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第42話 犬。

『犬』じゃないと言った男が胸元から出したホイッスルをフェイは冷やかな目で見ていた。 あの笛は、特定の獣人にのみ聴こえる音を出し、周りに気が付かれる事なく合図を送るものだった。特に犬獣人であれば、吹き方で聴き分ける事は簡単な事だった。 しばらくすると、ピンイが呼べと言った、あの時の若い獣人は訓練中だったのか薄らと汗を滲ませてやってきた。 銀色の髪に、頭上の耳もグレーシルバーの毛並み。同じ色合いの尾に、オッドアイの瞳は、珍しいが、犬獣人や猫獣人に見られる特徴の一つだった。 ・・・どう考えても、犬だろ。 隊服に着替えて戻ってきたボルテを上から下まで不躾にフェイは見たが、ボルテは気にする様子もなく、フォックスの隣へと腰かけた。 若いなりに、実力は北の大陸ではトップクラス。 性格も荒ぶる事もなければ淡々と任務を遂行する冷静さをもつと、誰もが口を揃えた様に言った。 ・・・まぁ、顔はいいよな。 ニコニコとご機嫌に話をしているピンイを横目に、フェイは出されたお茶を啜った。 ピンイとフェイは表向きは『行商』だが、依頼があれば扱う商品は色々だった。 その依頼を受けるかは、ピンイの気分次第。 今回も、気分が乗ったから。 そう思ったが・・・。 それだけじゃなさそうだな。 フェイがピンイから視線を外すと、フォックスと目が合った。 同じ狐獣人のフォックスとは、初対面から見透かされている感じがして気にいらなかった。 あぁ、早くこんな仕事終わらせてぇわ。 空になったカップを、テーブルに置いてフェイは、足を組んでソファーにもたれ掛かった。 「・・・フェイ。お前、話聞いてたか?」 ピンイが、胡乱げにフェイを見たが、フェイは気にする様子もなくそっぽを向いた。 「すいませんね。まぁ、仕事はキチっとするんで。」 「ああ、気にしてないよ。この報告書見れば、君たちの仕事に文句なんてないしね。」 ボルテが読み進めていた報告書を指差し、フォックスがフェイに向けて話しかけた。 「それに、同じ狐だしね。」 「・・・ケッ。」 「ちょ・・フェイ!?」 ピンイがフェイの態度に驚いたが、フォックスは笑顔のままだった。 場の空気を変えたのは、報告書に目を通していたボルテの質問だった。 「あの、この辺りに群生している植物って、ノーザじゃ見ないですよね?」 「ああ、そこの区画だけだ。」 「あー、それな。そこから、数キロ行くと今度は別の群生地になってるんだけど・・・、鼻がやられるかと思ったわ。」 「?」 「そこに生えている植物は、俺ら猫獣人にゃ臭えんだ。だから、いつもはその先まではいかねーんだけど・・・。」 ピンイがニヤリと口元を上げると、鋭い牙がキラッと光る。 「多分、あんたらの欲しい情報だと思うぜ。」 その言葉に、報告書をめくるボルテの手が止まる。 「・・・これは、本当ですか?」 隣に座るフォックスの顔を見ると、その顔は真剣なものだった。 「・・・・これが意図的だったら、何が・・・。」 「さぁな。それはあんたらの仕事だろ? 」 ピンイの言葉に、フォックスが頷きテーブルに布袋を置いた。 「そうですね。では、こちらが中央より預かりました、今回の報告書の報酬になります。」 「毎度! そうだ、ボルテ!これで飲みに行こーぜ!!」 「えっ?」 「はぁ?!」 「・・・・。」 「フェイ、その顔なんだよ。俺が、ボルテを誘っちゃいけないのか?」 「・・・。」 「あ、あの・・。」 微妙な顔になったフェイの正面で、ボルテが言いにくそうな顔をする。その横で、やれやれと言った顔で、フォックスが口を開いた。 「ピンイさん。ボルテを飲みに誘うのはやめて頂きたいですね。」 「はぁ?! なんでだよ!? 」 「まだ、成獣前なんで。食事にならいいですが、飲酒は規則違反なので。」 「「えっ?!」」 フォックスの言葉に、カッとなって腰を上げたピンイだったが、続けられた言葉の意味にピンイだけでなフェイも一緒になって驚いた。 「せ、成獣前って・・・・、え???? お前、その成りでか?!」 「・・・見た目は関係ないと思うんですが・・・。」 ピンイがボルテを指差しながら、驚く。同じ様に、フェイもまじまじとボルテを見る。 2人に驚かれ、ボルテの耳が少ししょんぼりする。 「なので、うちのボルテを食事に誘うのは構いませんが、飲酒はさせないでくださいね。隊規則なので。」 「お、おう・・・。」 フォックスの圧に気圧されたピンイが頷いたが、フェイは無言のままだった。 「それじゃぁ・・・、俺らは一度宿戻るからまた夜なー!!!」 見送ってくれたボルテにピンイが手を振る。 先へと歩いていくフェイを追いかけるが、フェイの尾が不機嫌そうに揺れているの見て思わず口元が緩んでしまう。 「フェーイ。何、お前・・・、妬いてんの?」 「別に。」 「俺が、犬嫌いなのはお前が一番解ってんだろ。」 隣に並んだ、ピンイの尾がフェイの尾に絡まる。 頭一つ分背の高いフェイを見上げる。 黒く縁取られた耳は、左だけ先が欠けていた。 「・・・それでも、構いすぎだ。」 「ふはっ。 なんだよ、素直じゃん。あー、早く宿戻ろうぜ。」 「・・・そうだな。」 フェイの顔がピンイに近づき、そのまま2人の影が重なる。 「!?」 い、今のって・・・?! 思わず、ボルテは物陰に隠れてしまった。 報酬受け渡しの確認書類にサインをもらい忘れ、ボルテはすぐに2人のあとを追ったのだが、目にした光景に驚いてしまったのだった。 獣人の中には、屋外で行為を行うのが好きな者もいるが、ノーザの土地柄なのかパートナーや番との求愛行為は人目の無い屋内で行うモノとされていた。 故に、ノーザでは性教育を親が子に教えていくのだが、物心ついた頃には国境警備隊として入隊していたボルテは、ピンイとフェイの口付けの意味を理解しかねていた。 ?? フェイさんとピンイさん・・今、口付け合った? なんで??? ピンイさんはフェイさんの子供なのか???? そろりと顔を出すと、2人の姿はもうなかった。 ・・・あとで、聞いてみるか。 銀の尾を揺らしながら、ボルテは詰め所へ戻っていった。 「・・・お前、あいつがいることに気がついてただろ。」 「別に、見られたって構わないだろ?」 屋根の上から、ボルテが詰め所の方へと戻っていくのを眺めながら、フェイがピンイの肩に手を置きながら聞けば、チュッと軽く音を立てて、フェイの頬にピンイがキスをした。 「あれ?何・・、お前マジであのワンちゃんに妬いてんのか!?」 「・・・。」 そっぽを向いたフェイに、ピンイの顔がニヤける。 そっぽを向いたままのフェイの首にピンイの腕が伸びる。 「フェイ、今度こそ早く宿に戻ろうぜ。」 先の欠けた耳がピクっと動くと、ピンイを抱き上げてそのままフェイは駆けて行った。

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