがグリズの第二隊の狼煙だ。」
フィガロは、はっきりと空にあがっている狼煙を指差した。
北の外れに近づくにつれ、狼煙の色がはっきりと見えるようになった。赤と黒の狼煙は第二隊隊長の色で、兎まい亭に向けての黄色の狼煙が一本。
他に、第一隊隊長の色は、赤と白。副隊長以下の隊員は、赤のみ。と、フィガロにラビが簡単に説明をしてくれた。
「へー、兄たちの居た隊でもあったのかなぁ・・・。」
「・・・イースだったか? あそこの隊とサウザは、狼煙は使わない。」
「そうなんですか!」
「ああ・・・。そろそろ、北の外れの村につく。フードかぶっておけ。」
「はい!」
肌に触れる風が、だんだんと冷たさを増し、フィガロの吐く息が白くなる。
出発間際にナミに、着せられた外套のフードをフィガロは頭からスッポリとかぶった。
首にはマフラー。これもナミが巻いてくれた物だった。
もこもこになったフィガロを横に、ラビも自分の外套の前を閉め、フードを被る。
長い耳が、フードの中で窮屈だったが、フィガロ同様にスッポリと被っていた。
「見えてきた。お前は、ここで待ってろ。」
「あ、はい!」
道の端に、荷馬車を停めラビは門近くに居た獣人に声をかけた。
男が門の方へ走っていくと、ラビが険しい顔で荷馬車の方へと戻ってきた。
「フィーガ、お前は絶対ここを動くなよ。いいな。」
「えっ・・・あ、はい。」
「あと、フードは絶対に取るな。」
積んであった食料を門へと運ぶと、中からさっきの獣人とボルテと同じ格好をした獣人が見えた。
あ、ルテと同じ格好だ!
そう思い、顔を上げた瞬間吹き上げた風に、フィガロのフードが一瞬外れる。
あ!!ダメっ!
慌ててフードを押さえ、周囲を見渡したが誰も見ている形跡がなかった事にほっと一息吐いた瞬間、フィガロの背中にゾワリとした気配を感じ、顔を上げた。
顔を上げた先で、門の中の獣人と、目があった気がした。
ヒッ!!!
外套の下でシビビッと尻尾が膨らんだ気がしたが、厚手の生地のお陰でフィガロの尻尾はしっかりと隠れていた。
思わず、ギュッと自分の体を抱え込んでしまう。
そのまま、荷馬車で丸くなっているとがっしりとした手がフィガロの両肩を掴んだ。
「!!!!!」
声にならない悲鳴を上げたフィガロの視界に、心配そうな顔で覗き込むラビの姿が入ってくる。
「・・・どうした! どこか痛むのか?!」
「あ・・・、ラビさんか・・・。」
強張っていたフィガロの体からフッと力が抜けたのがラビにも伝わる。
「もう、大丈夫か?」
「はい。」
「なら、少し帰りを急ごう。」
「・・・何かありましたか?」
「・・・詳しくは店で話す。とにかく、急いでここから離れるぞ。」
「は、はい。」
荷馬車にラビが乗り込もうとした瞬間、門の奥の方で何かの唸り声が響き渡った。
空気が震え振動がラビとフィガロまで届いた。
「い、今のって・・・!?」
「魔獣だ。グリズとボルテが今追っている。」
「えっ?!」
「大丈夫だ。この外れの街からは出れない。」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、だから心配はいらないんだが・・・・。チッ。」
ラビの顔が険しくなり、舌打ちまで聞こえてフィガロは上げた顔をまた下げてしまった。
そのまま、ラビはフィガロを自分の腹に庇うように抱き寄せた。
「ら、ラビさ・・・「何か用か?」」
フィガロが慌てて声をかけようとしたが、その声はラビによってかき消された。
ラビの腕に守られるように、フィガロの体はスッポリと覆われてしまっていたが、フィガロからは少しの隙間から駆け寄ってきた獣人の足元が見えた。
その足元は、ボルテと同じような黒いブーツで覆われていた。
「ラビ総隊長!!!!お願いです!!このままじゃ、グリズ隊長が!!!」
!!?ラビさんが、総隊長!?
「断る! 私は、この通り連れが居るんだ。この子を無事に店に送り届けないと妻にシメられてしまう。」
「そ、それは・・・ですが! 手負いの魔獣がこちらの方に向かっているとの事で・・・。」
「グリズやボルテがいるだろ!!」
「そ、それが・・・ボルテ副隊長が怪我をしてしまって。」
えっ!?ルテが、怪我?!
「!」
思わずギュッとラビのお腹の部分を握りしめてしまう。
「・・・はぁ。 わかった。」
ポンポンとフィガロの背中を叩くと、ラビの腕から力が抜ける。
「フィーガ、荷台に乗っているんだ。いいか、絶対に荷台から出るんじゃないぞ。」
「・・・はい。」
「・・案内しろ。あと、ボルテの状態は・・・」
荷台に、フィーガを入れるとラビは声をかけてきた隊員と一緒に門の中へと向かっていっていった。荷台の隅で、またフィガロは自分の体を落ち着かせる様に抱き締めていたが、何度目かの魔獣の雄叫びが聞こえ、思わず獣化して荷台から飛び出していた。
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